緑の風、金の笛

穂祥 舞

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3 こいのうた

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 奏人はいつも通りの時間に目覚めた。見慣れない広い寝室に自分がいることに軽く驚いてから、家じゃなかったんだとひとつ息をつく。
 ベッドから下りて、カーテンを開けると、視界に稜線が映った。帯広では見ることのない、ぎざぎざした白っぽい山々が、やや紫味を帯びた薄青い空を切り取る光景。

「あら、起きてた? 朝ご飯にする?」

 扉をノックして入ってきた伯母は、パジャマ姿で窓際に佇む奏人を見て、言った。

「山を見てたの?」
「うん、きれいだから」
「そうね、……山はいつもあそこに在る安心感があるわね」

 奏人は着替えて顔を洗い、ダイニングに向かう。やわらかいテーブルロールにサラダ、スクランブルエッグ、デザートにりんごとヨーグルト。濃い目のミルクティが身体に沁みる感じがする。

「かなちゃん、ほんとに一人で松本空港まで来たのね?」

 伯母の言葉に、奏人はえ? と返す。

「お母さんが新千歳空港まで送ったんだと思ってたわ」
「……そんなに行きたいなら一人で行けって言われたから……お母さんに何処まで何に乗ればいいか教えてもらって……」

 奏人の言葉に、伯母は困ったような感心したような、複雑な表情を見せた。

「さすがドイツで単独武者修行した人の息子だわ、うちの子達だったら1200キロを一人で移動できなかったわね、あなたの年齢で」

 ヴァイオリニストだった母は、音大を出た後、3年ドイツに留学していた。詳しい話は奏人も知らないが、伯母の「武者修行」という言葉が本当なら、ちょっと今の母からは想像できない。

「JRの人も空港の人もみんな親切だったよ、一人でも全然平気だった」

 奏人は伯母を安心させたくて言った。伯母は優しく微笑する。

「もうかなちゃんは子どもじゃないわ、私もあなたをあまり子ども扱いしないようにしなくちゃね」

 そう言われると少し困る。昨日は大人になりたいと思ったけれど、せめてこの夏くらいは子どもとして伯母に甘えたい気がする。
 奏人はお腹いっぱいになるまで食べたあと、歯を磨きにもう一度洗面台に向かった。鏡に映る自分の姿を見て、子どもっぽいんだろうなと思う。身長は男女合わせて20人のクラス内で前から5番目だし、剣道教室では4年生と組まされることも多い(しかもめっぽう弱く、剣道着が似合うということしか取り柄が無い)。
 そんなところを父が不満に思っていることは理解している。父も母も小柄ではないし、人並みにご飯も食べているのに、どうしてこんなに細っこいのか? 祖母は、これから大きくなるのよと言うが、祖母の願望でしかないような気がする奏人である。
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