夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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9 結花

ショウのお正月①

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 晶は雑煮と焼き鯛を食べ終わり、しばらくしてから、タオルとシューズを持ってレッスン場に向かった。一度玄関を出て、道をくるりと回り込んだ場所に、吉岡バレエスタジオの建物がある。
 母の運営するこのバレエ教室は、クリスマス会が終わった後、30日の夜までレッスン場を生徒のために開放していたが、正月4日までは休みである。30日に都内から帰省している晶は大掃除を手伝い、ピカピカになった部屋で毎日伸び伸びとストレッチをしている。

「晶、コンポ使う?」

 言いながらレッスン場に入って来たのは、英国ロイヤル・バレエ団のキャラクターダンサーである、姉のまりだ。晶がショウと呼ばれているように、彼女はメアリ・ヨシオカの名で、ヨーロッパのマニアックなバレエファンに親しまれている。プリンシパルではないが、姉は踊りに加えて、その演技力を高く評価されていた。シェイクスピアを産んだ国イギリスでは、ミュージカルもバレエも、演技力が無いと相手にされない。

「俺いい、姉貴使えよ」

 鞠はクリスマスの後に帰国し、4日に離日する。彼女の帰省中は、彼女のやりたいことを優先するのが吉岡家の不文律である。
 しかし鞠はバーを使ってゆったりと基礎練習を始めたものの、音楽を使う気配が無い。やがて彼女は弟に命じた。

「晶、あんたもやりなさい」
「面倒くさい」
「ウォームアップちゃんとしないから膝なんか壊すのよ、愚か者」
「うるせぇよ、普通そんな傷口に塩塗るようなこと言うか?」

 晶はムカッとしながらも、姉の後ろに立って姿勢を整える。足を5番にして、腕を上げた。

「ショーパブで踊ってるんだ」

 鞠は右足をバーに乗せて言った。晶はうん、と答えて前屈する。

「クリスマスのショーの動画見たわ」

 そう、と晶は応じた。ルーチェはクリスマスから年末にかけてのショーの一部を、店のYouTubeチャンネルにアップしていた。ドルフィン・ファイブのクリスマスショーの評判が良かったので、動画を公開したいと連絡があり、音楽の著作権と長さを考え、トナカイのワルツと「シング・シング・シング」を選んだと優弥から報告が来た。

「面白いじゃん、みんな良く踊るし……振り付けはあんたもやってんの?」
「一部は……ほとんどたけるさん」
「って真ん中の人? あれは篠崎さんか」
「そう、威さんはオレンジ色の髪の人」

 晶は身体を反らせる。天気が良く、レッスン場が明るくて心地良い。

「バレエ団の連中にも受けてるよ」
「それは光栄です……って何拡散してんだよ」
「だって弟元気してるかって訊かれんだもん」

 脚を壊して日本に戻った駆け出しのダンサーのことなど、覚えている人がいるというのがくすぐったい。まあ姉の同僚は、みんな自分の存在を知っているのだろうが。
 鞠はきれいなポジションで、脚をバーから離してバランスを取り、そのまま後ろに回していく。晶も脚をバーに乗せた。

「やっとあんたも踊りに色気が出て来たね、メアリは一瞬このハンサムなダンサー誰? って見違えちゃった」

 鞠は高さを変えずに回した脚をバーに乗せて、胸の前で手を組みながら言った。晶は失笑する。

「キモいぞ魔女」
「うるさい変態、あんたの粗チンを高貴な穴に受け入れてくれる奇特な男子でも見つかったの?」

 鞠の口の悪さに辟易しながら、晶は愛しい女装男子と彼女が同い年だと思い至る。鞠は早生まれなので、晴也より1学年上になるが。

「だったらどうする?」
「あら! どんな子よ」

 鞠は昔本気で好きになった男性がゲイだったことを逆恨みしていて、本人曰くゲイを憎んでいるが、弟がそうであることは何故か受け入れている。

「可愛い人だよ、クリスマスにやっとデートまで漕ぎつけた」
「写真無いの?」

 晶はスマートフォンに一枚だけ晴也の写真があることを思い出す。姉弟は同時にバーから脚を降ろした。
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