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第三章
116話 黒いドラゴンと導き手
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俺は、目の前の豪雨を呆気にとられて見ていた。
背後を振り返ると、太陽が今日も元気に光っていて、雲一つない快晴が広がっている。
再び正面に顔を戻すと、王宮の上空には暗雲が広がり、雨風が吹き荒れ、ピカッと雷まで光っていた。
「どゆこと?」
「どゆこと、じゃないわ!早く何とかして!フィンのせいなんだから!」
卒業旅行から帰ってきた日の翌朝、王女であるリリアーナから『至急王宮まで来て!』という伝言を承り、俺はすぐに参上した。
ほとほと困った様子に、俺は状況が分からず首を傾げる。
詳しく話を聞いてみると、俺が持ち帰った卵の仕業で、この一週間ほど王宮がある場所のみ悪天候に見舞われているらしい。
王宮直属の魔法士たちが調べた結果、卵から荒れた怒りの魔力が出ており、それが原因で暗雲を呼び寄せ、嵐を起こしていることが分かった。
早急に発見した者へ返却するよう勧められたそうだ。
それが本当なら、俺のせいではない。
「リリ?友人として言うけど、それは僕のせいではない。責任転嫁もいいところだよ。規則だからと、珍しい卵を発見した僕が異国民であることを理由に国へ献上するように言ったのは、君のところの騎士なんだから」
前世でも輸出入禁止の動植物はあったし、いずれ帰国する俺が、国に持ち帰ることを禁止されてしまうなら仕方ない。
あの卵が何か調べる必要があるし、国から持ち出したら罪人になると言われたなら、渡すしか道はなかった。
それなのに、そちらの都合で奪っておいて被害を受けたから何とかしろと言うのは、あんまりではなかろうか。
腕を組んで睨め付けると、リリは戸惑ったように俺を見た。
「えっ?フィンの方から陛下へと献上したんじゃなかったの?私はそう聞いてるわよ」
「誰から?」
「ラベラベラ男爵から」
誰だそれは。
「そんな男爵知らないし、僕が陛下に何かを献上するなら、リリに一度相談すると思う。それに、見つけた時点では何の卵か分からなかったんだよ?僕は、得体の知れない物を陛下に献上するなんて失礼な真似しない」
ますます顔を顰めた俺に、リリは気まずそうな顔になった。
「確かに…言われてみればそうね。フィンなら、ちゃんとそれの正体が分かってから献上するわよね。ごめんなさい。早とちりしたみたい」
俺の言葉をすんなり信じてくれた上に謝罪までされ、俺は慌てて顔を緩めた。
王女だけど、自分の非を認めたら素直に謝れるところはリリの美点だ。
だが、別に俺はリリに怒ったわけではない。
「ごめん。僕の方こそキツい言い方しちゃったね。リリは悪くないんだから謝らないでよ。悪いのはそのベラベラベ男爵だし!」
「ラベラベラ男爵よ」
「そう、それ!とにかく!あの卵を返してくれるなら僕は願ったり叶ったりだ。僕の無実はリリが証明してくれるよね?」
「もちろんよ!」
「なら、さっさとこの状況を何とかしよう!卵の所まで案内よろしく!」
お任せあれ!とリリは笑顔を見せてくれ、俺はホッと息をついた。
「手違いがあり、誤解させてしまったようだ」
厳かな声が部屋に響く。
俺は、謁見の間にいた。
高い位置にある豪奢な椅子に腰掛けているのは、燃えるような真っ赤な髪と眉が印象的な国王陛下だ。
陛下が俺を見る視線は穏やかだった。
「そなたから卵を奪うつもりはないから、安心して欲しい。聞けば、ドラゴンに導かれ発見したとか。ならば幸運なことに、そなたは導き手に選ばれたことになる」
導き手とは何だろう。
俺の疑問には、この国の宰相が答えてくれた。
「あなたは、この国にある『黒いドラゴンと導き手』という言い伝えを聞いたことはありますか?」
ありませんと答えると、宰相は丁寧に語って聞かせてくれた。
昔々、この地に三頭のドラゴンがいた。
その中でも黒いドラゴンは、一番力が強く天候を操る力に長けており、嵐を呼び起こしては、人々に恐れられる存在だった。
三頭のドラゴンは国を三等分するようにそれぞれ縄張りがあり、その境界を越えない限りは三頭同士で争い事を起こすことはない。
黒いドラゴンは特に縄張り意識が強いため、他の魔物や人間の侵略を嫌い、この地を我が物にしようと足を踏み入れた者たちは、ドラゴンの逆鱗に触れ、その命を絶たれた。
