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13 破壊、そして
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水族館は思ったより混んでいなかった。だが晴也はこんな場所にデートに来るのは初めてで、館内が仲睦まじ気なカップルや家族連れで溢れていることに、やや気後れしてしまった。
晶について中に入ると、水色の空間にふわふわ漂う白いクラゲたちや、群青の水のトンネルが神秘的で、晴也の気持ちが和み、すぐに浮き立った。ここしばらく色の無いような日々を過ごしていたせいか、青が眩しいくらいである。晶の後ろ姿がシルエットになるのが美しくて、密かに見惚れた。
晶は基本的に生きものが好きらしく、チンアナゴを見て喜んだ。もっと喜んだのはペンギンたちのいるコーナーで、子どもに混じって水中をすいすい泳ぐペンギンを飽きずに眺めている。
「ペンギンってハルさんみたい」
「……おまえどれだけ俺を鳥に例えたら気が済むんだよ」
晴也は嬉し気に言う晶をつい睨みつけた。晶はいつものように、晴也の攻撃的な空気を意に介さず話す。
「だってほら、地上にいる時はもたもた歩いてるのに、水の中に入るとこんな力強く自由に泳いで……めぎつねにいる時のハルさんみたいだ」
晴也は言われて、岩場からどんくさそうに水際に近づくペンギンを見つめた。ペンギンは小さな水飛沫を立て、頭から飛び込むや否や、別の生き物のように素早く泳ぐ。その嬉し気で生き生きした様子は、確かに目を奪われる。
「よちよち歩いてるペンギンっぽい昼間のハルさんを見て、早川みたいな奴が勘違いするんだ……ハルさんは夜に水に飛び込んだら、何も恐れず好きに泳いで他人の助けなんか要らないのに」
「……早川さんが勘違いしてるかどうか知らないし、他人の助けが要らない訳でもない」
晴也が言うと、晶は少し首を傾けた。
「不愉快な名前を出してごめん」
「おまえが嫌ってるほど俺は早川さんが嫌いじゃないぞ、一番世話になってきた先輩だからな」
ハルさんは優し過ぎるよ、と晶は苦笑した。ペンギンたちは人間の視線などつゆ程も気にせず、それぞれ好きな場所でのんびりと過ごしている。
「ハルさんと一緒に暮らすようになったらチンアナゴかペンギンを飼いたい」
「それ無理だから、俺はむしろチンアナゴかペンギンに転生したい」
「ペンギンは雄同士で番になって子育てすることもあるらしいからな、それ賛成」
「……おまえとはたぶん番わない」
晴也の言葉に、晶は目を丸くしてから眉の裾を下げた。本気でがっかりしているようだった。ふと隣に立っていたカップルの視線を感じて、晴也は晶の袖を引く。長居し過ぎだ。
「来世俺と番ってくれないなんて……泣きそう」
晶は悲し気に訴えるが、晴也は彼のコートの袖を掴んだまま順路を先に進んだ。
「はいはい、みんなペンギン見たいんだから次行くよ」
進んだ先でオットセイがくるくると泳ぎ回るのを見て、晶は気を良くしたらしく、また笑顔が戻った。子どもかよ……晴也は呆れるが、可愛いところがあるんだなとも思ってしまう。
ひとつ上のフロアに上がり、大海原の水中を模した水槽の前に来ると、青の美しさと、そこにアクセントをつけるように銀色に煌めく、大小の海の生きものたちの姿に、2人して言葉も無く見入った。他のカップルもいたが、皆一様に静かに見学しているので、海の底に晶とふたりきりでいるような錯覚に捉われる。
晴也がふと我に返ったのは、晶の指先が右手の甲に触れたからだった。彼は水の中を見つめたまま、晴也の手を求めていた。綺麗な横顔を少し見つめてから、水の中に視線を戻して、彼の中指と人差し指を握ってやった。……馬鹿じゃねぇの、学生みたいに水族館デートで盛り上がっちゃったりして。晴也は胸の中で自分と晶を嘲笑したが、ちょっと、いやかなり楽しいのは否定できなかった。晶の指先は、温かかった。
