これは私の抵抗の記しである

神奈川雪枝

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最近なにしてる?

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掃除をしているときだった。
突然電話の着信音が部屋に鳴り響いた。

「も、もしもしっ?」
「……もしもし、そうさん?」
「う、うんっ。」

心臓がバクバクと脈打つ。
私の名前は、そうではない。
一体、そうとは誰なんだ?

「今、なにしてんの?」
「えっと、掃除、してた。」
「そう。」

相槌なのか、
名前を呼んだのか、
私にはわからない。

「最近、はめてる?」
「え?」

何を?
指輪?
私は結婚してもうすぐ3年目だ。

野暮なことは言わない。

「全然、ご無沙汰だよ。」
「そう。」

彼は相槌を、
私の名前で打つ。

2年目の時だったか、
専業主婦はありがたいけど、
刺激がなさすぎた。

何気なしに登録したアプリだった。

彼は21歳の大学生だった。
細い体で、
よくタバコを吸っていた。

「ねぇ、そうさん。」
「なに、たくやくん。」

「今日は、だめ?」

「今日、かぁ。」

瞬時に脳内で
旦那のスケジュールを思い起こす。

最近残業多いもんなと、
ぼんやり思う。

「俺、そうさんに会いたい。」

まっすぐな言葉は、
私の心にダイレクトに届く。

「いいよ。
 でも、13時でもいい?」

「いいよ、今日暇だから。」

急いで家事を終わらせる。
初めて電話を貰った時のことを思い出す。
あの時も、
ひどく緊張した。

知らない人から、
いきなり電話がかかってくるのだから、
無理もない。

「そうさん?」
「は、はいっ。」
「……掲示板、見たよ。」
「あ、りがと?」
「今日、いいかな?」
「今日?」

アプリを初めて30分もたっただろうか?
あっという間だった。
電話が来て、
その時も13時に会う約束をした。

「そう、今日だよ。
 都合、悪い?」

「だ、大丈夫、たぶん。」

「俺、人妻好きなんだよね(笑)」

彼が初めて笑った。
「そう、なの。」
なんか力が抜けた。

私は私であって、
このアプリ上では、
欲求不満な人妻としてしか認識されないということに、
脱力した。

彼もまた、
欲求不満な大学生なのだ。

何も緊張することはない。

ワンピースを着て、
13時ちょうどに待ち合わせ場所の駐車場へと車を止めた。

電話が鳴る。

「そうさん?
 俺だけど、ついた?」

彼はまだ車を持っていない。

「着いたよ、どこ?
 ところで、名前なんていうの?」


「んあ、俺?
 たくやだよ。
 あ、見つけた。」


一人の男性がこちらにやってくる。

それが出会いだった。

適当に車を走らせる。
特に話は弾まない。
あっという間にホテルについた。

部屋に向かうときに、
彼がすっと手をつないできた。

ついに、
欲求不満な人妻そうが
始まるのだと思った。


特になにもなかった。
普通だった。


怖いことも何もなかった。

「そうさん、また会える?」
彼は煙草を吸いながら私にそうつぶやく。

「うん、会えるよ。」

そっから1年、
彼とは月1で会っていた。

なんで、今更着信に驚いたのかって。
それは先月のことだった。

「そうさん、俺、彼女できた。」

「彼女?セフレじゃなくて?」

「違うよ(笑)ちゃんとした、彼女。」

彼女のことを思い出したのか、
はにかみながら言う。

「ふーん、おめでとう。」

「だから、さ。
 もう、終わってもいい?」

一方的。
年下だしそんなもんかと思った。

「いいよ。」

結婚している私が学生の彼に執着する意味などある?
ないのよ、それが。

だから、
電話してきたのは知らない人だと思った。

そしたら、
彼だった。

13時。
いつもの駐車場で彼は待っていた。

車を止めるなり、
慣れたように後部座席に座る。

「どうしたの?」

「何が?」

「彼女、できたんでしょ?
 まさかもう別れたの?(笑)」

「ばれた?」

「え、ウソ?」

「うそ。」

「じゃぁ、なんで?」

「そうさん、やっぱりはめてない。」

彼は後ろから身を乗り出す。

「だって、会うじゃない。」

「うそ、いつから?」

「もう、ずっと。」

私は彼の浮気を知ってから指輪をする気になれなかった。

「寂しがってるかなと思ってさ。」

「優しいのね。」

「うそ、はめたいと思って。」

「もう。(笑)」

指輪をしてない私は、
人妻に見えないんだろうか?と思うと、
いまだに別居すらしてない意気地なしさ加減に、
泣けた。
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