レターレ・カンターレ

穂祥 舞

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5 歌曲コースの人の雑談

5-①

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 専修の歌曲の講義が終わった後、坂東美奈が興味津々といった体で、三喜雄に声をかけてきた。

「ねえねえ、音楽療法の先生のお手伝いで一緒に歌うテノールの子、めっちゃ美形なんだって?」

 美奈は篠原の話をしているらしかった。三喜雄は、うん、と素直に肯定した。

「あ、太田さんと北島さんから聞いたのか」
「そう、掃き溜めに鶴感が半端なかったって言ってた」

 掃き溜めで悪かったな、と胸のうちで突っ込みながら三喜雄は苦笑した。それを見た美奈は、三喜雄の考えたことを読んだかのように、違うよ、と目を丸くする。

「みっきぃも鶴なんだから」
「はぁ? 坂東さんもBL読むようになったの?」
「読まないけど、瑠美の言いたいことはわかる感じ」

 三喜雄はこの大学院に来てから、北海道の大学にいた時と比べて、自分の立ち位置が少しおかしくなっていることを自覚している。
 声楽を嗜むのは圧倒的に女性が多いので、大学時代も現在も、三喜雄たち男声はマイノリティだ。それを逆手に取って、やたらめったら女と交際する者も多いのだが、実のところ、歌を嗜む男子は圧倒的にオタク気質である。特に三喜雄のような、男子校のグリークラブで歌い始めたような人間は、声楽界隈のキラキラ女子たちに馬鹿にされるか、マスコットにされるかの二択しか無い。
 三喜雄が入学した教育大の音楽専修コースの声楽女子たちは、今思えばキラキラ度がましだった。とはいえ、そのパワーに圧倒された三喜雄は、マスコットの立ち位置を適当に楽しむことにした。2回生になって、三喜雄の技術がぐっと伸び、何気に一目置かれ出したことで、同級生の女子たちのあいだでは高級マスコットに格上げされたと思う。
 それがこの大学の大学院に来てみると、男声がより貴重な存在になり、更に三喜雄のような外部からの入学者は変に注目を浴びる。それで、オペラコースの2人や美奈は、どうも三喜雄を貴重な生物扱いしているようなのだ。有り難いことではあるが、たまに居心地が悪い。
 三喜雄はお世辞にもイケメンではなく、どちらかというとダサメンだが、清潔感は大切にしているつもりだし、超ブサメンではない(と思う)。とはいえ、それだけで明らかに美形の篠原と一緒に鶴扱いしてもらえるのは、どう考えても何かおかしい。というよりも、篠原に申し訳ないような気がした。
 それをありていに美奈に伝えると、彼女はからからとよく響く声で笑う。

「ウケる、みっきぃのそういう、方向性のおかしい謙虚が好き」
「俺は真面目に言ってるんですけど」
「私もからかってるんじゃないし」

 立ち話を続けるのも疲れるだけなので、飲食可能な教室に、自販機で買った飲み物を持ち込む。まだ昼ご飯には早いのだ。
 どうして美奈とガチンコで話す羽目になったのかよくわからない三喜雄だったが、彼女は少し愚痴りたいようだった。

「みっきぃの仕事楽しそうでいいよね、でもちゃんと学会のお手伝いなんでしょ?」
「うん、歌声録音されたりするから、俺たちもサンプル扱いだけど」
「私も、勉強になる機会はいただいてるんだけどなぁ……」

 美奈が来月出演するのは、フランス歌曲の研究会の演奏会だった。研究会の開設記念の大きなイベントで、パリから来る歌手の公開マスタークラスがある。それを受講するメンバーに、美奈は入っていた。その翌日、受講者も含めた、会員出演のコンサートがおこなわれる予定だ。

「マスタークラスも観に行くよ、俺もそういうの受けてみたい」

 三喜雄が言うと、紅茶のペットボトルの蓋を開けながら、美奈はうんざりしたように言う。

「マスタークラスは私も楽しみなの、でも次の日のコンサート、どっちでもよくなってきた……挨拶もまともにしない、感じ悪いベテラン会員とかいるんだよね」

 歌い手は基本的に明るい人間が多いので、そういう態度を取るその会員のほうが少数派だろう。しかし三喜雄も、この業界が嫉妬渦巻く伏魔殿で、しれっと若手やライバルの足を引っぱる人間がいることくらいは知っている。
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