君が花に溺れるまで

咲花楓

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木蔦

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「うぅ……」
 腕を伸ばし、固まった体をほぐす。曇った空、映るアイビーは静かに緑を反射する。遠く眺めた雲は空を隠し、時間帯を悟らせないようにしているようだった。
 ソファで毛布を掛けて眠る文目を見つめる。今日は日曜。昨日の夜、帰ってきて晩御飯を食べてからすぐにソファで眠ってしまったのを覚えている。きっと、疲れていたのだろう。結局、起こすこともできずに僕一人で寝た。
 当の僕はというと今はパソコンに一人向かっている。仕事ではなく、趣味として続けている小説を書いているのだ。と言っても最近流行りの異世界系だとかSFだとかではなく、普通の現代文学だが。
 小説投稿サイトに何作品か投稿しているもののあまり見られることはなく、金にも何にもならない本当にただの趣味になってしまっている。でもずっと昔、小学生のころから続けているし、僕自身小説を書くのが好きなのでここまで続けられている。自分の小説に自信があるわけではないが、ここまで続けてこれたことには自信が持てる。
 そしてなにより、この趣味は僕と文目を繋げてくれたものでもあるのだ。
 
「小説、書いてるんですか?」
 次の授業まで小説を書いていよう、と机にノートパソコンを広げていた僕に話しかけてきたのは、見覚えのある女性だった。
「あ、突然ごめんなさい。私、原田文目です。」
 確か、後ろの席だったはずだ。おっとりと落ち着いていて、それでいて誰が見てもわかるような美人。まだ始まったばかりの高校生活でも初めて強く印象に残った人だ。
「早河くん、そういえば自己紹介のときに小説書いてるって言ってたよね。」
「覚えててくれてるんだ。」
「うん。小説書くのって、なんかかっこいいなって。」
 かっこいい、なんて言われて少し頬が熱くなる。照れ隠しのつもりで笑って見せる。
「どんなの書いてるか、見せてもらっても、いい?」
「あ、うん。まだ完成してないけど。途中までなら。」
「ほんと!?ありがとう!」
 初めて、自分の小説を目の前で読まれた。
 じっくりと画面を見つめる原田さん。真剣に目の前の世界に入り込むその横顔に、思わず見入ってしまう。
「う……ぐすっ」
「は、原田さん!?」
 突然泣き出す彼女に戸惑ってしまう。
「いや、ごめんね。感動しちゃって。」
 感動した?山場はまだのはずだし、泣くような場面はないと思うが。
 涙を拭いながら、物語に相槌を打つ彼女に、不思議な人だなと感じた。感受性が豊かなのか、素直なのか。少なくとも、悪い人ではないだろうことは確信した。
「また、完成したら読ませてね。」
 キーンコーンカーンコーン
 その言葉と共に、チャイムが鳴る。偶然にも生まれたそのひとときは、瞬く間にその音に引き裂かれる。もうこんな時間か、と時間さえ忘れていたことに気付かされる。
 次々と席に戻る生徒たち。
 僕もそっとノートパソコンを閉じ、書きかけの世界に鍵をかけた。

 それからというもの、彼女はよく僕の小説を読むようになった。ただ、毎回席に来てノートパソコンを覗かれては作業も止まるし噂も立つので、よく小説を上げている投稿サイトを教えた。これなら、いつでもどこからでも僕の小説を読むことができる。
 彼女は、読むたびに感想を言ってくれた。直接言えないときでも、いつの間にか繋がっていたメッセージアプリを通して言葉を送ってくれた。気付けば、小説関係なくても話すようになっていった。
「晴くんは部活何に入ってるんだっけ?」
「僕は入ってないよ。原田さんは、華道部だっけ?」
「うん。お花、好きだから。」
 そんな何気ない会話も日常のほんの一部になる。いつしか、初めて会ったころに感じていた壁がなくなったのを感じていた。

 そんなこともあったなあ、昔の事を思い出す。追想の中、すぐそこの物音で目が覚めた。
「ん……あ、寝ちゃってた。」
「おはよ、文目。ぐっすりだったね。」
「うん……シャワー浴びてくるね。」
 眠い目を擦る彼女を見送る。
 未だ淀んだ空、鳴り響く秒針は正午前を指していた。
 「もう、こんな時間か。」
 呟く僕は、立ち上がりキッチンへと向かう。
 昼は、パスタにでもしようか。
 袋からパスタを取り出し、水の入った容器に入れレンジに入れる。12分に設定して過熱を始め、その間にトマト缶を開ける。フライパンを火にかけ、少量の塩とコンソメを入れる。
 面倒くさがりな僕はいつもこんなシンプルな昼食で済ませてしまう。
 電子レンジのタイマーが2分を切ったところで文目が戻ってきた。
「あ、お昼ご飯。ありがと。」
 まだ少しの熱を纏う彼女は再びソファに座る。またほうっておいたら眠りに落ちてしまいそうだ。
 僕は静かに、彼女の隣に座る。
「外、暗いね。」
「うん、そうだね。」
 まだ晴れない外を眺める彼女の目を横目に黙り込む。どこか、暗さを感じていた。それも、最近なんかじゃない。ずっと前から、何かを感じているのだ。
 まあ気のせいだろうと自分の気持ちを受け流すことしかできず、そんな自分を嫌うこともできなかった。ただ、隣に居られればいいと、そう思っていた。
 鳴り響く電子音。つられて立ち上がる。
 電子レンジから容器を取り出し、蓋に空いた細い穴から水を切る。皿に麺を盛りつけ、その上にソースをかける。
「文目、できたよ。」
「うん、ありがと。」
 椅子を動かす彼女の腕が、何故だかか弱く感じる。何度か感じた彼女の温度を見逃さぬように、ない幻想を目に焼き付ける。
 熱を纏った細長いそれを口に運ぶ手を、桃色に火照った頬を。何も変わらないいつも通りを、深く刻み込んだ。
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