夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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12 憂惧

4-2

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 鼻の奥がつんとした。あ、何でだろう、泣けそう……頬が勝手に熱くなる。何でだろう、どうしてこんな奴が好きになったんだろう。顔が好きってだけで、こんなに執着するものだろうか。ずっと居ないものとして扱われ続けていたところに変に迫られて、早川の言うように、まんざらでもなくなったのか。
 晴也の目から熱い水が溢れ出る。こんなの嫌だ、意味がわからないまま人前で泣くなんて。俺はもっと強かった筈だ。

「ハルさん、どうしたの? どこか痛めた?」

 晶は晴也の様子がおかしいことに気づいて、覗き込んでくる。そして驚いて肩に手をかけてきた。

「ハルさん!」
「何でもない、ほんとに何でもないんだ」

 晴也は慌てて濡れた頬を手の甲で拭く。

「ごめん、無性に泣けたんだ」

 晶は心配そうに言う。

「気になることがあるなら言って、会社のこと?」

 言われて晴也は、最早会社でどんな陰口を聞かされようが、瑣末さまつなことだと思った。女の恰好で夜中の新宿をうろついて、ゲイ相手に裸で踊る男に恋をして何が悪い。誰に迷惑をかけるというのだ。

 うっ、と晴也はこらえきれなくなって嗚咽した。晶が再度眼鏡を取って頬を手で包み、指で涙を拭いてくれるのが嬉しくて、余計に泣けた。

「おまえが悪いんだ」

 晴也は晶の肩に額をつけて言った。

「おまえが俺をこんな惰弱な奴にした」
「俺のせいなのか? ハルさんはほんとは泣き虫なんだろ?」
「違う」

 晶は優しく背中を撫でてくれた。

「大丈夫、俺はハルさんの傍にいるから……ずっとハルさんの味方だから」

 晴也はうう、と言いながら頷いた。晶は晴也の髪を指に絡めながら、可愛い、と小さく呟く。だから、俺のほうが年上なのにそういう言い方はやめろ。
 でも可愛いと言われて大切に抱かれるのも、嬉しいのだから救いようがない。何なのだろう、この溢れるばかりで止まらないものは。きっと迷惑だし、気持ち悪いから、必死で堰き止めようとしているのに、晶に向かってどんどん流れ出していく。

「ハルさんが泣けて仕方がないときに傍にいたいから、一緒に暮らしたいな」
「……おまえほんとしつこいな、合鍵渡したんだからそれでしばらく我慢しろ」

 晴也は気恥ずかしくなってきて、虚勢を張った。顔を上げると、晴也の黒縁メガネは晶の頭の上に乗っかっていて、笑えた。彼は晴也の顔を見つめたが、もしかするとあまり良く見えていないのかも知れなかった。

「俺の合鍵も使ってくれよ、使用頻度が少ない時は年会費を徴収するから」
「どこのクレジットカードなんだよ、じゃあ今すぐ返すわ」

 あっそれは駄目、と晶は晴也を抱きしめてくる。

「持っててください……」

 晴也は了解の意味を込めて、晶の背中に手を回し軽く叩いた。こういう時、彼が愛おしいと思う。時計を見ると、あと15分で予約の時間いっぱいになりそうだった。

「ショウさん、時間もったいないよ」
「……もうちょっとやろうかな」

 晶は名残惜しげに晴也から腕を解き、床の上のスマートフォンを取りに行った。そして次はヴァイオリンとピアノのクラシックを流し始め、力を抜いて軽く動く。今自分を囲っていた長い腕が、温もった部屋の空気をかき混ぜる。
 こういう時間を過ごすのもいいと思う。晴也はヨガマットに座り直して脚を伸ばす。……お昼を済ませてから、ショウさんを見送ろう。何処かで食べようか、それとも何か買って帰ろうか。気持ちの良い休日になりそうだった。
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