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心の中に落ちて芽吹くもの
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結局亜希は、朝まで千種の腕に抱かれたまま熟睡してしまった。コンセントに繋がれた千種のスマートフォンの目覚ましが7時に鳴り、瞼を開いたとき、人の存在に飛び上がるほど驚いた。思わず身体を離そうとすると、千種はすぐに腕を解いて、するりとベッドから降りる。彼はアラームを止め、そのままそこでひとつ伸びをした。
「おはようございます、おかげ様で俺はよく眠れたけど住野さんは大変……だったね」
セックスどころか、キスひとつした訳でもないのに、とんでもなく恥ずかしい。雷怖さに抱きついて寝たなんて、笑い話のネタにもならないではないか。
亜希は身体を起こして正座し、そのまま千種に頭を下げた。
「すみません、大変ご迷惑をおかけしました」
「えっ、土下座なんてやめてよ、少しでも安心できたなら代ぬい代理としては本望です」
千種が笑いを堪えているのがわかり、亜希は頭を上げても、彼の顔を見ることができない。
「春の天気は割と不安定だし、代ぬいが来るまで天気予報をしっかりチェックするから」
「ああ、いや……」
夜に雨が降るたびに、ここに来るという意味なのだろうか。困惑しかない。
「とっ、とにかく、朝ご飯出すから顔でも洗ってきて」
「お先です、ありがと」
千種は身軽に立ち上がり、洗面所に行った。それを確認してから、亜希は急いで着替えて、手ぐしで髪を纏める。小さなキッチンで、水を張った小鍋を火にかけて2個の卵を中に入れると、千種がこちらを覗いていた。
「卵見とくから顔洗えば? あとは? トーストと……」
亜希はまともに台所に立つ男性と交際したことがないので戸惑う。榊原の家に泊まった翌朝は、近くのファストなカフェにモーニングを食べに行くのが常で、榊原はパンさえ焼かなかった。
「あ、でも……」
「触られたくないならしないけど、いいなら用意くらいさせて……押しかけたの俺だから」
千種の涼やかな目に優しい笑みが浮かぶのを見て、亜希の胸がどくんと鳴る。彼はいつも紳士だが、こんな顔を見るのは初めてだった。
「じゃあ任せます……オレンジが野菜室にあるの、よかったらどうぞ」
「了解です」
何なのこれ、一緒に暮らしてるカップルみたいじゃん……顔を湿らせ、洗顔フォームを泡立てながら亜希は考える。そりゃまあ、同じ布団で一晩くっついて寝れば、親しさは増すのかもしれないが。
狭い食卓にちんまり座って、朝食を済ませた。千種はオレンジを櫛形に切って出してくれた。彼がこれから出勤で、すぐに出ていってしまうのが残念だ。一緒にもっとゆっくり食べたいのに……。
「あの、真面目な話、雷鳴ったらいつもあんな感じなの? はっきり言って心配なレベルなんだけど」
千種から不意に訊かれて、亜希はオレンジの果肉を噛みながらこっくり頷く。
「心配かけてごめんなさい……妹が小学校に入った時にね、私は小3だったんだけど、2人の部屋をもらって二段ベッドで寝るようになったの」
少し大人になったように思えた嬉しさが、かき消される「事件」が起きた。その年の夏休み中のある夜、突如雷雨になった。
「おはようございます、おかげ様で俺はよく眠れたけど住野さんは大変……だったね」
セックスどころか、キスひとつした訳でもないのに、とんでもなく恥ずかしい。雷怖さに抱きついて寝たなんて、笑い話のネタにもならないではないか。
亜希は身体を起こして正座し、そのまま千種に頭を下げた。
「すみません、大変ご迷惑をおかけしました」
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「ああ、いや……」
夜に雨が降るたびに、ここに来るという意味なのだろうか。困惑しかない。
「とっ、とにかく、朝ご飯出すから顔でも洗ってきて」
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