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昔の男、今の男

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「あ、家に上がってどうこうって話は、まあ無かったことにしてくれていいので……」

 大西が異様に歯切れの悪い話し方をするのが笑えた。可愛らしくさえ感じる。

「はい、その辺はまあ、何というか、流れとか双方の合意があれば……」

 曖昧に答えたつもりだったが、大西はぴくりと眉を上げた。

「えっ? 合意があればそれアリなの? 住野さん、自分の言ってること理解してます?」

 ひえぇ、そこは食いついてくるのかよ! 亜希は何となく上半身をのけ反らしてしまう。

「せっ、セックスするとは言ってません」
「いや、そこまででなくても、そこそこ許してくれるって意味じゃないの?」

 何の話なのよ! 隣のテーブルに一人で座るサラリーマンに驚いた顔をされ、亜希はいろいろな羞恥に耐えかねて顔を手で覆った。
 大西の困ったような声が頭から降ってくる。

「住野さん、酔った勢いでこんな話はどうかと思う、でもいい機会だから確認したい」

 亜希は顔を隠したまま、小さく頷いた。

「……ももさんの修理が終わっても、俺と会ってくれませんか」

 へ? と亜希は顔から手を外して、言った。変に高い声が出たなと、冷静な自分が思う。目の前の男は、頬骨の辺りを微かに朱に染め、唇を引き結んでいた。
 ああ、イケメンがこんな顔をすると、ほんと目に毒だわ。他でもない自分が、彼にこんな顔をさせているという思いは、亜希に爆発的な優越感をもたらした。この場に榊原を呼びつけてやりたい。

「……あの、大西さん」
「はい」
「私同じことをですね、ずっと大西さんに言いたかったというか、訊きたかったというか」

 亜希が意を決して話し始めたのがわかったのか、大西は神妙な顔になる。

「大西さんは誰にでもこんなことはしないとおっしゃいましたけど、やっぱり私が、どちらかと言うと太客だから、良くしてくださるんだろうと思っていて」

 太客という言葉に、大西は小さく笑った。

「同じ返事をしますよ、誰にでもこんな風にしません」
「……はぁ」
「有り体に言えば、住野さんがお客様でなくなっても関係を保っていたいので、布石をガンガン打ってます……ああでも、今すぐセックスしたいとかじゃなく」

 彼はそこまで言って、困ったように項垂うなだれ首を捻った。明るい色の髪が揺れる。

「いや、全くそっちに興味が無いと言えば嘘になるんだけど……ちょっと説明するのが難しいんだよなぁ」

 ああ、わかる。大西の言いたいことが、今の亜希にはとてもよくわかる気がした。
 この人は、自分と同じ気持ちなのだ。亜希は、照れ隠しにご飯を口に詰め込む大西を見て思う。もちろんこの先、深い関係にならないとは言わないけれど、今はただ、心の何処かで静かに繋がっていたい。ふとした時に相手のことが気になる、それだけでいい。

「あの、大西さん」

 亜希は味噌汁を口にして、気持ちを少しばかり落ち着けてから、彼に話しかけた。さあ、今度は自分がきちんと伝えなくては。

「私、同じこと考えてたんです……ももちゃんが私のところに帰ってきたら、大西さんとの縁は切れてしまうのかなって……それは残念なんだけど、どうしたらいいのかわからないって」

 ご飯を飲み下して茶を飲んだ大西は、2、3度まばたきした。そして、ほわんと頬を赤らめて、右手で口を覆う。

「……うん、それは答えが出たんじゃないかなと……」

 大西の声は彼の手の中で至極控えめに響いたが、亜希の耳にはきちんと届いていた。

「……ビールもう1本頼みますか?」
「いや、もうやめときます、住野さん明日休み?」
「まさか、土曜日ですよ、遅出ですけど」

 大西はぱっと亜希と目を合わせた。亜希は彼が言おうとしていることを、本能的としか言いようの無い感覚で察してしまったが、ここは理性を先行させた。

「今夜はじゃあこれでやめておきましょう、お互いシフトに余裕がある時に、またゆっくりと……」

 次の約束をやんわりととりつける。大西も納得した顔になったが、たぶんお互いの頭の中は、残念な思いに半分くらい占められていた。
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