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昔の男、今の男

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 亜希は大事なことを聞かねばならないと思い出す。

「あっ、代ぬいのこと、お忙しいのにありがとうございます……」

 美味しそうにカキフライを頬張っていた大西は、うん、と頷く。

「すみません、現物を買って帰ったような言い方しちゃったんですけど、メーカーに問い合わせ段階なんです……送ってくれそうなので、それはお伝えしたくて」

 大西の鞄の中から、クリアファイルが出てきた。彼は挟まれていた紙を1枚出して、亜希に手渡す。

「ももさんの写真を見た大阪本院のベテラン医師が、もしかしたら横浜のメーカーじゃないかって教えてくれました……問い合わせたら、確かに1998年発売だと返事をくれたんです」

 大西から受け取った紙には、4色のうさぎのぬいぐるみの写真が掲載されていた。ももちゃんと同じクリーム色と、その色違いたちである。

「わ、4色展開だったんだ」

 思わず口にする亜希は、自分を楽しげに見る大西と目が合い、やや恥ずかしくなった。彼は申し訳なさそうに続ける。

「うさぎは2003年に終売して、今は作ってないそうです、色違いの子をももさんの代役に迎えるのは難しいんだけど……同じシリーズで現在犬とペンギンを出してます」

 大西はその場で、メーカーのホームページのURLをスマートフォンに送ってくれた。うさぎと同じ4色展開の、犬とペンギンのぬいぐるみの写真を見ると、どれも可愛らしい。

「どの子がいい?」

 訊かれて、白い犬か水色のペンギン、と答えかけたが、亜希は言葉を引っ込める。

「どうかした?」

 大西が軽く覗き込んでくるので、今度はどきっとする。今夜の彼が、亜希を客として扱わず、ちょっとラフな言葉遣いを混ぜてくるのは何故だろう。

「……あ、一応これって病院の経費なんですよね? 私の好みで決めていいのかなと」
「いいですよ、本来は住野さんが申し込みをしてすぐに、手許に届けないといけないものなんだから」

 はい、と小さく答え、亜希はカキフライを口に入れた。さくさくとした衣の中から、牡蠣の旨みが香る。

「美味しい?」

 顔を上げると、大西の涼やかな目がこちらを見つめていた。……まただ。どうしてこんな、熱っぽい目で見るんだろう。酔ってるのかな。亜希は戸惑いながら頷く。

「あの、大西さん」
「はい」
「酔ってらっしゃいます?」

 亜希の問いかけに、大西はふっと笑った。その表情に妙に色気があり、どきりとさせられる。酔っているのは自分のほうかと亜希は首を捻った。
 大西は屈託の無い笑顔になった。

「出張は無事済んだし、ももさんの手術は蔵田が順調に進めてくれてるし、住野さんとメシ食ってビール飲んで、多少気分は良くなってるよ」

 ――彼のメシの誘いには応じるんだ。榊原の声が脳の片隅で蘇る。亜希は、ここ数日ずっともやもやしていたことを、どうしてもはっきりさせたくなってきてしまう。口を開きかけると、大西のほうが先に言葉を発した。

「それで、代ぬいの取り寄せに最高1週間くらいかかるとして……」
「あっ、はい」

 亜希は言葉を飲み込み、聞く体勢に入った。

「代ぬいが来ても、まあ……俺とこんな風に何か食べて飲みにつき合ってくれる?」
「え?」

 亜希は目をぱちくりさせた。……ああそうか、彼は代ぬい代理として、私と会ってるんだった。……でも本当にそうなのか? 私は本当にそう受け止めてる? 何にせよ、ノーと答える理由は今の亜希には無い。

「べ、別にいいです……よ」

 少しどきどきしながら答えると、語尾が小さくなってしまった。すると大西は、らしくなくふいと目線を外した。

「……ありがとう、あの、これはつまり、病院の業務ではなく俺の極めて個人的な希望で……」

 亜希は彼の言葉に、ビールのせいだけでなく、頬や耳が熱くなるのを感じた。これはもしかして、軽くこくられているのだろうか?
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