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針子が女王に明かすには

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「大西さん、あの……」

 そろりと顔を上げると、千種の姿がよくわからなかった。にもかかわらず、はい? という声が近くて、びっくりする。

「あっ、あの、病院で……ももちゃん大丈夫かなって……あっ、変なこと言ってごめんなさい」

 千種に笑われるかと思ったが、彼の声にそんなニュアンスはなかった。

「大丈夫、あの建物に雷が落ちるとは思えないし、今ももさんと合わせて21個預かってるから、みんな寂しくも怖くもないと思う」
「あ、そんなに……」
「ももさんのほうが持ち主を心配してるんじゃない?」

 返す言葉も無い。亜希は恥ずかしくなったが、雷が怖いのはどうしようもない。またかなり近い場所に落ちたのか、窓の外がカーテン越しでもわかるほど明るくなり、ほぼ同時にパァン! と破裂するような音が響いた。

「ああっ、もう無理っ」

 後を引く轟音に怯えて、亜希はまた枕に突っ伏した。手探りで布団の端を探し当てて引っ張ったが、想定外のつっかえに驚く。

「住野さん、何がしたいの」

 困惑混じりの声に、亜希は一瞬忘れていた千種の存在に思い至る。いつものように布団を頭までかぶろうとしたのだったが、布団の端が彼の背中に押さえつけられていた。

「ふ、布団……」

 また稲光が部屋を薄明るくし、千種の姿を浮かび上がらせる。続く雷鳴は、地響きのように低くて重く、亜希の腹の底を掻き回すようだった。

「布団がどうした、落ち着いて……いつも雷の時はこんななのか、住野さん」

 千種は少し上半身を起こし、遠慮がちに布団を掛け直してくれたが、これでは潜り込めない。
 ああ、ももちゃんがいてくれたら。ももちゃんを抱きしめて、真っ暗な布団の中にいれば、やり過ごせるのに。手放してから初めて、ももちゃんが猛烈に恋しくなった。これまでは、千種との雑談や小さい子たちをそばに置くことで、何とかごまかしてきた。しかし想定外の雷は、亜希の恋しさのレベルを一気に上げてしまった。

「……ももちゃん……」

 口からその名がぽろりと出ると、何かが堰を切ったように溢れ始めた。顔が嫌な感じに熱くなり、鼻の奥がつんと痛む。

「……住野さん」

 千種は亜希の異変をすぐに察したようだった。

「落ち着いて、大丈夫だから……どうしたら怖くない?」

 亜希は焦った。千種は明日出勤だ、休めるようにしてあげなくては。しかし感情が、そんな理性的な思考を食い破ってくる。雷はだいぶ収まってきたが、音がするたびに目から涙が噴き出しそうになるのを、歯を食いしばってこらえた。そして言葉を絞り出す。

「きっ、気にしないで、寝てくれたらいいから」
「気にならない訳ないだろうが、何のために俺がいると思ってんだよ」

 いきなり発された強めの言葉に、亜希は思わず、千種の顔がありそうな辺りを暗闇の中で見た。

「住野さんはいつもそうだ、独りで何もかも片づけようとする……俺は代ぬいの代わりだよ?」
「ううっ、でもっ」

 堪えきれなくなった涙がひとつふたつ零語こぼれた。亜希は気持ちを言葉にできず、呻きながら困り果てる。少なくとも千種はももちゃんではない。やたらと抱きしめたりする訳にはいかないし、自分にかかわっていないで、早く眠りについてほしい。
 ああもう、と、呆れと軽い苛立ちの混じった呟きが聞こえたかと思うと、上半身に何かが絡みついてきて、力ずくで引き寄せられた。驚いた亜希は咄嗟に身体を引こうとしたが、取り込まれた場所の温もりと匂いに覚えがあり、動きを止める。
 この間ももちゃんを預けた時と違い、千種はやや強引で、背中に回ってきた腕からは逃がさないという意志を感じた。

「はい、これで少しはましだろ」

 額をつけた場所から声がした。またやや大きな音がすると、亜希を囲う腕は少し拘束を強めて、雷に脅かされないよう守ってくれる。少しずつ膨らむ安心感に、いつの間にか涙も止まっていた。
 いきなりこんな体勢になり、亜希は戸惑ってしまったが、不思議なくらいに嫌悪感は無かった。自分の心臓の音を耳の中で聞きながら、自分のものでない温もりを身体中で受け止める。ああ、誰かに抱きしめられるって、久しぶりなせいか変な感じ。落ち着かないのに心地良くて、どきどきするのに安らいでしまう。

「おやすみ、俺は抱き枕だから」

 千種は眠そうな低い声になった。自分は安全だと言いたいらしい。確かに、ももちゃんより大きくて、頼り甲斐はある。
 強い雨の音は続いていたが、雷は徐々に遠くなっていった。頭の上で聞こえていた呼吸音が、深くゆっくりになるのがわかる。下心は無くはないなんて言っていたが、千種は疲れていたのか、眠ってしまったようだ。亜希もその音を聞くうちに、ようやくこわばっていた身体を緩めることができた。それに合わせて、眠気もやってきた。いつになくよく眠れそうな気がした。
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