彼はオタサーの姫

穂祥 舞

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第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン

第4場⑧

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 ふと天音は、普段感じたことのない寂しさに囚われた。無意識に頭の隅っこに押し込めているが、男も女も、家族さえも、自分と真っ直ぐ向き合ってくれないと、実は小学生の頃からずっと思っている。
 コーラを飲みながらポテトチップスをだらだら食べ切ったり、休日をゲームや漫画で一日潰したりすることは、絶対に許されなかった。理由を問うと、両親は天音を音楽馬鹿にしたくないのだと言った。一人息子を厳しく躾け、くだらない遊びに誘うクラスメイトとの交際を禁じて、ピアノのレッスンを増やし、その上通塾まで勝手に決めた。
 中学生になると、自分が学業でも音楽面でも優秀なので、期待されている故の締めつけだと天音は考えることにした。家族の意向に従うほうが、自分のためにもなるだろう。
 でも結局、他人を見下すという、家族に刷り込まれた方法で、自分の柔らかい部分を守り周りを拒んできたから、誰も自分に心を許してくれないのかもしれない。いずれにせよ、人と真っ直ぐ向き合うやり方が、わからない。

「太田さんが男を芸の肥やしにするのは、共感できる方法じゃないけど、きっと明日全く違うスザンナを持ってくると確信してる……さあフィガロの俺どうする? みたいな」

 三喜雄は紗里奈と歌うことが楽しい様子だった。まあでも、と彼は続ける。

「オペラは歌曲と違って、1人で仕上げられないから面倒くさいよ」

 それが面白いところなのに、と天音は言いかけてやめた。他人と上手くコミュニケーションを取れないらしい自分が、人間を描くオペラの、何を面白いと思っているのだろう。
 最後のピザを、一切れずつ平らげた。三喜雄は何でも美味しそうに食べるが、今日もその例に洩れなかった。天音はワインをちびちび飲みながら、彼に尋ねてみる。

「なあ片山、俺ってそんなに感じ悪い?」

 三喜雄は軽く首を傾げた。

「うん、俺は長年のつき合いだからわかってるけど、たまに引く」
「それは例えば……小田に対することとかか」

 天音が言うと、三喜雄は肩をすくめた。

「わかってるならどうしてああなるんだよ」
「あいつは歌手じゃないから音楽面でのどうこうは無い、俺があいつを気に入らないのは」

 言いかけて、天音ははたと言葉を切る。おまえにまとわりついてるからだと答えたら、ますます自分の立場が悪くなる気がする。思わず三喜雄の顔をじっと見てしまい、彼が何、と上半身を少し引いた。

「何でもない、小田は直感的にいけ好かないけど、もしさっき話してたコンサートに出るなら適度に仲良くする」
「塚山には、相手を蹴落とすか相手にしないかのどちらかしか選択肢が無いのか?」

 無い、というのが正直な答えだ。

「下まで落ちてくれなくてもいい、俺より上には来ないでほしいだけ」

 怖っ、と三喜雄は言って立ち上がり、空になったピザの箱を重ねた。そして冷蔵庫を開けて、国産ウイスキーの小さな瓶とソーダ水を出した。彼はそれらを両手に持ち、高らかに宣言する。

「美味いハイボールを作るよ!」
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