魔王あきたオレ様が勇者はじめた件について

月桜姫

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「…暇だ」

   暗闇の部屋、そこにポツリと呟かれた声が反響する。そしてその声を耳にし、この部屋にいる者のうちの一人が恐る恐る声を出した。

「暇、とは…?我々一同、こうして魔王様の復活を心よりお祝いし…」
「んなもんどーでもいいんだよ。どうしてオレ様ともあろう者がこんなとこに籠って殺されんの待たなきゃいけねぇんだよ?」
「へっ…?」

  巨大な王座に腰かける男は不機嫌そうにそう言った。そしてすらりと長い足をもて余すようにくみ、頬杖をついて、それはそれは退屈そうに続けた。

「オレ様は魔王だ。世界最恐の王者だ。だろう?」
「そ、その通りでございます、魔王様」
「なら、どうして。オレ様は死ぬんだよ?今まで一度だって勇者に勝ったことがねぇんだよ?」
「そ、それは…」

   何かを言おうとした者の声を打ち消すように剣が出現し、音をたてて床に落ちた。その剣は青にぼんやりと輝き、下から魔王を照らし出す。

   真紅の瞳、鮮やかな銀髪はバッサリと切られ、その髪から覗く耳は鋭く尖っている。色白の肌、口のはしから覗く犬歯、天へむかう二本のつの。

「ヤツが持っている聖剣だ。これに何人もの同胞が殺られた。覚えているな?」
「はい、もちろんでございます!」 
「だがな。オレ様はもう飽きたんだよ」
「は?」

   呆けた声。

   それを聞いて笑みを浮かべた魔王は、先程とは正反対の愉しそうな様子で繰り返した。

「オレ様は飽きたって言ったんだよ。飽きたってな。…で、この復活は何回目だ?1000回目か?」
「その通りでございます。あなた様の復活には約100年の時を有し…」
「んなこたぁ、どうでもいいんだって。お前らがなんでオレ様を勝手に復活させたとかどうでもいいんだよ」

   そう言うと魔王は立ち上がった。そして自身が床におとした聖剣を拾い上げる。

「復讐なんざいらねぇ。やろうとしたところで死ぬんだしな、はっきり言って無意味だろ」
「…」
「それにな、なんでオレ様がわざわざそんな事をしなくちゃいけねぇ?…もうこりごりなんだよ、殺されるのは、何度も生き返るのは、死ねないのは」

   そこで魔王は言葉を止め、何処にでもある鞘を取り出し剣を収める。そして一つ指をならし、魔王として、魔族として特徴的な部位を全て隠す。

「だからな、オレ様はこんなことやめることにしたんだよ。オレ様は世界へ行く。オレ様の後を継ぐ者は誰でもいい。ま、無理だろうが」
「ま、魔王、様…?」

   豪華なマントを打ち捨て、何処にでもいる人間の姿になった魔王は、放心している部下にむけ言った。








「オレ様は魔王をやめる」







   魔王、否、ベルゼブブがそう言い放つと同時、轟音をたてて王座が崩れ去る。これで魔王という存在は死した。そして解放されたよろこびから、ニヤリと人より少し長い犬歯を覗かせて笑ったベルゼブブ。

   しかしその姿はすぐに紫に発光する転移陣にのみこまれ、消えてしまった。

   魔王のいた部屋には部下5人と、それから瓦礫と化した王座のみが残ったのであった。





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