ほつれた心も縫い留めて ~三十路の女王は紳士な針子にぬいぐるみごと愛でられる~

穂祥 舞

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ほつれた心が縫い留められる時

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 関東地方が梅雨入りを迎えた。ハッピーストア鷺ノ宮店では、レジと事務部門がざわめいている。2つの部門の統合が真庭から伝達され、勤務時間を短縮しなくてはいけないのかとパートタイマーが、転勤はあるのかと社員が噂しているが、何にせよ完全自動釣銭機が導入されなければ、話は動かない。
 鷺ノ宮店は来客の平均年齢がやや高いということもあり、いきなり精算を全て客任せにすると混乱をきたす恐れがあった。早い店舗では8月からレジの総入れ替えがおこなわれる予定だが、鷺ノ宮店はそんな事情もあって、もう少し新機器の導入は遅いだろうということだった。客自身で精算をおこなう機器への移行にワンクッション置くため、お盆までにセルフレジが2台入ることが決定している。
 事務のベテランパートタイマーの河原崎は、契約時間の短縮を希望した。彼女は子どもたちをほぼ育て上げており、教育費を稼ぐという目標をクリアしつつある。もう自分が友人とランチや映画館に行く小遣いだけ稼げたら十分だというのが、契約変更を希望する理由だった。もう1人のパートタイマー・岡道は元々短時間契約なので、現状維持を希望している。
 何とかサブチーフと呼んでも差し支えない程に成長した阪口は、1日の労働時間8時間のうちの半分を事務、半分を他部門でという本社からの「お願い」に対し、今のところ返事を保留している。阪口は、半日事務の仕事に従事させてもらえるならばと、退職一点張りだった態度をやや軟化させていた。ただ、接客の最前線であるレジには行きたくないという意志は固く、どうしたものかと真庭は困っている様子である。亜希に言わせれば、事務所を昼過ぎに閉めて、休憩の後に生鮮のバックヤードで働いても、何ら問題ないと思うのだが。

「惣菜に来いよ、手に職がつくぞ」

 レジには行かないと阪口が言っていることを知る、総菜部門のチーフの和田は、事務所にクリーンキャップを取りに来たついでに、彼女に言った。手に職ってぇ、と阪口は突っ込む。

「何でも揚げられるようになることですか?」
「そうだ、寿司を巻いたりだし巻き卵を綺麗に焼いたりできるようになるし、管理栄養士の勉強もできる」
「栄養士? それ初耳……でも油臭くなっちゃうのがねぇ」

 阪口の気持ちはわからなくもなかった。夜間アルバイトがいる生鮮部門に行けば、17時くらいで上がることができる。しかしその後遊びに行くのに、髪や服から油のにおいをさせているのはどう考えてもイマイチ感が高い。
亜希と阪口の両方に、和田は豪語した。

「そんなもん、最近の消臭スプレーなら一発で解消だ」
「えーっ、ほんとですかぁ?」

 一般食品の品出しを手伝っていた楠本が、一段落ついたのだろう、事務所に戻ってきた。彼は元食品チーフなので、食品の仕事をよく知っていて、よく動く。これから雨になりそうなので、バックヤードを広げておかないと、午後から来る商品が屋根の中に納まらなくなってしまうからだろう。彼もレジと事務の社員の動向を気にしてくれていて、和田の雑談に足を止めた。

「レジ事務と生鮮のハイブリッドって、たぶん社員ではまだいないから、阪口さんが先駆者になるのは悪くないと思うな」
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