その為、その地に住む人々や魔物からは、恐れられつつも守り神としても崇められていた。
そんな黒いドラゴンはある日、一人の人間と交流を持つ。
森で怪我をして動けなくなった子どもを気紛れに助けたのだ。
『黒さま、黒さま!今年はとっても実りが良かったんですよ。見てください。このお野菜!こんなに艶々です。これも黒さまが、雨を降らせてくれたおかげです』
『我は何もしておらん』
べったりと懐いた少年へ黒いドラゴンはぶっきらぼうに答えた。
嘘だ。今年は水不足になるほどの日照りが続き、そういう年は必ず雨が少ない。
それなのに、突然雨が降るようになった。
黒さまの慈悲だと、村人たちは喜んでいた。
気難しく素直ではない黒いドラゴンは『少し水浴びがしたかっただけだ』と言い、それを聞いた少年はニコニコと笑いながら『じゃあ、やっぱり黒さまのおかげです』と言った。
黒いドラゴンは、自分を恐れることのない少年に、少しずつ心を許していった。
艶々の野菜だと少年が喜んで報告に来た数日後、少年は、一人の青年を黒いドラゴンの元へ連れて来た。
『黒さま!村長の御子息さまです。今年の実りの感謝を直接お伝えしたいそうなんです。どうかお姿をお見せいただけませんか?』
村には黒いドラゴンを祀る祠があり、村長の息子は度々参りに来ていたので、黒いドラゴンはその青年を知っていた。
人間では珍しい雷属性の魔力持ちだったことからも印象に残っていたのだ。
勤勉で真面目な上に責任感も強く、幼い頃から体も鍛えており、屈強な男だった。
ただ、黒いドラゴンには一つ不快な点があった。
青年は、自身が雷属性の魔力を持っていることを嫌悪しているのだ。
同じ雷を操れる黒いドラゴンは、そのことを不満に思っていた。
『嫌である』
だから会いたくないと突っぱねた。
それなのに、少年は嬉しそうに顔を輝かせた。
『黒さまがお答えくださった!良かったですね!』
嫌だと答えたのに大喜びされ、黒いドラゴンは戸惑い、青年も困ったように少年を見た。
『ご不快に思われているのではないか?』
『そんなことありません。黒さまは、本当に嫌なら何処かに行ってしまわれるし、呼び掛けにもお答えくださりません。お返事があったということは、あなた様のお言葉を聞いても良いと、きっと思われたのです!』
満面の笑みで言った少年に、何て前向きなんだと黒いドラゴンは呆れた。
しかし、青年は少年の言葉に納得したようで、跪きながら黒いドラゴンへ感謝の言葉を述べた。
一点の曇りもない感謝の念を受け、黒いドラゴンは不満に思いつつも姿を現す。
『嫌だと言うておろうに』
『『黒さま!』』
二人からキラキラとした眼差しで見つめられ、黒いドラゴンはムッツリと顔を顰めた。
それから黒いドラゴンは青年とも交流を深めるようになる。
人々を怯えさせ、他者を痛めつける能力だから、雷の魔力はあまり好きではないという青年に、使い方次第だと黒いドラゴンは諭す。
『大切な者たちを守るには強力で有効な力だ。扱えるようになれば、それはそなたの切り札となろう』
『切り札、ですか』
『我が使い方を教えてやる。有り難く思え』
青年は、強力な特性を持つ力を持て余していた。
黒いドラゴンの教えを受け、青年はみるみる力を操れるようになっていった。
数年後、ドラゴンたちの恩恵により豊かなこの地を欲した他の民が、戦争を仕掛けてきた。
青年は先頭に立ち、その力を使い戦ったが、相手は強敵で戦況は悪かった。
見かねた黒いドラゴンが救いの手を差し伸べようと動く。
『我と契約しろ。我はこの地に縛られておるから自由に動けん。そなたと契りを結べば、我はどこまでも行ける』
黒いドラゴンの言葉に従い、青年は契約を結んだ。
黒いドラゴンが人々の前に姿を現し、その背に人間を乗せていることに、人々は驚愕した。
『我らに敵対する愚か者どもよ、思い知るが良い!』
次々と落雷が起き、敵は逃げ惑った。
戦況は一転し、青年たちは敵の侵攻を阻止できた。
それからも、黒いドラゴンと青年は互いに力を合わせ、その地を、国を守っていった。
だが、その関係もある日終わりを迎える。
黒いドラゴンは深手を負い、命の灯火が消えようとしていた。
相手は魔族だった。
強力な闇魔法を使われ、黒いドラゴンの傷は何をしても治すことができなかったのだ。
『ずるいぞ。あの子のところへ先に行ってしまうなんて』
青年は悲しそうに顔を歪め、黒いドラゴンの体を撫でた。