晶について中に入ると、水色の空間にふわふわ漂う白いクラゲたちや、群青の水のトンネルが神秘的で、晴也の気持ちが和み、すぐに浮き立った。ここしばらく色の無いような日々を過ごしていたせいか、青が眩しいくらいである。晶の後ろ姿がシルエットになるのが美しくて、密かに見惚れた。
晶は基本的に生きものが好きらしく、チンアナゴを見て喜んだ。もっと喜んだのはペンギンたちのいるコーナーで、子どもに混じって水中をすいすい泳ぐペンギンを飽きずに眺めている。
「ペンギンってハルさんみたい」
「……おまえどれだけ俺を鳥に例えたら気が済むんだよ」
晴也は嬉し気に言う晶をつい睨みつけた。晶はいつものように、晴也の攻撃的な空気を意に介さず話す。
「だってほら、地上にいる時はもたもた歩いてるのに、水の中に入るとこんな力強く自由に泳いで……めぎつねにいる時のハルさんみたいだ」
晴也は言われて、岩場からどんくさそうに水際に近づくペンギンを見つめた。ペンギンは小さな水飛沫を立て、頭から飛び込むや否や、別の生き物のように素早く泳ぐ。その嬉し気で生き生きした様子は、確かに目を奪われる。
「よちよち歩いてるペンギンっぽい昼間のハルさんを見て、早川みたいな奴が勘違いするんだ……ハルさんは夜に水に飛び込んだら、何も恐れず好きに泳いで他人の助けなんか要らないのに」
「……早川さんが勘違いしてるかどうか知らないし、他人の助けが要らない訳でもない」
晴也が言うと、晶は少し首を傾けた。
「不愉快な名前を出してごめん」
「おまえが嫌ってるほど俺は早川さんが嫌いじゃないぞ、一番世話になってきた先輩だからな」
ハルさんは優し過ぎるよ、と晶は苦笑した。ペンギンたちは人間の視線などつゆ程も気にせず、それぞれ好きな場所でのんびりと過ごしている。
「ハルさんと一緒に暮らすようになったらチンアナゴかペンギンを飼いたい」
「それ無理だから、俺はむしろチンアナゴかペンギンに転生したい」
「ペンギンは雄同士で番になって子育てすることもあるらしいからな、それ賛成」
「……おまえとはたぶん番わない」
晴也の言葉に、晶は目を丸くしてから眉の裾を下げた。本気でがっかりしているようだった。ふと隣に立っていたカップルの視線を感じて、晴也は晶の袖を引く。長居し過ぎだ。
「来世俺と番ってくれないなんて……泣きそう」
晶は悲し気に訴えるが、晴也は彼のコートの袖を掴んだまま順路を先に進んだ。
「はいはい、みんなペンギン見たいんだから次行くよ」
進んだ先でオットセイがくるくると泳ぎ回るのを見て、晶は気を良くしたらしく、また笑顔が戻った。子どもかよ……晴也は呆れるが、可愛いところがあるんだなとも思ってしまう。
ひとつ上のフロアに上がり、大海原の水中を模した水槽の前に来ると、青の美しさと、そこにアクセントをつけるように銀色に煌めく、大小の海の生きものたちの姿に、2人して言葉も無く見入った。他のカップルもいたが、皆一様に静かに見学しているので、海の底に晶とふたりきりでいるような錯覚に捉われる。
晴也がふと我に返ったのは、晶の指先が右手の甲に触れたからだった。彼は水の中を見つめたまま、晴也の手を求めていた。綺麗な横顔を少し見つめてから、水の中に視線を戻して、彼の中指と人差し指を握ってやった。……馬鹿じゃねぇの、学生みたいに水族館デートで盛り上がっちゃったりして。晴也は胸の中で自分と晶を嘲笑したが、ちょっと、いやかなり楽しいのは否定できなかった。晶の指先は、温かかった。
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