異世界で小料理屋の女将始めます!

浦 かすみ

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涙目でパンダ目

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「ラジェンタ=バラクーラ、君とは婚姻出来ない!私には愛する人が出来たのだ!」

あ……成程、うんうん。そりゃそうだな。やっと言い出したか。しかし時間かかったな~

若い子と張り合うと疲れるとか、目の前でキラキラしているイケメン王子様が息子か孫のように思えて仕方なかったとか…言い訳はしないけどね。

このブリブリのドレスとか派手派手なメイクとか、一緒に考えて編み出してくれていた、メイドやお母様の努力がやっと報われる…

しかしこんな退場の仕方不本意だ…そのことで悔し涙が出る。おおっとマズい、マスカラ落ちちゃう…

「ラジー…泣いているのか…?」

スワイト=ワイジリッテルベンシ、スワイト王太子殿下は綺麗なアイスブルー色の瞳を見開いた。

私は涙が滲む目をハンカチで拭いた。げえっ…マスカラが落ちた…ウォータープルーフとかじゃないしなぁ…今、絶対パンダ目になってるよ。

実はこの派手なメイクも自分の好みではない。

このスワイト王太子殿下が派手な雰囲気の女性が大好き…との情報を基に作り上げたフルメイクだ。

今、王太子殿下の横に寄り添っているのは大人しめのメイクの可愛らしい表情をしている伯爵家の令嬢だ。

やっぱり私が掴んだ情報は偽物か。偽物に踊らされたフリをしていて良かった。

よしよし…この世界のモットーは情報を制する者は貴族社会も制すだ。

そろそろいいか。マスカラの滲んだ不細工な顔を王太子に見せる訳にはいかない。ハンカチで目元を押さえつつ頭を静かに下げ腰を落とした。

「ラジー…」

スワイト王太子殿下とは私3才、殿下5才の頃からの付き合いだ。彼の成長を見守ってきたという自負と母のような気持ちで接してきた自分もいる。

前世では子なしの未婚の享年50才ですけどね。あ、ちなみに私、異世界転生というものでこちらに来たようですね。その辺りはあまり詳しくないので適当です。

前世で未婚なうえに子供もいない私だからこそ、スワイト殿下の成長を見るのがすごく楽しみだった。あんな小さくて天使みたいだった男の子がこんなに大きくなって…という気持ちもある。そして好きな人が出来て巣立っていく。