黒いドラゴンと青年を引き合わせた少年は、とある戦争中に幼子を庇って大怪我をし、一年前にこの世を去っていた。
『人の寿命は短い。そなたもすぐに会えるだろうさ』
『…本当に会えるだろうか』
『会えるさ。…我もまた会いたい』
あの愛し子に会えたことは奇跡だと、黒いドラゴンは思いを馳せる。
『会えるといいな』
『そなたとも、我はまた会いたいぞ』
『やけに素直だな。死にかけだからか?』
契約を交わした瞬間から、黒いドラゴンと青年は守り神と民ではなく、友となり相棒となった。
青年は、今では自分の半身のような黒いドラゴンを、揶揄うように見つめる。
『あの少年と出会い、そなたの相棒となってから、我は実に楽しかった』
黒いドラゴンは、二人と出会い自分が孤独だったことを知った。
少年が死に、悲しさという気持ちを抱き、今は青年と離れ難い寂しさを感じている。
だから、次に生まれ落ちた時も、少年にそなたの元へ連れて行ってもらうことにしよう。
あの子は我の導き手。
そなたは、その先にいる我の半身だ。
「そうして、再び世に生まれ落ちた黒いドラゴンは、導き手である少年の魂を待つようになったと言われております。卵のまま何百年も時を待つこともあったとか。その黒いドラゴンの影響か、はたまた血を受け継いだ同種のドラゴンかは分かりませんが、我が国では、導き手を待つドラゴンの卵が稀に生まれてくるのです」
俺は話を聞き終え、この卵がその稀に生まれるという、導き手を待つドラゴンの卵なのかと、胸が高鳴った。
台座に置かれた卵は、黒さまの体と同じ色の真っ黒い卵だ。
黄金色の筋は、雷属性の証だろうか。
「その卵が言い伝えの卵だとして、私は本当に導き手なのでしょうか?」
「我々は、そう結論を出しました。岩壁から出てきたなら、その卵は昔に何らかの原因で土に埋まり、本来なら死んでいます。ですが、その卵は生きており、あなたと離されたと思い込んで嵐を呼び寄せた」
それだけで充分な証拠になる。
そして、俺が卵のある場所へ近づくにつれ、雷は鳴り止み、雨足が弱くなっていったことが決定打だった。
今は、シトシトと雨が降っているだけだ。
「我々は悪者扱いされておる。いつまた、そなたから引き離されるのかと、その卵は戦々恐々としておるのだ。だから、完全に雨が止まぬ」
次また同じ過ちを繰り返すなら、容赦はしない。
そんな波動を卵から感じると、陛下は言った。
「卵の怒りを買い、厄災を招くのは本意ではありません。あなたから卵を献上すると言ったという話が嘘だったことは、調べがついています。厄災の前兆が起こり、持ち帰った騎士が責任逃れの為にした言い訳が広まってしまったようです。お恥ずかしい限りでございます。誠に申し訳ありませんでした」
宰相が、俺に頭を下げて謝罪したことに驚いた。
それと同時に、この卵が脅威となる可能性があり、取扱注意であることが察せられる。
「いえ。私は誤解が解け、出会えた卵が手元に戻れば、それで充分です。ありがとうございます」
もう持ち帰ってもいいのだろうかと思っていると、陛下が大きな咳払いをした。
まだ何かあるようだ。
「礼には及ばん。して、そなたは、その卵を持ち帰った後はどうするつもりなのだ?」
どうするもこうするも、俺が導き手であるならば、答えは一つだろう。
偶然にも、俺は卵と出会う寸前に、ヴィルヘルムに素敵な使い魔が現れて欲しいと願っていた。
「天候を操り、落雷を呼び起こしたことからも、恐らく言い伝えの黒いドラゴンと同じように、その卵の中にいるドラゴンは雷の魔力を宿しているのでしょう。私は導き手だからか、雷属性の魔力は持っておりません。ですが、私の身近に雷属性の魔力を持った方が一人だけいます」
その言葉に、言い伝えと同じだと、その場にいた者たちの目が輝いた。
「私は、その方に卵を譲りたいと思っています」
背後を振り返ると、太陽が今日も元気に光っていて、雲一つない快晴が広がっている。
再び正面に顔を戻すと、王宮の上空には暗雲が広がり、雨風が吹き荒れ、ピカッと雷まで光っていた。
「どゆこと?」
「どゆこと、じゃないわ!早く何とかして!フィンのせいなんだから!」
卒業旅行から帰ってきた日の翌朝、王女であるリリアーナから『至急王宮まで来て!』という伝言を承り、俺はすぐに参上した。
ほとほと困った様子に、俺は状況が分からず首を傾げる。
詳しく話を聞いてみると、俺が持ち帰った卵の仕業で、この一週間ほど王宮がある場所のみ悪天候に見舞われているらしい。
