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血は水よりも濃いのかもしれない

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 横浜に戻る父を見送った亜希は、妹の由希と一緒に、品川駅前のホテルのショッピングゾーンに向かった。ファストなカフェに何とか席を見つけ、どっこいしょと言いそうになりながら腰を下ろした。
 由希は結婚の準備を着々と進めており、最近父を呼び出す場合、その報告が話題の中心になる。今日は彼女が大きな変更を告げたので、父はやや困惑気味に京浜東北線に乗り、亜希もやや、大丈夫なのかと心配になった。
 由希は家族の戸惑いを理解した上で、亜希を茶に誘ったらしい。

「ごめんね、お姉ちゃんにも少し近いとこにしたらよかった」

 フロートが乗った甘そうな飲み物にストローを突っ込み、由希が言った。それも無駄なことで、由希の交際相手……婚約者は大崎に暮らしていることを、亜希は知っている。ここから近いので、この後会うつもりなのだろう。

「別にそれはいいけど、結婚式ほんとにそれでいいの? 友達呼びたかったんでしょ?」

 亜希はカフェラテをひと口、口に含む。こうして見ると、妹がやはり綺麗になったと思う。制服があり髪染めや濃い化粧が許されない亜希の職場とは違い、由希の会社は服装が自由なので、その分垢抜けざるを得ない部分はある。ただ、大人しく自分の意見をあまり口にしなかった彼女が、内側から何かを放つようになったと感じるのだ。
 由希は父や姉の心配をよそに、あっけらかんと言った。

「いいの、人数ばっかり膨れ上がって、ちょっとなぁって丸ちゃんと話してたとこだったから」

 丸ちゃんこと丸山が、由希の婚約者である。由希の1つ上(つまり亜希の1つ下)の会社の先輩だ。地味だが感じの良い男性で、娘たちの交際にいつも渋い顔をした父の眼鏡にも叶った。
 その丸ちゃんの埼玉に住む祖母が、病気が見つかり余命2年と宣告されたのだという。身体が動かなくなる前に孫がお嫁さんを迎える姿を見たいと言って来たらしく、12月に挙式をする予定を繰り上げられないかと、丸山の両親が息子とその婚約者に連絡してきた。
 人並みに祝宴が盛り上がる人数を招待するつもりでいた2人だが、日程を繰り上げたいと申し出ると、11月までは土日祝日に広い宴会場に空きがなかった。8月のお盆前に、20人ほどの部屋なら何とかなるとホテル側から連絡があったため、仮押さえして2人で身内に確認しているのだ。

「仕方ないよね、感染症落ち着いてきて、延期してた人も予約入れて来てるらしいから」

 由希はこだわりが強く、自分の意見を譲らない面があるのに、丸ちゃんと2年交際して少し変わったようである。

「暑い時期だけど、丸ちゃんのお祖母ちゃん大丈夫なの?」

 殺人的な暑さの東京の夏の移動は、元気なお年寄りでも心配である。姉の言葉に、由希はうーん、と首を傾げる。

「お祖母さんは頑張るっておっしゃってるし、まあ私たちもね、12月より8月のほうが仕事忙しくなくていいのよね……お父さんもお姉ちゃんもそうでしょ?」
「私は土日ならどっちみち休みにくいけど?」

 亜希がおどけて言うと、由希は顔の前で手を合わせてごめん、と応じた。
 由希は先ほど父に、継母にあたる女性は招待しないとはっきり伝えた。父も、そりゃそうだなとあっさり言った。
 父の再婚相手はバリキャリで、亜希たちは彼女と3回しか会ったことがない。会えば挨拶もするし彼女が嫌いな訳ではないが、亜希と由希にとって、継母は完全に他人だった。継母にも独立した娘と息子がいるが、彼らがもし結婚式を挙げるとしても、父は頼まれなければ出席しないつもりでいる。

「お姉ちゃん、新しい彼氏いるんだよね?」
「へ? あ、彼氏? そうだねぇ……」

 由希の問いに、亜希は声を裏返した。由希は姉が前の彼と、少し結婚を意識していたことを知っている。

「今度は大事にしてくれそうな人?」

 随分と切り込んでくるな。亜希は妹の質問に、うんまあ、とお茶を濁そうとする。
 羽田空港デートのあと、亜希は一度家に戻り、着替えを持って千種の家に向かった。千種がもっと一緒にいたいなぁとしおらしく言うのに、ほだされてしまったからだった。

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