天冥聖戦 伝説への軌跡

くらまゆうき

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第10ー19話 夜の騎士の捜索

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皇太子である白斗が拘束されるという大事件が起きている天上界とは遠く離れた中間地点。


神話エヴァとナイツは二百名も動員して虎白の捜索に出た。


帰還した日本神族達からも何も情報を得られなかったがエヴァに諦める様子はなかった。


あの当時の戦闘を後方で見ていたエヴァは日本神族の豪快な攻撃を見ていた。


装備をつけて冥府軍の生き残りを警戒しながら中間地点を進むエヴァは、隣にいる相棒のジェイクと話している。



「あんな水やら風やらが飛び交う戦場だもの。 敵の死体に埋もれて怪我しているかも。」



既にあの戦いから五日も経過している。


相棒のジェイクは今日までの戦いで神族の治癒力の高さを目の当たりにしてきた。


エヴァの話のとおりなら今頃回復して自力で脱出していてもおかしくない。


第一の人生から長年共に過ごしてきたエヴァは賢い女という事もジェイクは知っている。


「本当はわかってんだろ」と心の中で語りかけた。


するとエヴァは宇宙から見た地球の海の様に美しくて青い瞳を儚くも輝かせている。



「死体を確認していないんだから探したっていいでしょ・・・」
「エブ・・・わかったよ。 何か見つけて帰ろうぜ・・・」



フェイスマスクの隙間から覗かせる涙目を見ているジェイクは装備をつけていても細い体を優しく叩くと、中間地点の捜索を続けた。


一時間ごとに変わる天候もナイツの経験値を持ってすればなんて事もなかった。


大雨になると、テントを張って火を起こしては休んでいる。


長い中間地点での戦闘を経験した白陸軍は地図まで持っていたのだ。



「あと一時間ぐらい進めば冥府の門だね。」
「そうだな。 まだ死体が大量に残っているだろうな。」



冥府門の前には不死隊と冥府軍の遺体で溢れかえっている。


やがて大雨が止むと晴天となった。


ナイツは前進を再開した。


そして冥府の門まで辿り着いたナイツの眼前に広がるのは惨劇を物語るほどの遺体の山だ。


見るも無惨な事になっている遺体も少なくはない。


ナイツは捜索を始めた。


ジェイクとエヴァは遺体を一つずつ裏返しては顔を確認している。



「白い血液がついている兵士がいたら教えて。」
「キングフォックスの血って事か・・・」



間違いなく負傷していると考えているエヴァは神族特有の純白の血液が付着していないかと冥府兵の遺体を事細かに見ていった。


すると遺体の山の中で何かがごそごそと音を立てている。


一斉に銃を音の元へ構えたナイツは目で互いに合図を送り合ってはゆっくりと近づいていく。


そしてジェイクが遺体の山に触れると音の正体は驚く者だった。



「ひっ!? た、助けて・・・殺さないで・・・」



遺体の山に隠れていたのは女の冥府兵だったのだ。


驚いたナイツは銃を下ろして困った表情をしていたが、ユーリが拳銃を持って女の前に立った。


今にも女の胸を撃ち抜きそうになっているとジェイクがすっとユーリの前に立ったではないか。




「どけよ。」
「何も殺さなくてもよお。」
「敵兵だ。 それに天上界に連れてはいけない。」



冥府の門が閉ざされた今となっては目の前で小刻みに震えている女兵士をどうする事もできなかった。


ユーリは迷うことなく射殺しようとしているが、ジェイクは動こうとしない。


するとエヴァは「情報を聞き出そう」と言葉を発すると、女の首元を掴んで野営用のテントまで連れて行った。


座り込んだ女は変わらず小刻みに震えながら「殺さないで」と消えそうな声を発している。



「ねえ神族の狐を見なかった?」
「こ、殺さないで・・・」
「じゃあ答えてよ。」



拳銃を女の眉間に押し付けて話すエヴァの表情は相手の生の生き死にを支配している勝ち誇った態度ではなく敵兵にでもすがる悲痛な表情だった。


どんな事でもいいから虎白の情報が知りたいエヴァは戦場で五日も生き延びていた冥府兵に尋ねていた。


すると女は「鞍馬でしょ?」と震えた声で答えた。



