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第13話
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「セルエリット公、シュレア、よく来てくれた。そしてザーディヌ、お前には失望したぞ。3日間与えた意味がまるで分かっていない。」
「……?」
「はぁ……お前がこれほど馬鹿だったとはな。はじめから見張りをつけておくんだった…。」
(やっぱりそうね…。)
ヴィレルは昨日、ザーディヌ殿下の部屋を監視するフードを被った人物を見たと言っていました。
ヴィレルは影から見ていましたが、フードを被った人は窓から見ていたそうです。
透明化の魔法をかけていたようなので、普通の人には姿を捉えられないのですが…。
つまりは、陛下はその人物に命じて殿下を監視させ、様子を報告させたのでしょう。
結果……仕事が終わったからと油断し、メーフィユ侯爵令嬢と親しそうにしていたところを目撃された…。
なんとも自業自得な話です。
私にとっては、都合の良いことですが。
「さて、今日3人を呼んだのは、手紙にも書いた通り婚約破棄についてだ。シュレアの意思は変わらないか…?」
「はい。」
「それもそうか…。……2人の婚約破棄を認めようと思う…。」
「えっ!?それは何故ですか父上!」
「お前の行動を、父である私が把握していないとでも?」
「っ……!?」
国王陛下の一人称が、『余』から『私』になっています。
王様というのも大変なのでしょう。
普段は威厳を示さなければなりませんから。
「仰っている意味が分かりません…!私は仕事はしたはずです!」
「確かに仕事はしていたな。だが、その後何をしていた?」
「…え……?」
「誰と、何をしていたのかを聞いているのだ。」
「そ…それは……。」
「言えないだろう?己の言葉で。私もまさかとは思ったが、侯爵令嬢と一緒に居るとはな。」
親子喧嘩を見ているようです。
この場合、悪いのは全てザーディヌ殿下なのですが。
「シュレア!私にもう一度、機会を与えてくれないか!?」
おっと、こちらに縋るような目を向けてきました。
婚約者を放置し、仕事を押し付けていた人が何を言っているのでしょうね。
味方するはずがありません。
往生際が悪い…。
「殿下……勿論、お断りします。」
「え……?」
笑顔でそう言い放ちました。
「私はずっと耐えてきました。自室に他の貴族令嬢を招き入れていることを知っていながら、見過ごしていたのですよ。殿下の評価が下がらないようにも動きました。なのに貴方は……貴方という人は………。」
「お願いだシュレア…!私は…婚約破棄などしたくないのだ!」
「それは私が『使える』からですか?」
「そんなこと思ってなどいない!ただ、今までは君の気を引きたくて…。」
顔を伏せ、悲しそうにするザーディヌ殿下。
その様子に思わず同情……するはずがないでしょう。
気を引くために3年も浮気をする馬鹿がどこにいるというのですか。
言い訳を聞くだけ阿呆らしくなります。
「殿下。以前にも申し上げましたが……、さっさと婚約破棄してくださいませんか?……と言っても、国王陛下がお認めになった以上、殿下が拒否しても意味はありませんよ。」
「だが、私との婚約を破棄すれば公爵家に影響が出るのではないか?」
「ええ、そうですね。」
こういう時だけは、頭が回るようです。
ですが何も考えていないわけではありませんし、昨日の夕食時にお父様とも今後について話していました。
以前ザーディヌ殿下に関する証拠書類を見せた時、その中に私の今後について書かれたものも含ませておいたのです。
働いている(経営している)店のことは書いていませんが…。
とはいえ、婚約破棄のその後について考えているので、何も問題はないでしょう。
「ならば!」
「何も考えずに婚約破棄を申し出ているとお思いですか?」
「しかし影響があるのは事実だろう!?」
「だから何だと言うのです?」
「影響があるのだから……その…だな……!」
