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13 破壊、そして
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目覚めの良い晶と明里が朝食の準備をしてくれるようなので、晴也は一番最後に起き出した。
狭いキッチンに並ぶ2人は楽しげである。髪を手櫛で整えながら洗面所から出た晴也は、24時間前には全く想像もつかなかった光景に、夢を見ているのだろうかと思ってしまう。あっという間に、小さなテーブルに目玉焼きとトーストが並ぶ。
「合宿の朝感あっていいわぁ」
明里はコーヒーを美味しそうに飲みながら言った。晶は彼女に相槌を打ってから、晴也に言う。
「ハルさん、あまり食べてなかったんじゃないのか? 冷蔵庫の中が寂しかった」
晴也はうん、まあ、と否定しない。ここ半月、食事をすること自体がどうでも良かった。
「お兄ちゃんはもう大丈夫です、昨夜吉岡さんの傍で幸せそうに寝てましたから」
明里の言葉に、晴也は眉間に皺を寄せた。晶の顔を盗み見すると、少し蕩け気味になっている。
「ほんとに世話がかかる人ですみません」
「いえ、俺がきちんとしていなかったせいでハルさんを困らせました、俺が悪いんです」
「そんな、兄は何かと悪く考え過ぎです」
晴也は2人の会話にむくれてしまう。明里の言葉にはもちろん、晶の言葉にも何か納得いかない。ミルクティーを飲みながら、嵐が過ぎるのを待った。
食卓が片づくと、洗濯を回しながら身支度をした。晴也は晶のリクエストに応えて、うっすらと化粧をし、性別不詳の人になる。化粧よりも服の合わせかたで、男寄りか女寄りかが決まってくるとわかったので、今日は男寄りにしてみようと思う。
「うっわお兄ちゃん、きれいというか何というか」
洗面所を独占していた明里は、テーブルで眉を描いていた晴也に言った。晶が小さく笑う。
「こんな姿が一番ハルさんらしいと俺は思うんですよ……男であり、女でもある」
明里は感心したように晴也の顔を見つめる。
「お兄ちゃんさ、動画でメイクしてるとことか公開してみたら? ニーズあるよ、きっと」
晴也は思わずはぁ? と声を高くした。周辺に女装男子であることがバレたとは言え、見知らぬ人にまで拡散する必要はあるまい。しかし晶まで、面白いな、と感心する。
「ハルさんと美智生さんにはそれやってみて欲しい、2人ともすっぴんの時は女顔じゃないのに見事に女になってくるのはほとんど芸術的だよ」
楽天的な2人に惑わされそうになったが、ふと明里の眉が不自然なことに気づく。
「おい、左の眉だけ跳ね上がってないか?」
「え? あー、描きにくいのよね」
晴也はポーチから綿棒を出して、明里を前に座らせる。
「右利きが左を描きにくいのはあるけどさ、剃り過ぎじゃないのか? ガイドになるものが全く無いから余計に描きにくいんだよ」
「だって福原の眉毛、嫌いなんだもん」
晶は明里の言葉に笑った。晴也は綿棒で明里の描いた部分を消して、アイブロウペンシルを出した。
「福原家に遺伝する眉毛ってこと?」
「そうです、父の眉毛なんですよ、山型で……男ならともかく女は不細工で、姉は結婚式の時に半分剃りました」
晶は同情するように、それは大変、と言った。
「兄は福原の顔じゃないから眉もすらっとしてるでしょう?」
なるほど、と晶に覗きこまれて、晴也は思わず上半身を引いた。そして明里に言う。
「こんなに剃り落としてしまわなくても、山になってるとこと下がってるとこを少し抜けばいいんじゃないのか?」
「毛抜き使うの? お兄ちゃん面倒なことしてるんだ……」
「美は細部に宿るんだよ」
英子ママの受け売りだったが、真実だと晴也は思う。指先まで神経の行き届いた晶のダンスにも、言えるのではないか。
晶は終始兄妹の会話を楽しげに聞いていた。彼がその場にいることに、笑えるくらい違和感が無かった。
そうこう言ううちに洗濯が終わったので、洗濯機から洗い物を引っぱり出す。始める前に晶に声をかけると、いいの? と言いながら、タオルやシャツを出したので、そういうことを気にしないのだなと何処となくほっとした。
「お兄ちゃん、ほんと家事をちゃんとするようになったよねぇ、お母さんに報告しとく」
兄が晶と2人して狭いベランダに洗濯を干すのを見ながら、明里は言った。
「自分でしないと金がかかるって悟っただけだよ」
晴也が答えると、晶が口を挟んできた。
「俺はハルさんに嫁に来てもらうつもりでいますから」
「何言ってんだ、飯作るのおまえのほうが得意だろ」
はいはい、と明里はにやにやしながら肩を竦めた。惚気ていると見做されたと気づき、晴也は口を噤む。
少し寒いがよく晴れた中、白い軽自動車はのんびりと走り、まず明里を自宅まで送り届けた。彼女は晶に何度も礼を言い、最後に兄をよろしくお願いしますと余計なことを言って、ぱたぱたとマンションに入って行った。
晴也は助手席に乗り換えて、いろいろごめん、とまず晶に謝った。
