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〈番外編3〉 暁斗の巣づくり ~再会~ 3-②
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その時また、寮生が奏人の部屋に入って来た。部屋に鍵はついていないのだろうか。暁斗はやって来たプラチナブロンドの短髪の男性が、ゲイのフィンランド人のラウリさんだと認識して、直感的にまずいなと思う。
「Ah, Kana, I'm so lucky because I can talk with your lovely sweetheart! How are you, Akito?(ああカナ、キミのステキな恋人と話せるなんて俺はチョーツイてるよ! アキト、元気してる?)」
案の定ラウリは、奏人を押し退ける勢いで画面に入って来た。暁斗は苦笑しながら、アイムファインと答えた。奏人は早口でラウリに何か言い、ラウリも奏人の様子がおかしいと気づいたとみえて言い返し、暁斗に向かって話した。何があったと尋ねられているのが、ぼんやりと理解出来た。
「He is ……misunderstanding……(彼が誤解してて……)」
暁斗は苦しみながら単語を繰り出す。ラウリはWhat about? (何を?)と眉間に皺を寄せた。
「えーっと……そのkeyが……」
「Key? This one? (鍵? これのこと?)」
奏人は手を伸ばすラウリに鍵を触らせまいと立ち上がった。そしてラウリにまた早口でまくし立てて、彼の腕を掴み、扉のほうに引きずっていく。自分よりだいぶ大きな身体のラウリを力尽くで追い払うとは、奏人の腕力は侮れない。出て行き際に、ラウリがこちらに向かって笑顔で手を振るので、暁斗は大きく振り返した。投げキッスが返ってくる。
「……いつもごめんなさい、僕の誤解なのかな」
パソコンの前に戻ってきた奏人はやや呼吸を乱しながら言った。暁斗はやや反省しつつ応じた。
「うん、俺も説明不足だった、年が明けてから鍵を全部返さなきゃいけなくなるかも知れないから」
暁斗はこの数日間で起こったことを奏人に話す。マンションのちょうど2階上に暮らす夫婦が引っ越しを決めていて、部屋を見せてもらい、条件的に新居に良さそうだと思っていること。マンションの管理会社が、空室情報を不動産会社やサイトに出さず、暁斗に部屋の引き継ぎを考えてくれること。
「あと、男同士で借りて暮らすのも、問題ないって言ってもらえた」
画面の向こうの奏人が、ぽかんとした顔になった。
「あっ、部屋の間取りと写真も揃えて送るよ、まだそんなに急がないから落ち着いたら見てみて」
「ごっ、ごめんなさい、僕バカ過ぎる」
奏人は画面越しでも分かるくらい赤くなり、泣きそうになるのを隠すように両手で顔を覆った。暁斗は可愛いなと感じ、胸の中に蜂蜜をぶちまけられたような気分になったが、諮問とやらが近くてやや彼がピリピリしていると察する。
「いいよ奏人さん、俺の言い方が悪かった」
「暁斗さんを疑うなんて我ながらどうかしてる」
「こんなことで自分を責めない、ほら顔見せて……あっでもラウリさんにはちゃんと説明してあげて」
「ラウリのことなんか気にしないでよ、調子に乗るし」
随分な扱いだと暁斗は苦笑した。初めまずいと思ったが、ラウリが来てくれて和ませ(?)てくれて良かったかも知れない。そんな軽い暴言を吐いたり、半べその顔を見せたりする奏人が愛おしい。……今すぐ抱きしめてやれたらいいのに。ぎゅっと、あの細い肩が軋むくらい強く。
「……部屋はね、たぶん暁斗さんがいいと思う場所でいいから」
気を取り直したように奏人は言った。
「僕より暁斗さんのほうがこだわりあるから、2階上のお部屋が気に入ったなら、決めちゃってもいいんじゃないかな」