王宮直属の魔法士たちが調べた結果、卵から荒れた怒りの魔力が出ており、それが原因で暗雲を呼び寄せ、嵐を起こしていることが分かった。
早急に発見した者へ返却するよう勧められたそうだ。
それが本当なら、俺のせいではない。
「リリ?友人として言うけど、それは僕のせいではない。責任転嫁もいいところだよ。規則だからと、珍しい卵を発見した僕が異国民であることを理由に国へ献上するように言ったのは、君のところの騎士なんだから」
前世でも輸出入禁止の動植物はあったし、いずれ帰国する俺が、国に持ち帰ることを禁止されてしまうなら仕方ない。
あの卵が何か調べる必要があるし、国から持ち出したら罪人になると言われたなら、渡すしか道はなかった。
それなのに、そちらの都合で奪っておいて被害を受けたから何とかしろと言うのは、あんまりではなかろうか。
腕を組んで睨め付けると、リリは戸惑ったように俺を見た。
「えっ?フィンの方から陛下へと献上したんじゃなかったの?私はそう聞いてるわよ」
「誰から?」
「ラベラベラ男爵から」
誰だそれは。
「そんな男爵知らないし、僕が陛下に何かを献上するなら、リリに一度相談すると思う。それに、見つけた時点では何の卵か分からなかったんだよ?僕は、得体の知れない物を陛下に献上するなんて失礼な真似しない」
ますます顔を顰めた俺に、リリは気まずそうな顔になった。
「確かに…言われてみればそうね。フィンなら、ちゃんとそれの正体が分かってから献上するわよね。ごめんなさい。早とちりしたみたい」
俺の言葉をすんなり信じてくれた上に謝罪までされ、俺は慌てて顔を緩めた。
王女だけど、自分の非を認めたら素直に謝れるところはリリの美点だ。
だが、別に俺はリリに怒ったわけではない。
「ごめん。僕の方こそキツい言い方しちゃったね。リリは悪くないんだから謝らないでよ。悪いのはそのベラベラベ男爵だし!」
「ラベラベラ男爵よ」
「そう、それ!とにかく!あの卵を返してくれるなら僕は願ったり叶ったりだ。僕の無実はリリが証明してくれるよね?」
「もちろんよ!」
「なら、さっさとこの状況を何とかしよう!卵の所まで案内よろしく!」
お任せあれ!とリリは笑顔を見せてくれ、俺はホッと息をついた。
「手違いがあり、誤解させてしまったようだ」
厳かな声が部屋に響く。
俺は、謁見の間にいた。
高い位置にある豪奢な椅子に腰掛けているのは、燃えるような真っ赤な髪と眉が印象的な国王陛下だ。
陛下が俺を見る視線は穏やかだった。
「そなたから卵を奪うつもりはないから、安心して欲しい。聞けば、ドラゴンに導かれ発見したとか。ならば幸運なことに、そなたは導き手に選ばれたことになる」
導き手とは何だろう。
俺の疑問には、この国の宰相が答えてくれた。
「あなたは、この国にある『黒いドラゴンと導き手』という言い伝えを聞いたことはありますか?」
ありませんと答えると、宰相は丁寧に語って聞かせてくれた。
昔々、この地に三頭のドラゴンがいた。
その中でも黒いドラゴンは、一番力が強く天候を操る力に長けており、嵐を呼び起こしては、人々に恐れられる存在だった。
三頭のドラゴンは国を三等分するようにそれぞれ縄張りがあり、その境界を越えない限りは三頭同士で争い事を起こすことはない。
黒いドラゴンは特に縄張り意識が強いため、他の魔物や人間の侵略を嫌い、この地を我が物にしようと足を踏み入れた者たちは、ドラゴンの逆鱗に触れ、その命を絶たれた。
その為、その地に住む人々や魔物からは、恐れられつつも守り神としても崇められていた。
そんな黒いドラゴンはある日、一人の人間と交流を持つ。
森で怪我をして動けなくなった子どもを気紛れに助けたのだ。
『黒さま、黒さま!今年はとっても実りが良かったんですよ。見てください。このお野菜!こんなに艶々です。これも黒さまが、雨を降らせてくれたおかげです』
『我は何もしておらん』
べったりと懐いた少年へ黒いドラゴンはぶっきらぼうに答えた。
嘘だ。今年は水不足になるほどの日照りが続き、そういう年は必ず雨が少ない。
それなのに、突然雨が降るようになった。
黒さまの慈悲だと、村人たちは喜んでいた。
気難しく素直ではない黒いドラゴンは『少し水浴びがしたかっただけだ』と言い、それを聞いた少年はニコニコと笑いながら『じゃあ、やっぱり黒さまのおかげです』と言った。
