魔王あきたオレ様が勇者はじめた件について

月桜姫

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トラン国

1,

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   私達の住むこの世界にいま再び魔王が復活した。そう占い師が言った。占い師といっても胡散臭い者ではなく、ちゃんとした国の占い師。

   そして、被害を減らすために勇者を呼ぶべく、私と妹が今ここにいる。



「それではエリス、よろしくお願いします」

「はーい」



   妹、エリスの前には紫の塗料で描かれた魔方陣があって、私の声を合図にそこに魔力が注がれる。そして魔方陣が発光しはじめ、どんどん光が強くなっていく。


「来ましたよ…!」


   ついに一際明るく魔方陣が輝き、まばゆい光とともに一人の男性が姿をあらわす。しばらくすると、光が薄れてゆっくりと男性が見えてきた。

「んだよ、何が…?」

   腰に剣を携えた男性。さらりと流れた髪は銀糸のごとくきめ細かく、美しく。細めの目に、真紅の瞳。すらりと長い手足でもちろん高身長。その肌は私なんかよりよっぽど綺麗で。

「ゆ、勇者よ…!」

   私達は思わず膝をつき、その神々しい、美しい姿を視界に入れるのが恐ろしすぎてうつむいてしまっていた。


+++++++++


「は?勇者?」
「はい、その通りでございます!」

   魔王をやめたオレ様。何か知らねぇが、何処かに転移させられてしまった。そして今目の前には二人の女が跪いて、うつむいている。

   というか、オレ様が勇者?オレ様今魔王やめたばっかなんだけど。っつーか普通にありえねぇだろ。元魔王が勇者?笑わせる。

「何かの間違いだろぉよ。…おっと、ここどこだよ?」
「間違いではありません。この魔方陣は勇者召喚のもの。一般人が呼び出されるなど、あり得ないのです」
「(いや、まぁ一般人じゃないけどさ)」
「それから、ここはトラン国内だよ。あ、もしかして分からないかな、アリエス?」

   アリエスと呼ばれた方と、幼い方。この二人が年の離れた姉妹なのはすぐ分かるな、髪色は同じだし顔立ちがそっくりだ。

「ま、わかんねぇけどなんとかなるだろ。オレ様にゃ時間だけはあるしな」

   勇者とか興味ない上、何かの間違いであることは明白。ならオレ様がここにいる必要性は皆無。そう判断してドアの外に出るとうしろからさっきの女二人が追いかけてきた。

「ど、どちらへ行かれるのですか!?」
「あ?どちらもこちらもねぇだろ。その辺フラっとするんだよ、フラっとな」
「で、でも魔王が…!」
「いや、んなの知らねぇし。魔王とかどうでもいいし」

   っつーかもういないんじゃね?という言葉は言わないでおく。こんな人界でオレ様は魔王だ!なんて言いふらしても面倒なだけだしな。

   だがオレ様の沈黙をどう解したか、二人は脈ありとみてまだまだ突っかかってきた。正直めんどうなことこの上ないのだが、思えば腹がへった。こいつらの言うとおりにしたら飯ぐらいくれるだろうか?

「あの、せめてお名前だけでも…!」
「うー、あー、そうだな、オレ様はベル…(いやさすがにそのままはまずいだろ)…ベゼルだ」
「ベル・ベゼル様ですね!」
「いや、ベゼル」
「じゃあ、ベルって?」
「…ベゼルが名前。ベルは姓だが女っぽいから使うな」

   我ながら安易な名前だと思う。ベルゼブブの前三文字並べ替えただけだし。っつーかベゼル・ベルなんつー名前になっちまったな。 

   …ま、名前なんざどうでもいいんだが。

「遅れましたが、私はアリエスと申します。ここトラン国の第一王女です、ベゼル様。お見知りおきを」
「わたし、エリス。召喚師聖級、それから第三王女ね!」
「あー、はいはい。そぉいや、家族構成とかどーなってんだ?」
「王女が三人、王子が一人です、ベゼル様」

