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番外編 姫との夏休み
第4楽章③
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蘭と黎は6時前に揃って帰って来て、兄の親友である噂の歌手・三喜雄が、台所で兄と並びじゃがいもの皮を剥いているのを見て、そこそこ驚いたようだった。
「あっ、こんばんは、手が離せなくてごめんなさい」
三喜雄が双子に挨拶すると、彼らはこんばんは、と声を揃えた。別々の高校に通うようになり、行動を共にしなくなった妹と弟だが、ふとした時に完璧なユニゾンを披露する。これが未だに不思議な亮太である。
三喜雄はピーラーを持ったまま、お邪魔してます、と頭を下げた。蘭が少し慌てる。
「みき……片山さん、ゆっくりしててください、私代わります」
「え? いいですよ、もう終わるから」
黎は兄が連れてきた友人が、自分の想像と違っていたと言わんばかりに、三喜雄の顔をしみじみと見つめている。彼は割とこういう、良くも悪くも素直な行動に出るため、これまで複数の女の子から誤解された。現に三喜雄も、微かな困惑を声に滲ませている。
「あ、男と女の双子って、あまり似てないんだね」
「二卵性だからな……俺の目には結構似てるように見えるんだけど」
亮太の言葉に、蘭がぷっと頬を膨らませる。
「似てないよ、おにいの目おかしいわ」
「そうだよ、みき……片山さんの言う通りだよ」
黎が蘭に同意した。2人して初対面の兄の友人に、三喜雄と言わないように気をつけているのが可笑しい。
亮太はとりあえず2人に、手を洗ってくるよう命じる。ぱたぱたと足音を立てて2階に向かった彼らを見送り、三喜雄は微笑した。
「いいな、俺も下のきょうだいがいたらなぁって今でも思うよ」
三喜雄は姉と2つ違いで、仲も悪くないようだが、下が欲しいという思いはその現実と切り離されるものらしい。
亮太は玉ねぎを切り終えて、三喜雄の用意してくれた水に晒したじゃがいもをざるに上げる。
「上もいろいろ大変だぞ、よく考えたら下のために我慢してることも多いからな」
「亮太の場合は年が離れてるからなぁ、7つ下なんだろ? ちょっと子どもみたいな感じになるのかな」
三喜雄の言葉を、亮太は否定しない。双子が高校生になっても、心配なことはたくさんある。今一番気になるのは、2人がそれぞれおかしな交際相手に捕まるなどして、嫌な思いをしないかどうかだった。
亮太は鍋に油を入れ、コンロの火を点けた。大きな鍋に食材をたんまり入れて強火で炒めること自体が、1人分だけちまちまおかずを作る数倍楽しい。豚肉に火が通り、香ばしい匂いがキッチンに広がった。
「松本って神戸だろ、実家のカレーの肉は牛らしいぞ」
トマトを洗いながら、三喜雄は言った。西日本のカレーが牛肉入りであることを初めて聞いた時、そんな高い肉使えるかと勝手に反発したことを亮太は思い出した。
「知ってる……そんな贅沢なもん食ってんのか、あいつは」
「俺の知る限り松本は質素に暮らしてるけど、カレーの肉は豚と違うんやぁ、ってたまに叫んでる」
三喜雄が松本咲真の関西弁を巧みに真似るので、亮太はぷっと笑ってしまう。
「これからコンサート企画する時、あいつ誘ってもいいのかな、ちょっと訊いてみて」
亮太が訊くと、三喜雄は小首を傾げた。
「わかった……というか、亮太のほうが普段授業で松本に会ってるんじゃないの?」
ピアノと弦楽器と管楽器は、大学院に進むと共通科目がぐんと減り、それぞれが専門的な実技科目を受講する。だから三喜雄が思うほど、亮太は松本とは授業で顔を合わせない。
むしろ亮太は、偶然知り合ったらしいとはいえ、何故三喜雄と松本がそんなにつるんでいるのかを尋ねたかった。あのいけ好かないパリピテノールに対してほどではないが、亮太は関西出身のピアニストの存在が、ちょっと引っかかる(確かにピアノの手は欲しいので、彼を誘いたいのだが)。
「松本って今、これからのことで迷い中でさ」
三喜雄の洗ったトマトをまな板に載せて、亮太は包丁を入れる。切れ味がいまひとつで、皮が残ってしまった。
「うわ、これ俺食うから……松本は何を迷ってんの?」
「ピアニストとしての在り方、みたいな?」
三喜雄がやや核心をぼかして答えたのがわかった。そんな話を他人にぺらぺら話すものではないだろうから、亮太は三喜雄の松本に対する誠実さを感じたが、その反面、教えてくれたって誰に話すわけでもないのに、と軽く苛立った。
「三喜雄は歌手としての在り方とか、考えることあるのか?」
亮太の問いに、レタスを千切って洗っていた三喜雄は、きれいな形の目を少し細めて微苦笑する。
「まあ、歌手としてというか、音楽家として迷ってることはいろいろ……」
「例えばどんなこと?」
「プロになる気が基本無いのに、そうなるものだと周りから見られてるのが辛いとか」
亮太は三喜雄の横顔を二度見した。
「待って、大学院まで来て何をおっしゃる?」
三喜雄はさっきの蘭のように、不満げに頬を軽く膨らませる。