「く、鞍馬は冥王と共に門の中へ・・・あ、で、でも彼の装備ならある・・・」



その言葉を聞いたエヴァは青ざめた表情で今にも倒れそうだ。


やはり虎白は冥府へ行ってしまった。


捕虜の女の話では生きているのか死んでいるのかもわからなかった。


しかし遺品とも言える虎白の装備があると話した女をテントの外へ連れ出して案内させた。


精鋭無比のナイツに囲まれて銃で狙われながら歩いていく女が遺体の山の隅を指差した。



「私は鞍馬とすれ違いでここへ来たの・・・その時、仲間が彼の兜を戦利品として持っていた。」



そこには白い血が滴る兜がてっぺんから激しく損傷した状態で無惨にも転がっていた。


エヴァは兜を見て直ぐに愛する夫の物だとわかった。


皇国軍が被る鎌倉武士の様な大兜に狐がハートを咥えている前たてが施されている。


崩れ落ちる様にその場に座り込んだエヴァは虎白の兜を手に取ると内の匂いを嗅いでいる。


寝室で夜を何度も共にした嗅ぎ慣れた愛おしい匂いと神族特有の血の甘い香りがエヴァを包んだ。



「こんな兜が割れるほどの力で何されたの?」
「棍棒で何度も殴られていた・・・」
「それで倒れる旦那の兜だけ奪ってきたってわけ・・・」



邪悪なる王であるジアソーレは配下の兵士を虎白が門を閉ざし始めた時に全て中間地点へと出してしまった。


混乱していた邪悪なる王は愚かな選択をしてしまったのだ。


そしてナイツに捕らえられたこの女は邪悪なる愚者の誤った選択に従って慌てて中間地点へと出たが、待ち受けていたのは怒り狂う日本神族達だった。


ジアソーレの「痛みを返す能力」が届かなくなった冥府軍は完膚なきまでに壊滅させられたが、この女は運良く生き残った。


虎白の生存が絶望的とわかったエヴァは崩れ落ちたまま、動かない。


やり場のわからない怒りが込み上げているユーリは女の胸ぐらを掴むと殴り飛ばして腰に装備していた拳銃を再び取り出した。



「や、やめてお願い!! 殺さないで・・・私達だって命令に従わないと冥王に殺されるのよ・・・鞍馬を救う事なんて私達にはできないよ・・・」



彼女は絶叫するほどの声量でユーリに向かって話すが、もはやユーリには聞こえていない様子だ。


引き金に白くて細い指がかかると女はひざまずいて何度も助命嘆願した。


するとまたしてもジェイクが飛び出すと女を抱きしめて背中を向けた。



「ジェイクどけ!!」
「もういいだろ!! この娘(こ)を殺してもキングフォックスは帰って来ねえぞ!!」
「お、お願いです・・・奴隷にでもなんでもなります・・・どうか殺さないで・・・」



殺戮の連鎖にうんざりしていたジェイクは名も知らぬ冥府兵を助けようとしている。


この優しき大男にはもう戦争をする理由がない。


虎白は死んでしまい、冥府の脅威も固く閉ざされた門のおかげでなくなった。


今更、女一人殺しても何も得るものない。


するとエヴァがユーリの肩に手を置いて「もういいよ」と話した。



「何がいいんだよ!! 私はかつて最高指導者を見限ってまで虎白についたんだ。 それが正しいと信じてな!! この女も同じ事をするべきだったんだ。」
「でも最高指導者を信じて戦死した同志だっているでしょ? 彼らに同じ事言える?」



エヴァからの言葉を聞いたユーリは我に返った様な表情をしている。


下唇を噛みちぎるほどの力で噛んでいるユーリは「そうだな」と拳銃を収めた。


かつて共に戦った赤軍の同志は最後まで卑劣な最高指導者を信じて到達点へと旅立った。


目の前にいる冥府兵があの状況で何かできるはずもないと全てを察した表情で空を見ている。



「殺さないよ。 ジェイクに感謝してよね。」
「あ、ありがとう・・・本当にありがとう・・・」



エヴァとナイツは天上界へ帰還した。


戻ったエヴァに飛びつくほどの勢いで走ってきた竹子に損傷した愛する者の兜を手渡すと、がたがたと兜が音を立てるほど震えた。


そして水神九龍の技が如き勢いで涙を流して崩れ落ちて泣いている。


虎白の遺品を持ち帰ったエヴァとそれを見た一同は永久に夫が戻らないとその時理解してしまったのだ。
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