   なんとなく聞いたが、どうでもいい情報だったな。っとやべぇ、腹減りが限界。なんもしてねぇけど一応聞いてみるか。人界の飯はうまいらしいし、食べてみたいんだよなぁ。

「あー、わりぃが飯あるか?」
「あ!すみません、もう12刻すぎですね。すぐに用意させます」
「(お、なんかアッサリだったな)」
「ベゼル様は好きなもの、ある?」
「いや、オレ様の国じゃあ味なんざ二の次だったからな、ヒドイもんばっかだぜ?好きも嫌いもねぇや」
 
   アリエスが足早に何処かへと行ってしまい、オレ様はエリスを肩車して少し庭に出た。オレ様の城と違って色鮮やかなのがいいな。全く、なんであいつらは黒にこだわるんだか。

   などと思いつつ花壇に向かえばエリスが上から一つ一つ名前を教えてくれた。なんだ、人界ってあいつらがいうほど悪いところじゃねぇじゃねぇか。

「でね、あれが薔薇の花!わたし、大きくなったらあのコーキな花が似合うように頑張るの!」
「おうおう、頑張れよぉ。早くオレ様に釣り合ういい女になれよ?」
「うんっ!ベゼル様かっこいいから、わたし頑張る!」
「おう」

   いやいや、勘違いすんなよ?オレ様にゃそんな趣味ねぇからな?さすがに10才前後のヤツに手ぇださねぇから。

   ま、あれだ。近所の妹の子守りってかんじだ、うん。魔界のやつらと違って狂暴じゃねぇし、可愛げもあるが。

「あ、じじ!」
「エリス様っ!?…貴様!」
「えっ、じじ、やめ…!」

   エリスがオレ様のそばを離れ、確かにじじいと呼ぶべきであろうローブ姿のもとに走った。それをしっかり抱きとめたじじいは何をどう勘違いしたか、手に持つ杖をオレ様にむけてきた。

   それから睨まれ、いきなり魔法をぶっぱして来やがった。わりとダメージがでかい中級の火魔術を、だ。オレ様めがけて5つ6つの火球が飛んできて、それぞれ小さくはぜる。

「じじ!?」

   エリスの焦った声が聞こえ、オレ様の視界が炎でふさがる。ただし、オレ様も元魔王。勇者じゃねぇがなめてもらっちゃあ、困るぜ?

「…な!」
「はん、なめんなよ、じじい」
「んなっ!」

   オレ様は手を前に出した。それだけだ。だが、炎はオレ様の手に吸い込まれるようにして消え、オレ様は魔法を魔力に変換して結晶化して魔力結晶を作り出す。中級いくつかというだけあって、中々のモノができたな。

「ま、魔力結晶!?」
「…ぅ、ひっ、えぐっ…うわぁぁぁん!!!」

   オレ様が結晶を作り出すと同時にエリスが大声で泣き出した。じじいはそれに慌てて何もしていないが、何をしたいんだ、このじじいは。泣き止ませたいんだったらそれなりの行動しろっての。

「オレ様は無事だぞ?おら、泣くなってば」
「…ぅ、ぅ…ほ、ほんど…?べ、ベゼル…様、だいじょ、ぶ? 」
「おうよ。ほら、これやるから泣き止め。な?」

   抱き上げて背中をさすってやり、落ち着いてきたところで涙と鼻水を拭き取ってやる。それから結晶をわたせばエリスは完全に泣き止んだ。ちょいとまだ目が赤いが。

「ベゼル様、いいの?」
「おう。大切にしろよな。おっと、ただし魔力切れになってピンチの時に食べろ」
「ん、わかった。ベゼル様のおめめとおんなじ色、キレイ…」

   聞いてんだか聞いてないんだか、目をキラキラさせて結晶に見いるエリス。オレ様はふと思い立って結晶を回収。そしてネックレスに手早く加工して首にかけてやったら、それはもういい笑顔で礼を言われた。

   ただし、ここで黙っていないのがじじいである。

「お、お前、第三王女様に!何様のつもりだ!?」
「おいおい、ちゃんと名前で呼んでやれっての」
「ム…」
「…そうだ、何様ってきいたな?答えてやるよ。何様?オレ様ベゼル様だ!よぉく覚えときやがれ!」
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