「国王陛下。私は婚約破棄をしたが為に、公爵家の評判が落ちることは避けたいと考えております。ですので、私は重度の病にかかったことにして頂けませんか?」
「病…か。」
「はい。重い病を患い、殿下の補佐がこの先困難となってしまった…。いつ治るのかも分からない為、婚約を破棄し、療養に集中したことにするのです。最悪死に至る可能性もある……と噂だけ流します。」
本当に病を患ったかの真偽など、身内以外には分かりません。
なのでこの理由なら、『迷惑がかからない内に身を引いた』ということになります。
それでも貴族達の中には、病気だからと言って仕事から逃げたと思う者や噂する者もいるでしょう。
しかし重病かどうかの真偽が分からない以上、下手に噂を流そうとする者は出てこないはずです。
「そうすれば、ザーディヌの名誉も守られる……ということだな。だがそれで良いのか?」
陛下は仕返しなどをするつもりはないのかと、遠回しに訊いています。
この言い方では、まるで私が殿下に何をしようと目を瞑るというのと同義です。
それでも……私は…
「…構いません。私は重病を患い、迷惑がかからないよう婚約を破棄した…、それだけです。あとは……そうですね…、国王陛下を信じます。」
「…!……分かった。そして感謝する。」
「お礼を言って頂けるようなことはしておりません…。私は王国貴族として陛下に尽くしている身。ならばこそ、陛下にご迷惑をおかけするわけにはまいりませんから。」
笑顔でそう申し上げました。
誰にも迷惑はかけない、そう誓っていましたから。
ですがザーディヌ殿下に罰がないというのは、個人的に許せません。
そこで、国王陛下にお任せしました。
『信じます』とは、そういう意味なのです…。
陛下も意味を理解して下さった様子。
「ザーディヌ、お前は自分が行ってきたことの愚かさを理解しろ。後でもう一度書斎に呼ぶ。戻っていろ。」
「…承知しました……。」
思い通りにならなかったのが気に食わないのか、ザーディヌ殿下は苛立ちを隠せていませんでした。
世の中そう甘くはありませんよ、殿下…。
「さて、シュレア。この先どうするのだ?」
「公爵家に居てはお金を使うだけの迷惑者になってしまうので、私は町に行って自分で生きていこうと思います。貴族社会に居ては、重病という信憑性が薄くなってしまいますから。」
「なんと…。本当に……そうするのか…?」
「はい。既に準備は整っています。」
「……そうか…。シュレアとは、もう会うことがないかもしれんな…。本日中に、婚約破棄の手続きは全てしておく。愚息のことは改めて詫びさせてもらおう…。そして、尽くしてくれていたことに心から感謝する。」
「ありがたきお言葉です。」
私はお辞儀をし、書斎を退室しました。
(これでようやく、自由になったのね…。大声で叫びたい気分だけれど、王城だからそんなこと出来ないわよね。)
そんなことを考えながら、馬車に向かって歩いていくのでした。
--シュレアが退室した後の国王の書斎にて……
「ヴェズ、本当に良かったのか?」
ヴェズとは、セルエリット公爵ことヴェーズス・セルエリットのことである。
幼なじみであるヴェーズスと国王は、シュレアが去った後に2人で話をしていた。
「良いも何も、シアが自ら選んだことだ。寂しいという気持ちはあるが、二度と会えなくなるわけじゃないだろう?」
「それはそうだが…、貴族だった者が平民として過ごすのは、大変なことだと思うぞ。」
「知っているさ。でもシアは言っていた。町に行って生きていく準備は、既に整っている……と。」
「確かに言っていたな…。」
「私も何をどう準備しているのか知らないが、とても自信があるように見えた。だから公爵家を出ることを許したんだ。」
「……。」
国王は急に黙ってしまった。
どこか後悔しているような表情になっている。
その様子に、ヴェーズスは不思議そうに国王の顔を覗き込んだ。
「どうかしたか?」
「……親友であるヴェズの娘に、申し訳ないことをした。ずっと我慢させられたにも関わらず、仕返しすらしないという彼女の行動に、私達王族は助けられた…。本当に立派な人だ、シュレアは。」
