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PART10
課長の元カノ
しおりを挟む「あはは、そんなんじゃないですよ~……。右も左も分からない中途で入社した私に、同級生のよしみで気を遣ってくれてるんじゃないですかねぇ」
私は緊張でカラカラの口で話した。
一刻もこの場から立ち去りたい思いでいっぱいだ。
「じゃあ、雪村さんは他に彼氏さんとかいるんですか~?桜庭先輩と同級生って事は31歳ですよね。もしかして、この会社で結婚相手を見つけるために中途で入ってきたとか!?」
コンタクトレンズで黒目を強調させた小鹿のような大きな瞳を爛々とさせて、倉本さんはこちらへ近づいてきた。
彼女の脚は私の腕ほどの太さしかなく、モデルのようにカリッとした体型だ。
手に持ったお弁当の存在を忘れるまでに、私の情報が今や彼女の栄養源となっているようだ。
「そんなわけ、ないですよっ。私あまり結婚願望とかありませんし……」
「え~そうなんですかぁ~?将来、年金とか介護とか心配になりません?
……私てっきり、雪村さんは桜庭先輩と仲が良いように見せ掛けて、実は宮野くん狙いだと思っていたのに」
イエス!ザッツライト!!なんて大声で叫べたらどんなに良いだろうか。
女の勘は何とやら、倉本さんにはどうやら私の心情が筒抜けのようだ。
初対面なのにここまで見抜かれてる事実に、生きた心地がしなかった。
もはや一挙手一投足を観察され、読み解かれている気がして、思わず息を潜めてしまう。
「な……!あ、ありえませんよ!宮野課長は上司なんですから、そんなの問題になるじゃないですか」
「そんなに慌てなくても誰にも言いませんって。
ここだけの話、私、宮野くんとは2年前に1年間だけ付き合ってたんです。彼、2年前は現場にいたじゃないですか?あ、そのことは知ってました?
そうなると仕事もハードな上に残業続きで、本社内勤の私とはすれ違っちゃったんですよね~。男女の別れの理由としてはよくある話ですけどっ」
え……。
何とも言えない感情が胸の内で錯綜して、無意識にも押し黙ってしまった。
「あ、でも安心してください!もう終わったことなんで!雪村さんが宮野くんのこと好きなら応援しようと思ってたんですっ。ほら、彼ってダメな所とかたくさんあるでしょ?
料理も全く出来ないし、殿様かって位の俺様だし。新しく彼女になる人が大変だなってつくづく思うんです。彼のモラハラめいた俺様っぷりには、誰も着いていけないんじゃないかな?
雪村さんだって一緒に仕事しててそう思わないですか?彼って……」
「私は、あまりそう感じたことはないですよ。
確かに言葉の語気は強いですし、姑かってほど人を顎でコキ使いますけど、根は優しくて頼りになりますし。
信頼の置ける人だと思っています」
このままだと昼休みが終了しても止まる気配の無かった倉本さんの『元カレの愚痴』を、私は咄嗟に遮ってその考えを否定してしまった。
倉本さんは黒目がちの瞳を左右に泳がせて唖然とした後、すぐに何食わぬ顔で余裕のある表情を浮かべる。
「まあ彼のことをもっと知れば、最初の内は良かったって気付くんですよ。大丈夫ですか?雪村さん、顎でコキ使われてるんですよね?