「……こだわりあるかな、俺のほうが」
暁斗の半ば呟く声に、奏人は小さく頷く。
「僕が感じるのはね、お子さんが産まれてくるのを楽しみにしている仲良しのご夫婦が暮らしてた後に住まわせてもらうと……」
暁斗は奏人の言葉の続きを、預言者の大切なお告げを聞く民のように待つ。
「幸せのお裾分けをして貰えそうでいいなって」
時に奏人は、こんな風に一見曖昧で根拠の無いことを口にする。専攻している西洋哲学とも相容れないようにも思える。
ただ暁斗はこういう時、いつも高確率で彼に共感する。今も、宮坂夫妻に部屋の中を案内してもらった時の漠然とした快さを、見事に言語化されたように感じて、どきりとしたのだった。
あの7階の角部屋、この部屋のちょうど2階上にあたる場所には、暁斗が立川の実家に戻ると感じる温もりのようなものが、確かにあった。下駄箱の上に置かれた、花を抱いた犬の可愛らしい置き物。壁にかかる、新婚旅行で行ったという、ハワイの海を背にして撮られた夫婦の写真。リビングのテーブルに乗せられた、沢山の筆記具やハサミが詰め込まれたペン立て。トイレのタンクの上に散りばめられた、星の形をした青いガラス……暁斗の侘しい部屋には無い、家族が集まることで構築される優しい空気感。
一緒に暮らしたら、奏人は家の中に何を持ち込んでくれるのだろう。ほろ酔いで宮坂家を辞した後、暁斗はそんなことを考えながらエレベーターに乗った。それは多幸感のある妄想だった。
「……じゃあ宮坂さんのとこを第一候補にしておくよ、一応間取りとかは確認して」
暁斗は奏人に言った。彼はうん、とにっこり笑う。そして訊いてきた。
「暁斗さんのおうちの鍵……ギリギリまで持ってていい?」
「え? ああ、引っ越しの時、ほんとに最後に返すだろうから、それに間に合うなら……」
「何だかお守りみたいになっちゃって、僕には帰る場所があるんだっていう」
奏人は言いながら、赤いリボンのついた鍵を、人差し指と親指で挟んで揺らしてみせた。
「……わかった、奏人さんがそう思ってるなら預けとく」
暁斗は自分の表情が緩むのを感じた。一人外国で頑張っている奏人の励みになるなら、ずっと持っていてくれたらいいと思った。
「Ah, Kana, I'm so lucky because I can talk with your lovely sweetheart! How are you, Akito?(ああカナ、キミのステキな恋人と話せるなんて俺はチョーツイてるよ! アキト、元気してる?)」
案の定ラウリは、奏人を押し退ける勢いで画面に入って来た。暁斗は苦笑しながら、アイムファインと答えた。奏人は早口でラウリに何か言い、ラウリも奏人の様子がおかしいと気づいたとみえて言い返し、暁斗に向かって話した。何があったと尋ねられているのが、ぼんやりと理解出来た。
「He is ……misunderstanding……(彼が誤解してて……)」
暁斗は苦しみながら単語を繰り出す。ラウリはWhat about? (何を?)と眉間に皺を寄せた。
「えーっと……そのkeyが……」
「Key? This one? (鍵? これのこと?)」
奏人は手を伸ばすラウリに鍵を触らせまいと立ち上がった。そしてラウリにまた早口でまくし立てて、彼の腕を掴み、扉のほうに引きずっていく。自分よりだいぶ大きな身体のラウリを力尽くで追い払うとは、奏人の腕力は侮れない。出て行き際に、ラウリがこちらに向かって笑顔で手を振るので、暁斗は大きく振り返した。投げキッスが返ってくる。
「……いつもごめんなさい、僕の誤解なのかな」
パソコンの前に戻ってきた奏人はやや呼吸を乱しながら言った。暁斗はやや反省しつつ応じた。
「うん、俺も説明不足だった、年が明けてから鍵を全部返さなきゃいけなくなるかも知れないから」
