わからないから、教えて ―恋知らずの天才魔術師は秀才教師に執着中

月灯

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天才と秀才➂

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 ジルベルトは教会から睨まれているという。

「あれ、聞いたことありません? 教会の一部がジルベルト嫌ってるんですよ」
「そうなんだ?」

 初耳だ。目を丸くすると、バジルは丁寧に教えてくれた。

「ほら、魔力って女神が授けたもうた力って言うじゃないですか。だから魔術師は女神に対して感謝と敬意を忘れず、忠実なしもべでなければならない」
「そうだね」

 教会の基本的な教義だ。大陸の民はみな女神への拝礼を欠かさないが、この逸話があるため魔術師からの信仰が特に篤い。アーサーも月に一度は教会に行っている。もはや身に付いた習慣というほうが近いかもしれないが。

「でもジルベルトは女神を軽んじている、というんですかね。教会には行かないし式典参加もしぶしぶで態度が悪い。神を軽視して才能に驕っている、みたいな。もちろん一部ですけど、けっこう言われてるんですよ」
「あー……」

 アーサーは思わず遠くを見た。それならわかる。心当たりしかない。学院の行事にもほとんど出なかったジルベルトだ。教会関連の式典中に平気で欠伸をしては注意されていたっけ。女神の感謝が薄い、という批判も納得ではある。

「まぁ、非難しているほうもたいがい過激というか……おれからしたらそっちもごめんですけどね」
「過激?」
「はい。最近、連続殺人事件あったじゃないですか。ほら、銀の短剣の」

 アーサーは目を丸くした。この前新聞で読んだばかりだ。

「知っているけど……あの、魔術師が狙われてるっていう」
「そうです、それ。だいぶきな臭いですよ。狙われてるのが、教会に批判的な魔術師ばかりなんです」

 外聞が悪いので表立っては言われませんが、察してる人は多いんじゃないですか。バジルは鼻を鳴らした。
 教会に批判的、という言葉にアーサーはふと思い至るものがあった。先日標的になった魔術師の名をアーサーは知っている。彼の著作は何冊か読んだし、学会での主張もよく知っている。

「もしかして、禁術指定をよく思ってない魔術師が狙われてるってこと?」
「そういうことです」

 禁術指定というのは、近ごろ教会側が推し進めている施策だ。安全と倫理を題目に、危険な術式や魔道具の規制を行おうというのである。有用だが悪用の可能性が高い術式、一般の手に渡らせるには攻撃性の高すぎる術式、倫理的に問題のある術式などを対象とする。
 とはいえ教会は古くから魔術師の倫理を司ってきた。禁術指定自体は多かれ少なかれ行われてきたことであり、教会の地下には数百年の歴史を持つ禁書区域が存在する。だが数年前に大司教が交代して以来、教会側はこの規制をさらに強めようとしていた。

「ま、見せしめってことですよね。銀の短剣をわざわざ使うあたり示唆的じゃないですか」
「そう……だね。銀の短剣は女神様が抱いていたというから……」
「これは女神様の与えたもうた罰です、とでも言いたいんでしょうか。ちょっとキツいですよね、酔ってる感じあって」
「バジルくん、そういうのは大声で言わない方がいいと思うよ」

 へへ、とバジルが舌を出した。アーサーは息を吐く。率直なところはバジルの美点だが、たまにはらはらしてしまう。

「ま、ジルベルトの話に戻りますけど。ほら、転移魔術の禁術指定を巡ってだいぶ騒ぎになったでしょう。あの一件で教会と《塔》の折り合いも悪くなってるし、狙われてもおかしくないと思います」
「……そう、なんだ」
「いまの教会、かなーり怪しい噂がいっぱいなので気をつけてくださいね」
「うん。……心配ありがとう」
「まぁ先生は狙われるとかなさそうですけどね」

 ジルベルトと違って品行方正が服着てる人ですし、とペン先を振るバジルに、アーサーは苦笑で答えた。実を言うと、ジルベルトに引っ張られて学院の禁書棚に潜り込んだことならあるのだ。さすがにそれくらいで狙われるとは思わないけれど。

「それにしても、よく知ってるね」
「えっ」

 なにげなく漏らした感想に、バジルが「しまった」と言わんばかりの顔をした。おや、とアーサーは目を瞬かせる。

「あー……その、遠縁がちょっと教会側に傾倒してるんですよね。事件についても、もっとやれとかなんとかうるさくて。人が死んでるってのにさ、信じられないですよほんと」

 早口でそこまで言って、バジルは顔をしかめた。

「まぁ……話はずれましたけど。要するに才能はあってもなにをしでかすかわからない、制御できない存在は怖いってことですね」
「そう、だね……」
「あっ、一般論ですよあくまで」

 それはそうなのだろう。
 実際、ジルベルトのばあい前例がある。《塔》に入ってすぐ発表した転移魔術だ。その利便性と画期性はもちろん、防犯上での悪用といった使用者の倫理面、まず理論を解する者がほとんどいない、使用できる者はさらに少ないという術式の高度性――「転移魔術」という、これまでお伽噺のなかのものだった内容も相まって、一躍ジルベルトの名を知らしめることになった。
 しかしその名の広がりに反して論文は厳格に秘されたし、件の禁術指定の対象にもなった。アーサーは伝手を駆使してなんとか読ませてもらったが、あまりにも意味がわからなくて打ちのめされた。だというのに当の本人は、それを気軽に使ってアーサーの部屋を訪れている。
 ジルベルトが怖い、という人々の気持ちもわからなくはない。ジルベルトは一歩間違えれば脅威となる力を持っていて、それを他者に測れない物差しで行使する人間なのだ。

 だからバジルの言うことは仕方ないし、まっとうな感性なのだとは思う。それでもアーサーは、そうやって遠巻きにする人々を見るたび悔しくなる。もっと彼と話してみればいいのに。もっと彼の考えていることを知ろうとすればいいのに、と。けれどその一方で、自分だけが知る顔があることに歓喜している己もいる。
 よくないな、こういうの。アーサーはバジルに悟られないよう小さく息を吐いた。

「あとこれは個人的な僻みなんですけど」
「ん?」

 少し言いにくそうにバジルが手を組んだ。

「こっちが逆立ちしたってできないようなことをあっさりやってのけるのも、ちょっと馬鹿馬鹿しくなりますよね。心が折れるっていうか、頑張ったってどうせ、みたいな」
「……」

 不意に、アーサーは既視感を覚えた。そうだ、いまのバジルの顔は、かつてのクラスメイトの顔によく似ている。
 アーサーの代は、ジルベルトが常に首席だった。もちろんジルベルトの他にも優れた生徒はたくさんいた。なかには勉学という一点にすべてを賭けて生きてきたような者もいた。しかし彼らもジルベルトという壁をついぞ超えることはできなかった。彼らがいくら頑張っても、ジルベルトという天才が常に前にいる。

「先生ってジルベルトと同級生なんですよね? 劣等感とか無力感とか、なかったんですか?」
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