ハイロイン

ハイロインofficial

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第二章

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 帰り道、顧海グー・ハイはタクシーに乗らずそのままトレーニング代わりに走って戻った。彼の脳裏にはさっきの場面が繰り返し浮かぶ。あのめちゃくちゃな生活の一コマを思い出すごとに笑いが込み上げたが、何度も笑っているうちに、そうおかしなことでもないと思い始めた。
 彼が白洛因バイ・ロインの家を訪れたのには三つの目的があった。ひとつめは白洛因がいつも遅刻する理由を知るため。二つめは同級生の暮らしぶりを見るため。三つめはただの暇つぶしだ。
 三つの目的を達成したばかりか、さらに思わぬ収穫があった。自分と白洛因はお互い相手に最も欠けているものを持っている。相補性の法則にしたがい、顧海は彼を友達にすると決めた。



 翌朝、白洛因バイ・ロインがいつものように遅刻して机にリュックを置くと、自分の引き出しに何かの箱が入っていることに気づいた。引っ張り出して机の上に放り投げ、それが何かわかった途端あわてて机に突っ込む。
 どういうことだ? 誰が俺の引き出しにパンツを入れたんだ?
 昨日は尤其ヨウ・チーが女子からトイレットペーパーをもらったと笑っていたが、今日は自分がパンツをもらうとは! それとも誰かが間違えて自分の引き出しに入れたのか?
 だが一枚のメモが彼の考えを打ち消した。
『プレゼント』
 昨日とまったく同じ文言だ。白洛因は筆跡も確認せずに尤其の机に放り投げる。
「気味の悪いことをするなよ」
 尤其は机に俯せて居眠りをしていたが、頭に何かが当たり、拾ってみるとなんと、それはパンツだった。
「やるじゃないか! すかした顔してむっつりスケベだな! この間はトイレットペーパーで今度はパンツをよこすなんて」
「黙れ!」
 白洛因は怒鳴り、本を手に外に出て行った。
 顧海グー・ハイはその一部始終を眺め、苦笑する。あいつは今も湿ったパンツをはきながら、それでも施しは受けないのか。なんて気骨がある男なんだ!



 湿ったパンツは白洛因バイ・ロインを苦しめていた。本来なら夕べから一晩履けば乾くはずだった。だが湿り気はそう簡単に消えず、冷えたせいで彼は腹を下してしまった。
 午前中の三時限で白洛因は七回トイレに行った。八回目にはさすがに恥ずかしくなり、教室には戻らず、そのまま外で三十分ほど蹲り、昼休みを待った。
 机の上の荷物を片付けていると、また腹がギュルギュル鳴る音が聞こえてくる。彼は白漢旗バイ・ハンチーを心底恨んだ。幼い頃から父親が粗忽なおかげで数えきれないほど悲惨な目に遭ってきた。
 長いため息をつき、白洛因が立ち去ろうとしたそのとき、何かが床に落ちた。
 拾ってみると、下痢止めのパッケージだった。
 おかしい。一体どういうことだ?
 白洛因にもさすがにこれは尤其ヨウ・チーがくれたものだとは思えなかった。なぜなら尤其は校舎から出ていないし保健室にも行っていない。白洛因が腹を下していることを事前に知り、薬を準備できるわけがない。パンツのことも今となっては疑わしい。
 パンツは学校で買ったものではない。だから学校の寮で暮らす尤其は除外される。ならば想像を膨らませてみよう。例えばいまどきの進んでいる女子が好意を表すためにまずパンツを送り、彼の反応をみるという可能性はあるだろうか。
 いや、あまりにも偶然が重なりすぎている。
 昨日たまたま新しく履けるパンツがなくなり、今朝それが現れた。昨日湿ったパンツを履き、今日の放課後に下痢止めが出現した。これは確実に事前に準備されていたものだ。つまり……
 白洛因はリュックを机に放り投げ、冷たい声で問いただす。
「夕べ誰が俺の後をつけたんだ?」
 クラスには数名しか残っていなかったが、白洛因は確信していた。犯人は絶対この中にいて今も自分の一挙手一投足を観察している。
 顧海グー・ハイは驚きを押し隠した。白洛因は自分が思っていたよりもずっと賢い。パンツと薬だけで昨日誰かが自分をつけていたことに気づいたのだ。
「陰険なことしてんじゃねえぞ!」
 白洛因は怒って薬を投げる。薬のパッケージは壁に跳ね返り、顧海はそれを掴み取った。
 クラスメートは全員サッと姿を消した。彼らは経験上白洛因を怒らせると面倒くさいことを知っていたからだ。
 もちろん例外はいる。つまり、一連の真犯人だ。
「俺だよ」
 顧海のごく短い一言は天地を震わせる覇気を伴っていた。白洛因に近づく歩みはとても落ち着いていて、この年頃の少年特有の軽薄さは微塵もなかった。
「別に深い意味はない。ただ心配しただけだ。ついでに俺がしたことを謝ろうと思って」
 顧海は笑いながら白洛因の手に薬を押し込んだ。
 笑顔の人間は殴らない。この道理は白洛因にもわかっている。
「お前のあの下手くそなサインのことか?」
 今に至るまで、白洛因は顧海のスターのようなサインが忘れられず、そのせいで彼に対する印象は非常に悪い。顧海の行いはすべて気に入らず、彼が質問に答える様子にすら苛立ちを覚えるほどだった。
「もちろん違う」
 顧海はおとなしく認めた。
「お前の作文ノートを破き、字の練習に使ったことだ」
 その五秒後、教室中に白洛因の怒号が響き渡る。
「このクソ野郎!」
 このとき白洛因が感じた怒りは筆舌に尽くし難かった。あの一枚の作文のせいで彼は一週間も廊下で授業を受ける羽目になったのだ。今頃のこのこと現れた犯人はまったく平然とし、申し訳ないとは微塵も思っていないようだった。
 白洛因は顧海の襟を掴み、壁に押し付ける。
「なぜ勝手に俺の作文を破いた? どうして俺に一声かけない? 殴られたいのか?」
「おまえの字が気に入ったから眺めていたかったんだ。喜んでしかるべきだろう」
 白洛因は腸が煮えくり返ったが、怒りにまかせて吠えたり血相を変えて騒いだりするのはみっともなくてできない。つまりいますべきことはただひとつだ。殴れ!
 顧海は白洛因の重い拳を数発受け、それからようやく彼の肩を押さえ込んだが、その顔には予想外の表情を浮かべていた。
「それくらいにしとけ。俺は謝っただろう。もう終わりにしようぜ」
 白洛因は息を荒げ、顧海の鼻先に指を突きつける。
「おまえみたいな恥知らずは見たことがない」
 顧海も手を伸ばし、白洛因の頭を押さえこんだ。
「俺も俺を謝らせた人間を見たことがないよ」
「ペイッ!」
白洛因は苛立ちと軽蔑を顧海に向かって思い切り吐き出した。
 顧家のお坊ちゃまはたくましく健康な体躯で教室の入り口に寄りかかり、遠ざかる俊逸な後姿をじっと見送りながら、心の中で軽く笑う。
 安心しろ。俺たちはこれからだ。
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