黒いドラゴンは、自分を恐れることのない少年に、少しずつ心を許していった。
艶々の野菜だと少年が喜んで報告に来た数日後、少年は、一人の青年を黒いドラゴンの元へ連れて来た。
『黒さま!村長の御子息さまです。今年の実りの感謝を直接お伝えしたいそうなんです。どうかお姿をお見せいただけませんか?』
村には黒いドラゴンを祀る祠があり、村長の息子は度々参りに来ていたので、黒いドラゴンはその青年を知っていた。
人間では珍しい雷属性の魔力持ちだったことからも印象に残っていたのだ。
勤勉で真面目な上に責任感も強く、幼い頃から体も鍛えており、屈強な男だった。
ただ、黒いドラゴンには一つ不快な点があった。
青年は、自身が雷属性の魔力を持っていることを嫌悪しているのだ。
同じ雷を操れる黒いドラゴンは、そのことを不満に思っていた。
『嫌である』
だから会いたくないと突っぱねた。
それなのに、少年は嬉しそうに顔を輝かせた。
『黒さまがお答えくださった!良かったですね!』
嫌だと答えたのに大喜びされ、黒いドラゴンは戸惑い、青年も困ったように少年を見た。
『ご不快に思われているのではないか?』
『そんなことありません。黒さまは、本当に嫌なら何処かに行ってしまわれるし、呼び掛けにもお答えくださりません。お返事があったということは、あなた様のお言葉を聞いても良いと、きっと思われたのです!』
満面の笑みで言った少年に、何て前向きなんだと黒いドラゴンは呆れた。
しかし、青年は少年の言葉に納得したようで、跪きながら黒いドラゴンへ感謝の言葉を述べた。
一点の曇りもない感謝の念を受け、黒いドラゴンは不満に思いつつも姿を現す。
『嫌だと言うておろうに』
『『黒さま!』』
二人からキラキラとした眼差しで見つめられ、黒いドラゴンはムッツリと顔を顰めた。
それから黒いドラゴンは青年とも交流を深めるようになる。
人々を怯えさせ、他者を痛めつける能力だから、雷の魔力はあまり好きではないという青年に、使い方次第だと黒いドラゴンは諭す。
『大切な者たちを守るには強力で有効な力だ。扱えるようになれば、それはそなたの切り札となろう』
『切り札、ですか』
『我が使い方を教えてやる。有り難く思え』
青年は、強力な特性を持つ力を持て余していた。
黒いドラゴンの教えを受け、青年はみるみる力を操れるようになっていった。
数年後、ドラゴンたちの恩恵により豊かなこの地を欲した他の民が、戦争を仕掛けてきた。
青年は先頭に立ち、その力を使い戦ったが、相手は強敵で戦況は悪かった。
見かねた黒いドラゴンが救いの手を差し伸べようと動く。
『我と契約しろ。我はこの地に縛られておるから自由に動けん。そなたと契りを結べば、我はどこまでも行ける』
黒いドラゴンの言葉に従い、青年は契約を結んだ。
黒いドラゴンが人々の前に姿を現し、その背に人間を乗せていることに、人々は驚愕した。
『我らに敵対する愚か者どもよ、思い知るが良い!』
次々と落雷が起き、敵は逃げ惑った。
戦況は一転し、青年たちは敵の侵攻を阻止できた。
それからも、黒いドラゴンと青年は互いに力を合わせ、その地を、国を守っていった。
だが、その関係もある日終わりを迎える。
黒いドラゴンは深手を負い、命の灯火が消えようとしていた。
相手は魔族だった。
強力な闇魔法を使われ、黒いドラゴンの傷は何をしても治すことができなかったのだ。
『ずるいぞ。あの子のところへ先に行ってしまうなんて』
青年は悲しそうに顔を歪め、黒いドラゴンの体を撫でた。
黒いドラゴンと青年を引き合わせた少年は、とある戦争中に幼子を庇って大怪我をし、一年前にこの世を去っていた。
『人の寿命は短い。そなたもすぐに会えるだろうさ』
『…本当に会えるだろうか』
『会えるさ。…我もまた会いたい』
あの愛し子に会えたことは奇跡だと、黒いドラゴンは思いを馳せる。
『会えるといいな』
『そなたとも、我はまた会いたいぞ』
『やけに素直だな。死にかけだからか?』
契約を交わした瞬間から、黒いドラゴンと青年は守り神と民ではなく、友となり相棒となった。
青年は、今では自分の半身のような黒いドラゴンを、揶揄うように見つめる。
『あの少年と出会い、そなたの相棒となってから、我は実に楽しかった』
黒いドラゴンは、二人と出会い自分が孤独だったことを知った。
少年が死に、悲しさという気持ちを抱き、今は青年と離れ難い寂しさを感じている。
