毒花姫

浦 かすみ

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毒を纏う女

愛しの人?

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何故だか、ブランシュアンド殿下は近衛のお兄様達に羽交い締めにされていた。どう見ても殿下が容疑者っぽくなっている気がしないでもない。

これはやっぱり助けてあげなければいけないのかな?と思ってマッチョを見上げた。

「あ…あの…先程、殿下は狙われて撃たれたのですよね?」

私がおずおずと聞くと、殿下の周りを取り囲んでいた軍人さん達が血相を変えた。

「何だって!?」

「殿下っ怪我をなさっているのですか!?」

「その割にはお元気そうだけど…」

すると、殿下は微苦笑をされると髪を掻き上げた。その動作…必要か?

「そうだな…確かに撃ち抜かれた…我が心臓が…」

し、心臓!?めっちゃ元気そうだけど…!?

軍人さん達も皆、一斉に殿下の胸元を見た。今日の殿下の御召し物は小麦色のシャツと濃い緑色のトラウザーズである。因みにそのシャツの胸に血飛沫は拡がってはいない…胸を撃たれたのよね?

再び皆さんと一緒に殿下を見詰める。殿下はまた胸を押さえている。エアー被弾?

「私の胸は愛しの人の愛の言霊で、張り裂けんほどの痛みを訴えている!」

「……」

あ……はいはい。シファニアに「会いに来ました!」と言われたからだね?

私と一緒に表情を失くしてしまった近衛と衛兵のお兄様方は…ブランシュアンド殿下の拘束を解くと、何故か私の周りに集まって来た。その中の近衛の…私も知っている近衛の副団長が何故か片膝をつかれて私に手を差し出された。

「姫…この辺りは危険なので私に姫の御身を護らせて頂ける名誉を下さいませ」

え?王宮の中で危険があるの?

ポカンとしている私の傍で今度は軍の方かしら?先程殿下を羽交い締めにされていたマッチョなお兄様が副団長と同じポーズで私に手を差し出した。

「姫、我々第一部隊の精鋭が姫の御身を守護致しますので、どうぞご安心して王宮を移動して下さい」

軍人の方が出てくるなんて…本当に狙った獲物ターゲットは逃がさない新宿にお住まいのあの人みたいな人がいるの?

どっちの手を取ればいいのかとオロオロしていると…なんと、跪くマッチョをヒョイと飛び越えてブランシュアンド殿下が、私の目の前に飛び込んできたのだ。

び、びっくりした…

「ネリィ…」

ブランシュアンド殿下が何かを言いかけた時に殿下の肩越しに、シファニアの姿が目に入った。

シファニアはまた走ってきたのか、ドレスはヨレヨレ、髪はボサボサ、化粧はドロドロになっていた。

私は数歩後ろに下がると、カーテシーをしてから

「では、私はこれにて御前を失礼致します」

そう言って素早く裏庭から出て行った。殿下と愛する人、シファニアとを2人きりにしてあげましょ!

「姫っお供しますよ!」

「姫っお待ち下さい!」

急いで帰ろうと、廊下を歩き出すと副団長と第一部隊のマッチョとその他大勢の暑苦しい男性達が私の後から付いて来る。どうもおかしい…

◇◇◇

とうとう、一歩を踏み出した。

ネシュアリナ=ギナリアーダ侯爵家令嬢に婚約を申し入れた。これで私が憧れのシファニア嬢の義兄になれる。ああ…義兄!凄く甘美な響きだ。

「お義兄様…一緒にお茶を頂きましょう~」

「お義兄様…今日はお買い物に行きませんか?」

「お義兄様…贈って頂いたドレスとても可愛いわ」

どの言葉をかけられても、良いな…滾る。

気分よく朝の朝議から帰ってくると、私の執務室の前に数人の厳つい男達が立っている。あれは…

「ギュシバ副団長とリアネス隊長…どうしたんだ?」

厳つい男達の後ろに…ああ!シファニア嬢の愛しのアリーフェ=レガレッテがいる。

アリーは本当に美しいな。男性を表現するのに適切な言葉ではないかも知れないが、妖艶で艶っぽい美男子だ。アリーがシファニア嬢と2人で並んでいる姿は絵画の様に美しく、儚げで耽美だ。