「正直私も驚いているよ。それで、息子にはどんな罰を与えるんだ?」
「ああ、それは--」
2人の話は少し長くなるのだった。
「……?」
「はぁ……お前がこれほど馬鹿だったとはな。はじめから見張りをつけておくんだった…。」
(やっぱりそうね…。)
ヴィレルは昨日、ザーディヌ殿下の部屋を監視するフードを被った人物を見たと言っていました。
ヴィレルは影から見ていましたが、フードを被った人は窓から見ていたそうです。
透明化の魔法をかけていたようなので、普通の人には姿を捉えられないのですが…。
つまりは、陛下はその人物に命じて殿下を監視させ、様子を報告させたのでしょう。
結果……仕事が終わったからと油断し、メーフィユ侯爵令嬢と親しそうにしていたところを目撃された…。
なんとも自業自得な話です。
私にとっては、都合の良いことですが。
「さて、今日3人を呼んだのは、手紙にも書いた通り婚約破棄についてだ。シュレアの意思は変わらないか…?」
「はい。」
「それもそうか…。……2人の婚約破棄を認めようと思う…。」
「えっ!?それは何故ですか父上!」
「お前の行動を、父である私が把握していないとでも?」
「っ……!?」
国王陛下の一人称が、『余』から『私』になっています。
王様というのも大変なのでしょう。
普段は威厳を示さなければなりませんから。
「仰っている意味が分かりません…!私は仕事はしたはずです!」
「確かに仕事はしていたな。だが、その後何をしていた?」
「…え……?」
「誰と、何をしていたのかを聞いているのだ。」
「そ…それは……。」
「言えないだろう?己の言葉で。私もまさかとは思ったが、侯爵令嬢と一緒に居るとはな。」
親子喧嘩を見ているようです。
この場合、悪いのは全てザーディヌ殿下なのですが。
「シュレア!私にもう一度、機会を与えてくれないか!?」
おっと、こちらに縋るような目を向けてきました。
婚約者を放置し、仕事を押し付けていた人が何を言っているのでしょうね。
味方するはずがありません。
往生際が悪い…。
「殿下……勿論、お断りします。」
「え……?」
笑顔でそう言い放ちました。
「私はずっと耐えてきました。自室に他の貴族令嬢を招き入れていることを知っていながら、見過ごしていたのですよ。殿下の評価が下がらないようにも動きました。なのに貴方は……貴方という人は………。」
「お願いだシュレア…!私は…婚約破棄などしたくないのだ!」
「それは私が『使える』からですか?」
「そんなこと思ってなどいない!ただ、今までは君の気を引きたくて…。」
顔を伏せ、悲しそうにするザーディヌ殿下。
その様子に思わず同情……するはずがないでしょう。
気を引くために3年も浮気をする馬鹿がどこにいるというのですか。
言い訳を聞くだけ阿呆らしくなります。
「殿下。以前にも申し上げましたが……、さっさと婚約破棄してくださいませんか?……と言っても、国王陛下がお認めになった以上、殿下が拒否しても意味はありませんよ。」
「だが、私との婚約を破棄すれば公爵家に影響が出るのではないか?」
「ええ、そうですね。」
こういう時だけは、頭が回るようです。
ですが何も考えていないわけではありませんし、昨日の夕食時にお父様とも今後について話していました。
以前ザーディヌ殿下に関する証拠書類を見せた時、その中に私の今後について書かれたものも含ませておいたのです。
働いている(経営している)店のことは書いていませんが…。
とはいえ、婚約破棄のその後について考えているので、何も問題はないでしょう。
「ならば!」
「何も考えずに婚約破棄を申し出ているとお思いですか?」
「しかし影響があるのは事実だろう!?」
「だから何だと言うのです?」
「影響があるのだから……その…だな……!」
「国王陛下。私は婚約破棄をしたが為に、公爵家の評判が落ちることは避けたいと考えております。ですので、私は重度の病にかかったことにして頂けませんか?」
「病…か。」
「はい。重い病を患い、殿下の補佐がこの先困難となってしまった…。いつ治るのかも分からない為、婚約を破棄し、療養に集中したことにするのです。最悪死に至る可能性もある……と噂だけ流します。」
