緑の風、金の笛

穂祥 舞

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4 おとなのはなし

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 3人で3枚のピザをきれいに平らげて、リビングに移動した。奏大は奏人が放ったらかしにしていた本を見つけて、夏休みの宿題? と訊いてきた。

「うん、読書感想文」

 奏人が持ってきていたのは『三銃士』だった。

「デュマかぁ、懐かしい……僕も中学生の頃一気読みしたなぁ」

 奏人は奏大が、図書館の先生のように「ダルタニャンだね」と言わず、作家の名を出したのに何となく感心する。

「デュマは初めて?」

 奏大の問いに奏人は頷いた。

「じゃあ『モンテ・クリスト伯』とかも面白いよ、これから楽しみがいっぱいだ」
「学校の図書館にあるかな」
「あるんじゃないかな? デュマ・フィスの『椿姫』も素敵だよ」

 デュマ・フィス? と奏人はおうむ返しした。奏大はにっこり笑った。

「デュマの息子なんだ、三銃士のデュマをデュマ・ペール……父デュマって呼ぶこともある」
「ということは親子で小説家?」

 そう、と奏大が答えると、新聞を読んでいた伯母が遠慮がちに口を挟む。

「奏大くん、かなちゃんに『椿姫』は早いんじゃないかしら?」

 どうして? と奏人は応じた。大人の物語なのだろうと察しはしたが。

「別にR15とかじゃないでしょう?」

 奏大が軽く笑う。そして奏人の目を覗きこんだ。薄い茶色の瞳に、ややからかうような色が見えた。

「ヒロインが高級娼婦なんだ」
「高級……しょうふ?」

 初めて聞く言葉だった。

「男の人に身体を売ってお金を稼ぐ女の人のことよ」

 身体を売るという行為が今ひとつぴんとこなかったものの、伯母の感情を排した説明に、それはきっと良くない仕事なのだろうと奏人は直感する。

「オペラもあるよ、学校からは観に行かないだろうけど」
「高級娼婦が主人公でどんなお話になるの? 何処かの王子様を偶然助けたりして冒険するの? その女の人はほんとは身分の高いおうちの出で、理由があってそれを内緒にしてるとか?」
「奏人くんは想像力豊かだね、それはデュマ・ペールっぽい展開だ」

 大人二人に笑われて、真面目に考えた奏人は少し不快になった。顔に出たらしく、奏大がごめん、と謝ってきた。

「恋をするんだよ、世間知らずの若い男に」

 ……それだけなのか。奏人は拍子抜けした。奏大は微笑みながら続ける。

「沢山話すとネタバレになるから、気になるなら読むといい」

 伯母は、明日車で買い出しに出るので、本屋に寄ろうと言ってくれた。

「私も文庫なら持ってるけど、新しい訳なんか出てそうだからその方がいいでしょ?」

 外国の話はそういう事情もあるのかと、奏人は納得する。小さい頃から外国の童話などにたまに感じる違和感は、文化や風俗の違いというよりは、訳のせいなのかも知れなかった。
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