義兄になったら、親戚として今よりもっともっと会う機会も増えるよな。見目麗しく微笑み合う2人を見ていると幸せな気持ちになる。

尊い…

「ブランシュアンド殿下、ネシュアリナ嬢に婚姻を申し込まれたと聞きましたが、まことですか?」

ギュシバ副団長が顔を強張らせて聞いてきた。

「ああ、家柄も良いし、令嬢もとても美しいと評判じゃないか…」

シファニア嬢と真逆の毒花姫としてだがな…

ギュシバ副団長は、深く息を吐いて俯いた。今度は第一部隊のリアネス隊長が、私に顔を近付けてきた。

「殿下、まさかお顔だけで選ばれたのですか!?」

え?やけに喰い下がるな…うーん。

「勿論、それだけじゃないよ。(私的に)とても素晴らしい女性だと思うよ」

なんと言ってもシファニア嬢の姉だし。それに所詮は尻軽な頭空っぽの令嬢だ。上手くあしらって釘を刺しておけば、私を邪魔せずシファニア嬢と私の間に入ってくれるだろうしな。

「殿下…本当にネリィを望まれているのですか?」

アリーが妙に艶っぽい目で私を見てきた。ゾクゾクする…そちらの嗜好は無いが美しいな。

「ああ…ネシュアリナ嬢がいいな」

シファニア嬢の姉だし、彼女以外は有り得ない。

アリーは何だか苦笑いを浮かべている。

「あなたも僕と同類か…」

「え?」

何かアリーが言ったが聞き取れなかった。

「殿下なら仕方ないですよね…」

「俺じゃ太刀打ちできない…」

「え?」

ギュシバ副団長とリアネス隊長も何か言ったが聞き取れなかった。

3人は背中を丸めて帰って行った。どうしたんだ?

数日後

ネシュアリナ=ギナリアーダ嬢に会った。

正直に言うと、びっくりするほどの美女だった。確かにデビュタントの時に会ってファーストダンスをご一緒したはずだが、その時より美しさに磨きがかかっていないか?

シファニア嬢の姉だけあって、髪の色はシファニア嬢によく似ている。シファニア嬢が可憐で可愛らしい花なら、まさに妖艶で見詰められると腰が疼く程美しい。

流石、毒花姫だな。

しかし対面で話を始めると、今まで抱いていた印象と違ってきた。

まず、その美麗な顔を見るとほぼ化粧をしていない。化粧をせずにその頬はそんなに艶々なのか?睫毛長いな…瞳が美しい……ハッ!

おまけに大人しい。私の話にほぼ相槌しか打っていない。

おまけに政策に参画したい?

そう言ってきたネシュアリナ嬢は瞳を輝かせて、私が許可を出すと更に発光しているかの如く、全身で喜びを表してきた。

なんだか、可愛い?あれ?

釈然としないままギナリアーダ侯爵の屋敷を後にした。

夕方、執務室で書類を見ながら、先程の嬉しそうなネシュアリナ嬢の笑顔を思い出していた。

もっと高飛車で話しにくい令嬢だと思っていた。聞き上手と言うのか?笑顔で私の話を聞いてくれる雰囲気といい、佇まいといい…彼女が毒花姫という通り名と同一人物とは思えなくなってきた。

そうだ…

ならばシファニア嬢と2人並んでいるのを見ればネシュアリナ嬢の本質も見えるのではないか?

急いで手紙を書いて、ネシュアリナ嬢に届けるように侍従に頼んだ。



……

いよいよ今日のシファニア嬢とネシュアリナ嬢…輝花姫と毒花姫の2人に会える。

出かける準備をしていると、アリーフェ=レガレッテ公爵子息がやって来た。

「今日もネリィに会いに行かれるので?」

そういえば、アリーフェはやけに気安くネシュアリナ嬢のことを呼んでいるな…

「今日はシファニア嬢も一緒だよ」

つい、声が弾んでしまった。アリーフェは忍び笑いをした後に私に近付いて来た。

「殿下はあちらには本気にならないで下さいよ…」

ん?

聞き直そうとしたがアリーフェは素早くいなくなってしまった。

さて、いよいよ私の憧れシファニア嬢との対面だぁ!

……あれ?

シファニア嬢、凄いドレスだな。それ夜会用のドレスじゃないかな?

おまけに化粧濃っ!

遠くから見ていたら可愛いな~と思っていたが、これは化粧で目を大きくみせているのだな?

しかし姉であるネシュアリナ嬢を押し退けて挨拶してくるし、侯爵夫人?が同席するとは聞いていないのだが?チラッとネシュアリナ嬢を見たら、困ったような憂い顔で微笑んでいる。

躊躇わずに下座に座ったネシュアリナ嬢を見て、何となく分かってきた。

おまけにだ!