本当に病を患ったかの真偽など、身内以外には分かりません。
なのでこの理由なら、『迷惑がかからない内に身を引いた』ということになります。
それでも貴族達の中には、病気だからと言って仕事から逃げたと思う者や噂する者もいるでしょう。
しかし重病かどうかの真偽が分からない以上、下手に噂を流そうとする者は出てこないはずです。
「そうすれば、ザーディヌの名誉も守られる……ということだな。だがそれで良いのか?」
陛下は仕返しなどをするつもりはないのかと、遠回しに訊いています。
この言い方では、まるで私が殿下に何をしようと目を瞑るというのと同義です。
それでも……私は…
「…構いません。私は重病を患い、迷惑がかからないよう婚約を破棄した…、それだけです。あとは……そうですね…、国王陛下を信じます。」
「…!……分かった。そして感謝する。」
「お礼を言って頂けるようなことはしておりません…。私は王国貴族として陛下に尽くしている身。ならばこそ、陛下にご迷惑をおかけするわけにはまいりませんから。」
笑顔でそう申し上げました。
誰にも迷惑はかけない、そう誓っていましたから。
ですがザーディヌ殿下に罰がないというのは、個人的に許せません。
そこで、国王陛下にお任せしました。
『信じます』とは、そういう意味なのです…。
陛下も意味を理解して下さった様子。
「ザーディヌ、お前は自分が行ってきたことの愚かさを理解しろ。後でもう一度書斎に呼ぶ。戻っていろ。」
「…承知しました……。」
思い通りにならなかったのが気に食わないのか、ザーディヌ殿下は苛立ちを隠せていませんでした。
世の中そう甘くはありませんよ、殿下…。
「さて、シュレア。この先どうするのだ?」
「公爵家に居てはお金を使うだけの迷惑者になってしまうので、私は町に行って自分で生きていこうと思います。貴族社会に居ては、重病という信憑性が薄くなってしまいますから。」
「なんと…。本当に……そうするのか…?」
「はい。既に準備は整っています。」
「……そうか…。シュレアとは、もう会うことがないかもしれんな…。本日中に、婚約破棄の手続きは全てしておく。愚息のことは改めて詫びさせてもらおう…。そして、尽くしてくれていたことに心から感謝する。」
「ありがたきお言葉です。」
私はお辞儀をし、書斎を退室しました。
(これでようやく、自由になったのね…。大声で叫びたい気分だけれど、王城だからそんなこと出来ないわよね。)
そんなことを考えながら、馬車に向かって歩いていくのでした。
--シュレアが退室した後の国王の書斎にて……
「ヴェズ、本当に良かったのか?」
ヴェズとは、セルエリット公爵ことヴェーズス・セルエリットのことである。
幼なじみであるヴェーズスと国王は、シュレアが去った後に2人で話をしていた。
「良いも何も、シアが自ら選んだことだ。寂しいという気持ちはあるが、二度と会えなくなるわけじゃないだろう?」
「それはそうだが…、貴族だった者が平民として過ごすのは、大変なことだと思うぞ。」
「知っているさ。でもシアは言っていた。町に行って生きていく準備は、既に整っている……と。」
「確かに言っていたな…。」
「私も何をどう準備しているのか知らないが、とても自信があるように見えた。だから公爵家を出ることを許したんだ。」
「……。」
国王は急に黙ってしまった。
どこか後悔しているような表情になっている。
その様子に、ヴェーズスは不思議そうに国王の顔を覗き込んだ。
「どうかしたか?」
「……親友であるヴェズの娘に、申し訳ないことをした。ずっと我慢させられたにも関わらず、仕返しすらしないという彼女の行動に、私達王族は助けられた…。本当に立派な人だ、シュレアは。」
「正直私も驚いているよ。それで、息子にはどんな罰を与えるんだ?」
「ああ、それは--」
2人の話は少し長くなるのだった。
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