パワハラだと感じたらいつでもご相談くださいね。私、人事部なんでお役に立てると思いますよ」
この人の観察力はすごいけど、わざとなのか魂胆が丸見えだ。私の中の課長の評価を下げようと必死なのが分かりやすく伝わってくる。
あわよくばヨリを戻したいのだろうか。
「実際にそうなったらご相談いたします。では午後から打ち合わせがあるので……失礼します」
◆◆◆
参ったことに、午後からの仕事が予想以上に身が入らなかった。
大量のコピーとそれをラミネートしていく単純作業でまだ良かったかもしれない。
今の私に重大な仕事なんて任せるものなら、何かしらのミスを発生しただろう。
「雪村、C作業所に新しい事務員が入ったからお前にそいつの担当をしてほしい。あっちはもうメールが使えるらしいから連絡を取るところから全て任せる。これ、そいつの個人情報関係の書類」
これまた山のような書類を私のデスクの上に無造作に置いてきた課長は、私にかなり重要な仕事を淡々とした面持ちで振ってきた。
相変わらず瞳に温度を感じない。
「は、はい!承知しました!」
「上原も事務員の担当は何度か付いたことがあるから詳しい。上原になら気兼ねなく色々と聞きやすいだろ?困ったらアイツを頼れ」
「はい。分かりました、上原さんにも聞いてみます。助言ありがとうございますっ」
課長は無表情のまま自分の席へ戻り、取引先と電話を始めた。
今のは非常に分かりにくいが、課長が持つMAXの愛嬌だ。
これは夜も燃え上がる可能性を期待してしまう。
「雪村さん、ちょっと……」
「ユッキー?あのさー!」
課長との夜への期待を膨らませていると、桜庭くんと上原さんがほぼ同時に話し掛けてきた。
「上原さん。悪いけど、僕の用件が先でいいかな?」
「え、こっちだって結構急用だよ!」
「いや、僕が先に雪村さんに声をかけたし、こっちが先でしょ普通」
「どうせロクな用件じゃないでしょ、こっちは今日中にやらなきゃいけない案件なの!」
「はいはい、了解です。雪村さん、あとでメッセージ送るね」
桜庭くんは背景に花が咲き乱れるかのようなイケメンスマイルを浮かべて目を細める。
正直なところ、桜庭くんのことは課長よりも心情が読めないところである。
何の用件があるのかソワソワしながら思案するも、私は上原さんに二の腕を引っ張られて彼のデスクまで引き寄せられた。
「ユッキ……!見た?あの桜庭の強引さ!アイツのハラワタ、プランクトンの餌にしてやりたい……!!ま、それはさておき!事務員の担当任せられたんでしょ?まず最初にメールで挨拶がてら、証紙の管理法が載った概要のファイルも同じメールに添付して、あらかじめ読んでおくよう指示しといて。そんで詳細は後ほど電話しますで大丈夫。ユッキーが担当する人は割と話が分かるらしいから、最初からこんな感じでサクサク進めてOKだと思う!」
「は、はい!」
「それから~それが終わったら作業所宛に証紙を郵送ね。証紙の購入の仕方は後日一緒に買いに行って覚えよっか!ついでにお茶でもして帰ろうぜ!えへへ」
「もー上原さんたら、いいんですかぁ?」
「私が奢るから問題ないだろっ!ハンバーガーが美味しいカフェが出来たんだよねー。ね、一緒に行こっ」
「あ、そこ私も知ってます!行きたいと思ってたんですよね~!」
上原さんと和気あいあいと話に花を咲かせていると、生き霊が私に取り憑いたのか急に背筋がゾクゾクとした。
心当たりのある方へ視線を移すと、桜庭くんが明らかに不機嫌そうな顔で私と上原さんを睨みつけていた。
ただならぬ殺気に当てられた私は上原さんとの話を自然に切り上げて、仕事に戻るべく自分のデスクへそそくさと移動した。
着席するなり、私用スマホが振動したので通知を目で追うと『桜庭くん』の表示がそこにあった。
『里帆、今14階の会議室に移動できる?
話があるんだけど』
14階の会議室といえば、使用されることがあまりなく、社員の談話室と化していることで有名な場所である。
おそるおそる隣のデスクの桜庭くんに目をやると、すぐにバッチリと目が合い、ニッコリと目を細められた。
これはすぐに行かないとどんな目に遭うか分からない案件だ……!
私は書類を整えて、お手洗いにでも行くような素振りをしてオフィスを後にした。
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