だから、次に生まれ落ちた時も、少年にそなたの元へ連れて行ってもらうことにしよう。
あの子は我の導き手。
そなたは、その先にいる我の半身だ。
「そうして、再び世に生まれ落ちた黒いドラゴンは、導き手である少年の魂を待つようになったと言われております。卵のまま何百年も時を待つこともあったとか。その黒いドラゴンの影響か、はたまた血を受け継いだ同種のドラゴンかは分かりませんが、我が国では、導き手を待つドラゴンの卵が稀に生まれてくるのです」
俺は話を聞き終え、この卵がその稀に生まれるという、導き手を待つドラゴンの卵なのかと、胸が高鳴った。
台座に置かれた卵は、黒さまの体と同じ色の真っ黒い卵だ。
黄金色の筋は、雷属性の証だろうか。
「その卵が言い伝えの卵だとして、私は本当に導き手なのでしょうか?」
「我々は、そう結論を出しました。岩壁から出てきたなら、その卵は昔に何らかの原因で土に埋まり、本来なら死んでいます。ですが、その卵は生きており、あなたと離されたと思い込んで嵐を呼び寄せた」
それだけで充分な証拠になる。
そして、俺が卵のある場所へ近づくにつれ、雷は鳴り止み、雨足が弱くなっていったことが決定打だった。
今は、シトシトと雨が降っているだけだ。
「我々は悪者扱いされておる。いつまた、そなたから引き離されるのかと、その卵は戦々恐々としておるのだ。だから、完全に雨が止まぬ」
次また同じ過ちを繰り返すなら、容赦はしない。
そんな波動を卵から感じると、陛下は言った。
「卵の怒りを買い、厄災を招くのは本意ではありません。あなたから卵を献上すると言ったという話が嘘だったことは、調べがついています。厄災の前兆が起こり、持ち帰った騎士が責任逃れの為にした言い訳が広まってしまったようです。お恥ずかしい限りでございます。誠に申し訳ありませんでした」
宰相が、俺に頭を下げて謝罪したことに驚いた。
それと同時に、この卵が脅威となる可能性があり、取扱注意であることが察せられる。
「いえ。私は誤解が解け、出会えた卵が手元に戻れば、それで充分です。ありがとうございます」
もう持ち帰ってもいいのだろうかと思っていると、陛下が大きな咳払いをした。
まだ何かあるようだ。
「礼には及ばん。して、そなたは、その卵を持ち帰った後はどうするつもりなのだ?」
どうするもこうするも、俺が導き手であるならば、答えは一つだろう。
偶然にも、俺は卵と出会う寸前に、ヴィルヘルムに素敵な使い魔が現れて欲しいと願っていた。
「天候を操り、落雷を呼び起こしたことからも、恐らく言い伝えの黒いドラゴンと同じように、その卵の中にいるドラゴンは雷の魔力を宿しているのでしょう。私は導き手だからか、雷属性の魔力は持っておりません。ですが、私の身近に雷属性の魔力を持った方が一人だけいます」
その言葉に、言い伝えと同じだと、その場にいた者たちの目が輝いた。
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緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。
知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。
花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。
十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。
寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。
見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。
宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。
やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。
次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。
アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。
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