太腿を触るな!びっくりして、真横に図々しく座ってきたシファニア嬢を見詰めた。目の回りが真っ黒だ。黒粉をつけすぎだ…

何だこの子は?私の知っている、噂に聞く輝花姫ではないじゃないか?

しかも婚姻しても義兄と楽しむだって?

艶事の意味を取り違えていなければ…私はシファニア嬢に婚姻してから楽しみましょうと誘られたのだということだ。

嘘だ…しかしシファニア嬢が近付いて来た時の、あのむせ返るような香水の匂いと化粧の匂い…それに気のせいか酒の匂いもしなかったか?

シファニア嬢を目の当たりにして気が付いた。

もしかして、毒花姫はシファニア嬢で、下座に座って困り顔で微笑まれているネシュアリナ嬢が…真の輝花姫?

そうか…そうなんだな…今頃合点がいった。

庭にネシュアリナ嬢を誘い…そして趣味だという料理の話をし、真の輝花姫ネシュアリナ嬢の手製の菓子を頂いた。

私は甘い物が大好きなのだが…ものすごく美味しかった。賛辞を述べるとまた輝くような笑顔を浮かべているネシュアリナ嬢。

可愛い…可愛すぎる。離れがたい…近付いて頬を寄せたら、とんでもない艶っぽい瞳で見詰められた、腰が疼いた。

城に帰り、侍従のスギロと側近のマイラ大尉に話してみた。

「今日…ネリィの手製の菓子を頂いた…とても美味しかった」

書類を見ていたマイラ大尉が、バッと顔を上げて私を見てきた。

「ええっ!ネシュアリナ嬢は菓子を作られるのですか?殿下いいなぁ~」

すると侍従のスギロがマイラ大尉を見て苦笑をしている。

「これは益々輝花姫の人気が上がる要因になるかな?」

やっぱり……2人はネリィが輝花姫だと認識している。ということは…

「そう言えば、ネリィが毒花姫だと言われているようだな…」

私がそう言うと、ああ…と言ってマイラ大尉が頷いた。

「シファニア嬢が本当は毒花姫と呼ばれているのですが、よく知らない下位貴族の子息が茶会に出かけてたまたま会った妖艶な魅力のネシュアリナ嬢を見て、毒花姫だと思い違いをしているらしいんですよ。ネシュアリナ嬢は下位貴族のご令嬢達と仲がよろしいので、令嬢が多い茶会には時々顔を出していますが、夜会には殆ど参加されないと聞きますよ」

なるほど、そんな感じがするな…

話の続きを侍従のスギロが続けた。

「それで夜会には毒花姫が舞い降りる…という噂を聞いて妖艶な魅力のネシュアリナ嬢は毒花姫。可憐な魅力はシファニア嬢…そう思っている子息もいるらしいのです。実際、上位貴族の夜会に出ている子息はほぼ毒花姫はシファニア嬢のことでめったにお目にかかれない、輝花姫はネシュアリナ嬢のことだと認識していると思いますよ。だから城勤めの若い官僚や近衛の団員などはネシュアリナ嬢に想い焦がれているのも多いわけで…殿下は今、皆の恋敵という訳ですね」

そうか…なんてことだ。ちゃんと調べればすぐに分かることだったのだ。

私も下位貴族の子息達と同じで、ネリィは妖艶な魅力の毒花姫だと思い込んでいた。

「私もまだまだだな…」

「どうされましたか?」

マイラ大尉に聞かれて正直に話してみた。

「ネリィの魅力に引き寄せられるように…頬に口付けてしまった…」

侍従スギロとマイラ大尉が同時に立ち上がった。

「殿下っ!未婚の女性の頬に…なんたる破廉恥な!」

「何をなさっているのですかっ!相手は輝花姫ですよっ…これは由々しき変質行為ですねっ…近衛の副団長と私の先輩に相談してきます!」

マイラ大尉はものすごい勢いで執務室を飛び出して行った。

変質って…私、この国の王太子だぞ?

「ネリィ…は王太子妃だろう?私の婚約者なら頬に口付けたって…」

スギロが小さく悲鳴を上げた。

「なんてことを…殿下っ!ネシュアリナ嬢とはまだ正式な婚約をされていないではないですかっ!不肖ながら私も輝花姫を殿下の毒牙からお守りしないといけなくなったようですね!」

そう言ってスギロが私を睨みつけた。

その後、血相を変えてやって来た近衛の副団長と軍部の隊員達に、ネチネチ嫌味とお説教をくらったのだった…
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