この気持ち…息子の彼女(嫁)に対するジェラシーに近いかも…何だか悲しいやらおかしいやらで複雑な心境だ。

「それは…よう御座いました、どうかお幸せに」

ちょっと笑いが混じった声になってしまった。腰を落としたまま2、3歩後ろに下がってそのままクルリと踵を返すと、急がず騒がず退室をした。

「ま…!待ってっラジー?ラジー!?」

何をそんなに絶叫する必要があるんだろう?しかし振り向けない…マスカラが落ちてパンダ目だからだ…。

扉を開けて廊下に出ると傍仕えのメイドのマサンテがパンダ目の私の顔を見て驚いた顔をした。

「ラジー様っお化粧が…」

マサンテはスッ…と近づいて来るとポケットからメイク道具を出してきて、手早くメイク直しをしてくれた。

「ごめんね、マサンテ」

「何を謝られることがありますか…」

マサンテもちょっと涙ぐみかけている。私はマサンテを促して廊下を進む。

「どうやらスワイト殿下の好み…上手くいったみたいね。掴んだ情報は派手な女だったものね」

「王子の好みはやはり大人しい女性でしたか?やはり偽情報を掴まされましたね」

私は少し歩く速度を速めた。

「故意かうちの諜報が下手をしたか…すぐに調べましょう。それと、もう準備してくれている?」

そう言うとマサンテは悲しそうな顔をした。

「お嬢様、やはりやめませんか?お嫁に行かなくてもこのまま…」

「マサンテ、それに関しては話はついているわ。スワイト殿下とあの伯爵家のルルシーナ様が近づいた時にもう決めていたことよ」

そう、一年前

ルルシーナ様が暴漢に襲われている所を、スワイト殿下が通りかかり助けるという運命の出逢いがあった。

それから何度も2人はが重なり何度も出会い、お互いを運命の相手だと思ったらしい。

ああ、バカらしい。

スワイト殿下って、性格は夢見る乙女だからな~私も最初は諌めたり、伯爵令嬢を遠ざけようとしたけれど、その度に邪魔をされた。

あの伯爵家に結構な後ろ楯がついているわね。私は両親と兄と弟、皆で話し合った。ここでスワイト王太子殿下のご不興を買って、後々の公爵家の立ち位置を危うくすることは出来ない。

うちにも、前国王陛下という後ろ楯が付いていらっしゃる。前国王陛下の顔を立てる為に、そこそこ王太子妃候補として頑張っている姿を見せつつ…静かに候補から外れる様に上手く仕向けてきた。

負け戦になったとて…味方を負傷させてまで私が生き残ることはないわ。

「気持ちを切り替えましょう…引き続きマサンテには迷惑をかけるけど…」

「何をおっしゃいますやら!実は私、とても興奮しております。お嬢様のお話になる料理屋…今からお手伝いするのが楽しみです」

「ありがとう。私も楽しみだわ」

そう…私は王太子妃候補から外れたら是非とも、やってみたいことがあったのだ。

それは『小料理屋の美人女将』になること。

異世界人である私の前世はおひとり様の地味な事務員だった。一人暮らしで料理を作るのは好きだったし、腕に自信もあった。調理師免許も取った。コツコツ貯金もしていた。ただ圧倒的に足りないものがあった。

見た目だよ!見た目!はんなりとした色っぽい女将な見た目が無かった!

チビでデブでとてもじゃないけど自分の理想とする女将像には、どう足掻いてもなれなかったのだ。

だがしかし、今の私は違う。

マサンテと廊下を歩きながら窓に映った自分の姿を見て思わずニヤリと笑ってしまう。

はんなりとした和服美人ではないけれど美人には違いない。こうなれば可愛いエプロンをつけた年齢不詳の可愛い系女将になるしかない!いや、なってみせる!

そのために幼少の頃より、家人に頼み込んで料理を作り続けてきた。醤油や味噌…鰹節に昆布…実はかなり遠方の国だがこの世界でも近い食材を産出している地域はある。

時間はかかったけど、食材を集めるとコツコツ調味料作りに没頭し、それを知人や領民に振る舞っているうちに評判になり、うちの領地内で『ショーユ』『オミソ』は人気の特産品になったのだ。

下準備は万全だ。

◇◇◇◆ ◆ ◆◇◇◇◆ ◆ ◆  

「伯爵家が何か仕掛けてくるかしら…」

手早く手荷物を片付けると馬車に乗り、昼過ぎには城を後にした。全て予定通りだ。

「バラクーラ家は自領に完全に引っ込みますし、お嬢様は雲隠れ…此方には伯爵家に反意を見せるつもりもありませんし、深追いはしてこないでしょう」

マサンテの返事に頷き返して、窓の外を見る。

今、私の両親は公爵家の領地で特産品の商会と私が立ち上げた、『イザカヤ』の経営に掛かりきりだ。長兄のクルエンダはそれの補佐。次兄のカインダッハは軍部の大尉で出世頭だ。下の弟はまだ小さいし大丈夫だ。

うちの家族は良い意味で図太い。このまま王都…王家から離れても自領の収入だけで十分やっていける。

そうなれるように、私が家族をサポートしてきたつもりだ。なんと言っても、家族の中じゃ、私は祖父母よりも年上だしね。

とか、考えている間に馬車は止まった。

「お嬢様、着きましたよ」

御者のラヤンが開けてくれたので、外へと降り立った。私はラヤンとマサンテと大通りから路地へ一つ入った所にある家の前に立った。

一階は店舗、二階に住居がある。

『小料理屋ラジー』今日から私達のお城になる。

「さあ、マサンテ!まずはお店の中のお掃除から始めましょうか」
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