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14.ココ、お楽しみを覚える
しおりを挟む寮に着いたら泣き腫らした顔を見られないように足早に自室に入った。たくさん泣いたからか頭がぼんやりしてる。……ココはまだ見つからないのかしら。
しばらくぐったりと座っていると扉がノックされてアンナの声が聞こえてきた。のろのろと立ち上がって扉を開ける。
「よかった、帰ってたのね。夕食で見かけなかったから心配したわ。……その顔、どうしたの!?」
アンナの顔を見たら止まったはずの涙がまたこみ上げてきた。「とにかく話を聞かせて」と慌てて部屋に入ってきたアンナに、今日のことを思いつくままに話す。
しばらく真剣な顔で聞いてくれたアンナがふっと溜め息を吐いた。
「そう……。心配だけど、人馴れしてる子なら誰かに保護されてるかも知れないわ。きっと大丈夫よ。……それにしても驚いたわ。あまりに酷い顔をしてたから、てっきり『エイデン様』に振られちゃったのかと思ったわ」
「そんな!ヒドいわ!振られてなんて無いもの!エイデン様はいつも優しくて……」
そこまで言ったところで、イアン様への言葉を窘められたときのエイデン様の顔を思いだした。怒ってたわ。
エイデン様は素っ気ないことはあるけど、私に対して怒ったことは今までなかった。もしかして嫌われたのかしら……。
また涙が溢れだす。
「私、イアン様に酷いことを言っちゃって、エイデン様を怒らせてしまって。……ココが心配だからいさせてってお願いしたけど、『駄目だ』って言われて。凄く素っ気なくて……。私、嫌われたかも知れない……」
俯いて膝の上でギュッと握った手にアンナの優しい手が添えられた。
「考え過ぎよ。大丈夫。ココちゃんのことを心配してのことときっとわかってくれてるわ。それに、寮に帰されたことは『エイデン様』が常識的な方だからよ」
私が視線を上げると、アンナは優しく微笑んだ。
「だって婚約者でもない男性を訪ねて遅くなるなんて、どんな理由があっても貴女の評判に関わるわ。ここは学園の寮だから尚更よ」
「……私はお相手がエイデン様なら、周りになんて思われても、」
「駄目よ。貴女達が仲の良い幼馴染なのに婚約してないのは、何らかの制約があるんだろうと周囲は思ってるはずよ。それなのに逢瀬のために帰宅が遅くなるなんて不義理者とされてしまうわ」
そこまで考えていなかったわ。逢瀬って……。何だか響きが恥ずかしいわ。
私の様子を見てアンナがクスリと笑った。
「きっと大丈夫よ」
アンナの声に少しだけ落ち着く。
「ありがとう、アンナ。……お茶を淹れるからもう少し一緒にいてくれる?」
「喜んで」
アンナがにっこりと笑った。その後、私の気を紛らすように色々な話題を振ってくれたけど、気がつけば婚約者の惚気話になっていた。やっぱりいいな~。
アンナが部屋に戻ったあと、ひとりでベッドに横になり暗い天井を見上げる。……早く朝にならないかしら。時計の針の進む音がやけにゆっくりと感じながら朝が来るのを待った。
外が白々と明るくなってきたので、ベッドから起き上がり支度を始める。
朝に伯爵家の迎えが来ると言ってたから、すぐに出掛けられるようにしておかないと。まだ乗合馬車も走っていない時間、本当は歩いて行きたいくらいだけど我慢だわ。
しばらく所在なく待っているとグゥとお腹が盛大に音を立てた。そう言えば、昨日夕飯を食べてなかったわ。……考えたら伯爵家の馬車もそんなに早く来るわけないわよね……。思い直して、寮の食堂に一番乗りするべく立ち上がった。
お腹もいっぱいになり少し落ち着いた気持ちになった頃、迎えに来てくれた馬車に乗り込んだ。伯爵家に到着すると、見慣れた薄茶色が飛びついてきた。
「ココ!!!?」
思わず大声を出してしまう私にお構いなしで戯れついてくる。近すぎてよく見えないけど元気そう。そのままぎゅっと抱きしめる。
「よかったぁ……」
ココを堪能していると、気がつけば近くにエイデン様が立っていた。慌てて立ち上がる。
「探してくださってありがとうございます。それから、昨日はごめんなさい」
「大丈夫だ。汚れていたが怪我はないようだ。……今日はイアン兄上も休みをとっている」
口元が少しだけ微笑んでいる。よかったわ。怒ってはいないみたい。
歩き出したエイデン様の後をついて行くと、サンルームのソファにはイアン様がごろりと横になっていた。昨夜とは打って変わって赤髪はボサボサだわ。寝転んだままで手を上げてきた。
「おおっ、来たな。ココに歓迎してもらえただろう?」
「とっても!見つけてくださってありがとうございます」
「俺が見つけたんじゃないんだ。西の森近くの騎士団の詰所から連絡が入った」
私が頭を下げるとイアン様は手をひらひらと振った。
どうやらココは、イアン様と同じ騎士服の方の後をついて行き、そのまま面倒を見てもらっていたらしい。とても汚れていたから『薄茶色のふわふわした毛並みの犬』には見えなくて連絡が遅くなったのだとか。
「雨の降る森でいなくなったことを考慮すべきだったな……」
「そうですね……」
イアン様とエイデン様が揃って長い溜め息を吐いた。きっとたくさん探してくれたのよね。エイデン様は学園を休んでまで探してくれてたのだ。後できちんとお礼をしよう。騎士団の方達にも必要よね。何がいいかしら……?
考えていると、側にいるココの落ち着きがないのに気づいた。お庭に出たいのかしら。
「ココがお庭に行きたいみたいなんですが、いいですか?」
「今の時間は庭師がいるけど大丈夫だろ」
エイデン様のお許しをもらったので庭に続く扉を開ける。途端にココが待ち切れないとばかりに興奮した様子で飛び出して行った。
ふわふわの毛を上下させてご機嫌に走る姿を眺める。本当に無事でよかった……。
庭の奥まで行ったところで、ココは一度高く飛び跳ねてから勢いよく地面に転がった。
――バシャン
茶色い水が遠目に見ても盛大に跳ね上がった。
「…………え?」
呆然とする私の反応にイアン様が起き上がった。視線を辿って庭を見る。
「マジか」
イアン様が呟いたあと素早い動きで庭に向かい走りだした。エイデン様と私も急いでついて行く。
ココは庭師の水撒きでできた水溜りのなかを転げ回っていた。激しく尻尾を振りながら泥濘んだ地面に繰り返し体を擦りつけている。数秒前までふわふわだった薄茶色の毛並みは泥々だ。
「どうやら泥遊びを覚えたようだな」
妙に冷静にエイデン様が言った。イアン様は膝に手をついて溜め息を吐いた。
「はぁ……。だからあんなに汚れてたのか。怪我もしてないしおかしいと思ってたんだ。あの雨の中で酷い目に合ったんじゃないかと心配したが、そうか…………」
3人で呆然と眺めていると、満足したのかココが起き上がってこちらを見た。もはや泥がついてないところは無い。振られる尻尾からは茶色い水滴が飛び散っている。なんだか誇らしげに見えるわ……。このあと飛び掛かるならイアン様にしてね。
「……どうしましょう?」
どうしていいかわからずに私が聞くと、エイデン様はココから目を離さずに言った。
「しばらくは水溜りに近づけないようにするしかないだろ」
ですよね。
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