「何に謝ってるんだ?」
「昨日の夜殴ったことから今明里を送ってくれたことまで」
晴也の返事に小さく笑って、晶はハンドルを切る。目的地はあっという間だった。駐車料金が高いので申し訳なかった。
狭いキッチンに並ぶ2人は楽しげである。髪を手櫛で整えながら洗面所から出た晴也は、24時間前には全く想像もつかなかった光景に、夢を見ているのだろうかと思ってしまう。あっという間に、小さなテーブルに目玉焼きとトーストが並ぶ。
「合宿の朝感あっていいわぁ」
明里はコーヒーを美味しそうに飲みながら言った。晶は彼女に相槌を打ってから、晴也に言う。
「ハルさん、あまり食べてなかったんじゃないのか? 冷蔵庫の中が寂しかった」
晴也はうん、まあ、と否定しない。ここ半月、食事をすること自体がどうでも良かった。
「お兄ちゃんはもう大丈夫です、昨夜吉岡さんの傍で幸せそうに寝てましたから」
明里の言葉に、晴也は眉間に皺を寄せた。晶の顔を盗み見すると、少し蕩け気味になっている。
「ほんとに世話がかかる人ですみません」
「いえ、俺がきちんとしていなかったせいでハルさんを困らせました、俺が悪いんです」
「そんな、兄は何かと悪く考え過ぎです」
晴也は2人の会話にむくれてしまう。明里の言葉にはもちろん、晶の言葉にも何か納得いかない。ミルクティーを飲みながら、嵐が過ぎるのを待った。
食卓が片づくと、洗濯を回しながら身支度をした。晴也は晶のリクエストに応えて、うっすらと化粧をし、性別不詳の人になる。化粧よりも服の合わせかたで、男寄りか女寄りかが決まってくるとわかったので、今日は男寄りにしてみようと思う。
「うっわお兄ちゃん、きれいというか何というか」
洗面所を独占していた明里は、テーブルで眉を描いていた晴也に言った。晶が小さく笑う。
「こんな姿が一番ハルさんらしいと俺は思うんですよ……男であり、女でもある」
明里は感心したように晴也の顔を見つめる。
「お兄ちゃんさ、動画でメイクしてるとことか公開してみたら? ニーズあるよ、きっと」
晴也は思わずはぁ? と声を高くした。周辺に女装男子であることがバレたとは言え、見知らぬ人にまで拡散する必要はあるまい。しかし晶まで、面白いな、と感心する。
「ハルさんと美智生さんにはそれやってみて欲しい、2人ともすっぴんの時は女顔じゃないのに見事に女になってくるのはほとんど芸術的だよ」
楽天的な2人に惑わされそうになったが、ふと明里の眉が不自然なことに気づく。
「おい、左の眉だけ跳ね上がってないか?」
「え? あー、描きにくいのよね」
晴也はポーチから綿棒を出して、明里を前に座らせる。
「右利きが左を描きにくいのはあるけどさ、剃り過ぎじゃないのか? ガイドになるものが全く無いから余計に描きにくいんだよ」
「だって福原の眉毛、嫌いなんだもん」
晶は明里の言葉に笑った。晴也は綿棒で明里の描いた部分を消して、アイブロウペンシルを出した。
「福原家に遺伝する眉毛ってこと?」
「そうです、父の眉毛なんですよ、山型で……男ならともかく女は不細工で、姉は結婚式の時に半分剃りました」
晶は同情するように、それは大変、と言った。
「兄は福原の顔じゃないから眉もすらっとしてるでしょう?」
なるほど、と晶に覗きこまれて、晴也は思わず上半身を引いた。そして明里に言う。
「こんなに剃り落としてしまわなくても、山になってるとこと下がってるとこを少し抜けばいいんじゃないのか?」
「毛抜き使うの? お兄ちゃん面倒なことしてるんだ……」
「美は細部に宿るんだよ」
英子ママの受け売りだったが、真実だと晴也は思う。指先まで神経の行き届いた晶のダンスにも、言えるのではないか。
晶は終始兄妹の会話を楽しげに聞いていた。彼がその場にいることに、笑えるくらい違和感が無かった。
そうこう言ううちに洗濯が終わったので、洗濯機から洗い物を引っぱり出す。始める前に晶に声をかけると、いいの? と言いながら、タオルやシャツを出したので、そういうことを気にしないのだなと何処となくほっとした。
「お兄ちゃん、ほんと家事をちゃんとするようになったよねぇ、お母さんに報告しとく」
兄が晶と2人して狭いベランダに洗濯を干すのを見ながら、明里は言った。
「自分でしないと金がかかるって悟っただけだよ」
晴也が答えると、晶が口を挟んできた。
「俺はハルさんに嫁に来てもらうつもりでいますから」
「何言ってんだ、飯作るのおまえのほうが得意だろ」
はいはい、と明里はにやにやしながら肩を竦めた。惚気ていると見做されたと気づき、晴也は口を噤む。
少し寒いがよく晴れた中、白い軽自動車はのんびりと走り、まず明里を自宅まで送り届けた。彼女は晶に何度も礼を言い、最後に兄をよろしくお願いしますと余計なことを言って、ぱたぱたとマンションに入って行った。
晴也は助手席に乗り換えて、いろいろごめん、とまず晶に謝った。
「何に謝ってるんだ?」
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