暁斗はこの数日間で起こったことを奏人に話す。マンションのちょうど2階上に暮らす夫婦が引っ越しを決めていて、部屋を見せてもらい、条件的に新居に良さそうだと思っていること。マンションの管理会社が、空室情報を不動産会社やサイトに出さず、暁斗に部屋の引き継ぎを考えてくれること。
「あと、男同士で借りて暮らすのも、問題ないって言ってもらえた」
画面の向こうの奏人が、ぽかんとした顔になった。
「あっ、部屋の間取りと写真も揃えて送るよ、まだそんなに急がないから落ち着いたら見てみて」
「ごっ、ごめんなさい、僕バカ過ぎる」
奏人は画面越しでも分かるくらい赤くなり、泣きそうになるのを隠すように両手で顔を覆った。暁斗は可愛いなと感じ、胸の中に蜂蜜をぶちまけられたような気分になったが、諮問とやらが近くてやや彼がピリピリしていると察する。
「いいよ奏人さん、俺の言い方が悪かった」
「暁斗さんを疑うなんて我ながらどうかしてる」
「こんなことで自分を責めない、ほら顔見せて……あっでもラウリさんにはちゃんと説明してあげて」
「ラウリのことなんか気にしないでよ、調子に乗るし」
随分な扱いだと暁斗は苦笑した。初めまずいと思ったが、ラウリが来てくれて和ませ(?)てくれて良かったかも知れない。そんな軽い暴言を吐いたり、半べその顔を見せたりする奏人が愛おしい。……今すぐ抱きしめてやれたらいいのに。ぎゅっと、あの細い肩が軋むくらい強く。
「……部屋はね、たぶん暁斗さんがいいと思う場所でいいから」
気を取り直したように奏人は言った。
「僕より暁斗さんのほうがこだわりあるから、2階上のお部屋が気に入ったなら、決めちゃってもいいんじゃないかな」
「……こだわりあるかな、俺のほうが」
暁斗の半ば呟く声に、奏人は小さく頷く。
「僕が感じるのはね、お子さんが産まれてくるのを楽しみにしている仲良しのご夫婦が暮らしてた後に住まわせてもらうと……」
暁斗は奏人の言葉の続きを、預言者の大切なお告げを聞く民のように待つ。
「幸せのお裾分けをして貰えそうでいいなって」
時に奏人は、こんな風に一見曖昧で根拠の無いことを口にする。専攻している西洋哲学とも相容れないようにも思える。
ただ暁斗はこういう時、いつも高確率で彼に共感する。今も、宮坂夫妻に部屋の中を案内してもらった時の漠然とした快さを、見事に言語化されたように感じて、どきりとしたのだった。
あの7階の角部屋、この部屋のちょうど2階上にあたる場所には、暁斗が立川の実家に戻ると感じる温もりのようなものが、確かにあった。下駄箱の上に置かれた、花を抱いた犬の可愛らしい置き物。壁にかかる、新婚旅行で行ったという、ハワイの海を背にして撮られた夫婦の写真。リビングのテーブルに乗せられた、沢山の筆記具やハサミが詰め込まれたペン立て。トイレのタンクの上に散りばめられた、星の形をした青いガラス……暁斗の侘しい部屋には無い、家族が集まることで構築される優しい空気感。
一緒に暮らしたら、奏人は家の中に何を持ち込んでくれるのだろう。ほろ酔いで宮坂家を辞した後、暁斗はそんなことを考えながらエレベーターに乗った。それは多幸感のある妄想だった。
「……じゃあ宮坂さんのとこを第一候補にしておくよ、一応間取りとかは確認して」
暁斗は奏人に言った。彼はうん、とにっこり笑う。そして訊いてきた。
「暁斗さんのおうちの鍵……ギリギリまで持ってていい?」
「え? ああ、引っ越しの時、ほんとに最後に返すだろうから、それに間に合うなら……」
「何だかお守りみたいになっちゃって、僕には帰る場所があるんだっていう」
奏人は言いながら、赤いリボンのついた鍵を、人差し指と親指で挟んで揺らしてみせた。
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