「いや、他の学部なら大学院生が皆研究者を目指す訳じゃないのに、何で音楽はそう決めつけられるんだろうと思うんだ」
「他の学部でも院生はその道のプロなんだから、一緒じゃん?」
「知識や技術面の話じゃなくて、それで飯食ってくかどうかってこと」
「あっ、こんばんは、手が離せなくてごめんなさい」
三喜雄が双子に挨拶すると、彼らはこんばんは、と声を揃えた。別々の高校に通うようになり、行動を共にしなくなった妹と弟だが、ふとした時に完璧なユニゾンを披露する。これが未だに不思議な亮太である。
三喜雄はピーラーを持ったまま、お邪魔してます、と頭を下げた。蘭が少し慌てる。
「みき……片山さん、ゆっくりしててください、私代わります」
「え? いいですよ、もう終わるから」
黎は兄が連れてきた友人が、自分の想像と違っていたと言わんばかりに、三喜雄の顔をしみじみと見つめている。彼は割とこういう、良くも悪くも素直な行動に出るため、これまで複数の女の子から誤解された。現に三喜雄も、微かな困惑を声に滲ませている。
「あ、男と女の双子って、あまり似てないんだね」
「二卵性だからな……俺の目には結構似てるように見えるんだけど」
亮太の言葉に、蘭がぷっと頬を膨らませる。
「似てないよ、おにいの目おかしいわ」
「そうだよ、みき……片山さんの言う通りだよ」
黎が蘭に同意した。2人して初対面の兄の友人に、三喜雄と言わないように気をつけているのが可笑しい。
亮太はとりあえず2人に、手を洗ってくるよう命じる。ぱたぱたと足音を立てて2階に向かった彼らを見送り、三喜雄は微笑した。
「いいな、俺も下のきょうだいがいたらなぁって今でも思うよ」
三喜雄は姉と2つ違いで、仲も悪くないようだが、下が欲しいという思いはその現実と切り離されるものらしい。
亮太は玉ねぎを切り終えて、三喜雄の用意してくれた水に晒したじゃがいもをざるに上げる。
「上もいろいろ大変だぞ、よく考えたら下のために我慢してることも多いからな」
「亮太の場合は年が離れてるからなぁ、7つ下なんだろ? ちょっと子どもみたいな感じになるのかな」
三喜雄の言葉を、亮太は否定しない。双子が高校生になっても、心配なことはたくさんある。今一番気になるのは、2人がそれぞれおかしな交際相手に捕まるなどして、嫌な思いをしないかどうかだった。
亮太は鍋に油を入れ、コンロの火を点けた。大きな鍋に食材をたんまり入れて強火で炒めること自体が、1人分だけちまちまおかずを作る数倍楽しい。豚肉に火が通り、香ばしい匂いがキッチンに広がった。
「松本って神戸だろ、実家のカレーの肉は牛らしいぞ」
トマトを洗いながら、三喜雄は言った。西日本のカレーが牛肉入りであることを初めて聞いた時、そんな高い肉使えるかと勝手に反発したことを亮太は思い出した。
「知ってる……そんな贅沢なもん食ってんのか、あいつは」
「俺の知る限り松本は質素に暮らしてるけど、カレーの肉は豚と違うんやぁ、ってたまに叫んでる」
三喜雄が松本咲真の関西弁を巧みに真似るので、亮太はぷっと笑ってしまう。
「これからコンサート企画する時、あいつ誘ってもいいのかな、ちょっと訊いてみて」
亮太が訊くと、三喜雄は小首を傾げた。
「わかった……というか、亮太のほうが普段授業で松本に会ってるんじゃないの?」
ピアノと弦楽器と管楽器は、大学院に進むと共通科目がぐんと減り、それぞれが専門的な実技科目を受講する。だから三喜雄が思うほど、亮太は松本とは授業で顔を合わせない。
むしろ亮太は、偶然知り合ったらしいとはいえ、何故三喜雄と松本がそんなにつるんでいるのかを尋ねたかった。あのいけ好かないパリピテノールに対してほどではないが、亮太は関西出身のピアニストの存在が、ちょっと引っかかる(確かにピアノの手は欲しいので、彼を誘いたいのだが)。
「松本って今、これからのことで迷い中でさ」
三喜雄の洗ったトマトをまな板に載せて、亮太は包丁を入れる。切れ味がいまひとつで、皮が残ってしまった。
「うわ、これ俺食うから……松本は何を迷ってんの?」
「ピアニストとしての在り方、みたいな?」
三喜雄がやや核心をぼかして答えたのがわかった。そんな話を他人にぺらぺら話すものではないだろうから、亮太は三喜雄の松本に対する誠実さを感じたが、その反面、教えてくれたって誰に話すわけでもないのに、と軽く苛立った。
「三喜雄は歌手としての在り方とか、考えることあるのか?」
亮太の問いに、レタスを千切って洗っていた三喜雄は、きれいな形の目を少し細めて微苦笑する。
「まあ、歌手としてというか、音楽家として迷ってることはいろいろ……」
「例えばどんなこと?」
「プロになる気が基本無いのに、そうなるものだと周りから見られてるのが辛いとか」
亮太は三喜雄の横顔を二度見した。
「待って、大学院まで来て何をおっしゃる?」
三喜雄はさっきの蘭のように、不満げに頬を軽く膨らませる。
「いや、他の学部なら大学院生が皆研究者を目指す訳じゃないのに、何で音楽はそう決めつけられるんだろうと思うんだ」
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