あきとかな ～恋とはどんなものかしら～

〈番外編3〉 暁斗の巣づくり ～再会～ 3－③

　パソコンの時計が14時を過ぎていた。奏人の寮には一応消灯時間があり、個室はともかく、台所やシャワーなどの共用施設は電気が落ちて使えなくなってしまうと聞いていた。
「やっぱりお別れを言うのって、夜のほうが……切ないかも」
　奏人はちょっと首を傾げながら言った。以前なら口にしなかったであろう、少しばかりの弱音。さっきの怒りだって、誤解ではあったが、かつての奏人なら露わにはしなかっただろう。
「……俺のこと思い出してマスターベーションしてから寝て」
　暁斗は一度言ってみたかったことを口にしてみて、勝手に照れた。画面越しでも見つめ合うのが恥ずかしくなる。奏人はくすっと笑い、照れもせずに応じた。
「うん、言われなくても大概そうしてる」
「えっ、……そうでしたか、失礼しました」
「動画撮って送ろっか？」
　暁斗はええっ、と思わず上擦った声を上げた。そんな動画、……かなり見てみたいけれど、手放せなくなりそうだからだめだ。
「暁斗さんのも作って送ってよ、うふふ」
　奏人の言葉にギブアップして、右手で顔を覆う。ああ、また今日も返り討ちにされてしまった。
「暁斗さん休みなのに、僕のためにごめんね
……良い天気そうだし、お出かけ日和だね」
　奏人の言葉に、胸が締めつけられた。暁斗にとって奏人と話すこと以上に大切なことなんて無いし、どれだけ木々の葉が色づき美しかったとしても、奏人と見るのでなければ意味が無いのに。
「確かに良い天気だ、こんな日に奏人さんと出かけられる日が来るのを楽しみにしてる」
　暁斗は湿っぽくならないように、笑顔で言う。奏人は静かに微笑む。
「暁斗さん、僕が帰ったらいろんなところに行って、いろんなものを見ようね……だってそれからのほうがずっと長い時間なんだから」
　ああ、そうなのだ。奏人が帰国してからのふたりの人生について、もっと考えておかなくてはいけない。住む場所もそうだけれど、お互いの家族とのつきあいや、男同士で生きていくために必要なこと……民法上認められない関係だから、お金の扱いも考えておかなければ。
「どうしたの、何か難しい顔してる」
　奏人の声に、暁斗は我に返った。画面の向こうでふわりと揺れた黒い髪を見て、いけないな、と思う。
「いや、ちょっとこれからのこと考えて……」
「暁斗さんは真面目過ぎる、それに一人で何でもやろうとし過ぎる」
　奏人はパシッと言った。暁斗は目を見開く。全く同じことを、課長になる前に言われた。当時営業部長だった、岸圭輔に。
「……ってあまり人のこと言えないけど」
　苦笑する奏人の目が、僅かに細められた。
「独りじゃないから、これからは」
「……奏人さん」
「と自分にも言い聞かせてたりして」
　結局俺は成長していないのかも知れないな。暁斗もふっと笑う。
「僕たちたまにとてもよく似てる、たぶん」
　奏人の言葉に少し驚いたが、なるほどと思えた。彼は声に喜びの色を混ぜて続けた。
「だからきっと、ずっと上手くやって行けるよ」
「……だといいな」
　暁斗は胸の中に温かいものが広がるのを感じて、心からの笑顔になった。
「ありがとう」
「ううん、こちらこそ……宮坂さんご夫妻に僕は会えないけど、よろしく言っておいてね」
　愛しい人の微笑を見て、暁斗は思う。二人だけ、でもないのだ。アメリカでも日本でも、沢山の人が自分たちを支え、見守り、助けてくれる。それを信じることができること自体が、幸福なことだから。

　暁斗は閉じたパソコンに手を置き、窓の外を見やる。すぐそこまで冬が来ている、晴れた澄んだ空が美しい。明日はカリフォルニアは、晴れるだろうか。
　ここで笑って再会できるように――暁斗の新しい巣づくりは、まだ始まったばかりである。


〈暁斗の巣づくり　　完〉


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いつも最後までおつきあいくださり、
ありがとうございます！

このお話は、LiSAとUruの遠恋デュエット
「再会」を聴いて思いつきました
（ちょっと季節は違いますが）。
やはり物理的に二人が離れていると
書くのが難しかったです！　結構挑戦でした。

もう奏人の帰国までの物語は
ネタが尽きた（笑）気がしますので、
本編・番外編は一旦完結としたいと思います。
奏人帰国後のお話はまだ出そうですから、
『今宵貴方と見る月は　あきとかなnext』に
投稿して行きます。

現在BL小説大賞開催中で
面白い作品が沢山出ている中、
『あきとかな』にお目通しくださること、
また拙作に投票してくださったかたも
おられるようで、心より感謝いたします。
ポイント争いに勝つ野心は無い（笑）ですが、
自分が同性愛者であることに戸惑う暁斗や
人に愛される自信が持てなかった奏人の姿に
誰かが何かを感じていただけたならば、
この物語を送り出した甲斐があったと
思います。
どうもありがとうございました！

2021.11.17　穂祥舞