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Re:インフレーション
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凍り付いた138億の刻を駆け上がる。収縮に身を任せ、幾つもの世界を越える。
いつかの世界で出会った、君じゃない君。それすらも思い出せないまま、僕は円環を放棄した。
世界が崩れる。小さな粒となりて。堕ちていく。暗く、遠い場所へ。
理に逆らった僕は、軈て理となる。
因果が、僕を呼んでいた。
この世の「始まり」となるまで、僕はまた少しのヘリカルを彷徨い続ける。
_
「おい、遅いぞ。」
「ごめん、普通に寝坊。」
日の照らす午前十時、未だ冷たい温度だけが残る。一昨日から降り続いていた雨がようやく上がった後の空気はどこか寂しくて、それでいて穏やかだった。
いつも通りの君の笑顔。いつものこのひととき、人はこういった瞬間が、「永遠に続けばいいのに。」なんて思ってしまう。でも僕は心のどこかで、「永遠」を拒んでいる。
まるで思い出せない、でも確かに感覚だけが残る夢のような感触。そのひとつひとつが、僕を現実に繋ぎ止めているようだ。
「今日も、いつものとこ行くの?」
「……どうしようか。」
何故だか、行ってはいけない気がした。
あの喫茶店に入ってしまったら、この世界からはぐれてしまいそうで。
「今日は、別のとこに行こうか。」
「え~……私、あそこのドーナツ好きなんだけどなあ。」
それは当然知っている。店で作っている特製のドーナツ。ふんわりとした生地に、控えめな甘さ。それでいて濃密にとろけるような風味が痛いほど頭に残る。
僕も前に一度食べたことがあるが、とても美味しかった。まるで、「永遠に食べていたい」なんて思ってしまうほど。
「永遠……」
また、その言葉が引っかかる。永遠を拒みたくて、あの店を避けているのだと、今になって気付いた。
あのドーナツの穴に落ちていったら最後、僕はどこに辿り着くのだろうか。
まるで終わらない円環みたいだ。どこへ進んでも、同じところをぐるぐると廻って。
「もしかしたら世界も、同じなのかもしれないな。」
青い空を眺める。今日は快晴。僕らを見つめる太陽の灯だけが、煩く響いていた。
「……どうしたの?」
「……うん、なんでもない。」
問いかける彼女に優しく答える。
「今日は何か、ジャンキーなものでも食べたい気分だ。」
「おっ、いいね~。私チキン食べたーい。」
そう言うのは解っていた。とも言わんばかりに僕は彼女の手を引いて進路を変更する。
受け取ったトレーの上にはチキンの入った大容器容器と、丸いビスケットが乗っていた。
「私、ここのビスケットも大好きなんだよねー。シロップを掛けたらあま~くて。」
チキンよりも先にビスケットへと手を伸ばす彼女が言う。
「それはデザートじゃないのかよ。」
「うん。最初に食べたい。」
そうしてシロップの蓋を開け、その開けた台地へと垂らす。シロップが拡がっていくその様子はまるで熱量の勾配のように、世界を形作るインフレーションのようだった。
「そういえばさ」
その瞬間、彼女は口を開く。
「このビスケットも、ドーナツみたいに穴が空いてるよね。この穴って、どうして空いてるのかな?」
「さあ。」
一瞬の沈黙の後に、そう答えた。
それが正解な気がした。
いつかの世界で出会った、君じゃない君。それすらも思い出せないまま、僕は円環を放棄した。
世界が崩れる。小さな粒となりて。堕ちていく。暗く、遠い場所へ。
理に逆らった僕は、軈て理となる。
因果が、僕を呼んでいた。
この世の「始まり」となるまで、僕はまた少しのヘリカルを彷徨い続ける。
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「おい、遅いぞ。」
「ごめん、普通に寝坊。」
日の照らす午前十時、未だ冷たい温度だけが残る。一昨日から降り続いていた雨がようやく上がった後の空気はどこか寂しくて、それでいて穏やかだった。
いつも通りの君の笑顔。いつものこのひととき、人はこういった瞬間が、「永遠に続けばいいのに。」なんて思ってしまう。でも僕は心のどこかで、「永遠」を拒んでいる。
まるで思い出せない、でも確かに感覚だけが残る夢のような感触。そのひとつひとつが、僕を現実に繋ぎ止めているようだ。
「今日も、いつものとこ行くの?」
「……どうしようか。」
何故だか、行ってはいけない気がした。
あの喫茶店に入ってしまったら、この世界からはぐれてしまいそうで。
「今日は、別のとこに行こうか。」
「え~……私、あそこのドーナツ好きなんだけどなあ。」
それは当然知っている。店で作っている特製のドーナツ。ふんわりとした生地に、控えめな甘さ。それでいて濃密にとろけるような風味が痛いほど頭に残る。
僕も前に一度食べたことがあるが、とても美味しかった。まるで、「永遠に食べていたい」なんて思ってしまうほど。
「永遠……」
また、その言葉が引っかかる。永遠を拒みたくて、あの店を避けているのだと、今になって気付いた。
あのドーナツの穴に落ちていったら最後、僕はどこに辿り着くのだろうか。
まるで終わらない円環みたいだ。どこへ進んでも、同じところをぐるぐると廻って。
「もしかしたら世界も、同じなのかもしれないな。」
青い空を眺める。今日は快晴。僕らを見つめる太陽の灯だけが、煩く響いていた。
「……どうしたの?」
「……うん、なんでもない。」
問いかける彼女に優しく答える。
「今日は何か、ジャンキーなものでも食べたい気分だ。」
「おっ、いいね~。私チキン食べたーい。」
そう言うのは解っていた。とも言わんばかりに僕は彼女の手を引いて進路を変更する。
受け取ったトレーの上にはチキンの入った大容器容器と、丸いビスケットが乗っていた。
「私、ここのビスケットも大好きなんだよねー。シロップを掛けたらあま~くて。」
チキンよりも先にビスケットへと手を伸ばす彼女が言う。
「それはデザートじゃないのかよ。」
「うん。最初に食べたい。」
そうしてシロップの蓋を開け、その開けた台地へと垂らす。シロップが拡がっていくその様子はまるで熱量の勾配のように、世界を形作るインフレーションのようだった。
「そういえばさ」
その瞬間、彼女は口を開く。
「このビスケットも、ドーナツみたいに穴が空いてるよね。この穴って、どうして空いてるのかな?」
「さあ。」
一瞬の沈黙の後に、そう答えた。
それが正解な気がした。
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