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13 破壊、そして
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やがて晶は、軽く踵を踏みながら、ディズニーの明るいミュージカルソングを口ずさみ始めた。
「Under the sea……since life is sweet here, we got the beat here, naturally……」
晶の歌声は決して大きくはないが、さすが大きなホールに届かせていただけのことはあり、薄暗い水族館の中でまろく響いた。2メートル離れた場所に立つカップルの女性がこちらを見て、くすっと笑う。嫌な笑い方ではなく、この歌を知っているからだろうと晴也は思った。
「ね、歌上手……」
彼女がこそっと彼氏に言ったのが聞こえ、晴也ははっとした。まずい、これじゃ渋谷の二の舞だ。晴也は晶の腕を引く。
「歌うな! 踊るな!」
「えっ、ごめん」
晴也は視線を浴び始めたことに耐えかねて、その場を離れた。晶は慌ててついてくる。晴也だって晶が歌ったり踊ったりするのを見るのは好きだが、テンションが上がるとすぐこうなるのは、時と場合によってはどうかと思う。
「ごめんなさい」
晶が叱られた犬みたいにしゅんとしたので、晴也のほうが申し訳なくなった。
「いや、うん……そろそろお土産買ってどこかでお昼食べよう」
晴也の言葉に晶はうん、と頷く。そんな彼はやはり子どもっぽかった。
晶が職場にお土産を買うと言うので、晴也もめぎつねのメンバーのためにお菓子を買うことにした。割にじっくりとお土産コーナーを見て回り、水族館の外のショッピングモールでとんかつを食べた。
その後スカイツリーの天望デッキに昇ると、眼下に広がる東京の景色は予想外にきれいだった。晴也は初めて見る風景にしばし見惚れたが、晶のテンションが変に上がったらしく、また歌わないよう押しとどめた。晶はこの展望台に来るのは初めてではないという。馬鹿と煙は何とやらとは良く言ったものだと、晴也は呆れた。
「ハルさんはアルコールが入らないと盛り上がってくれないんだな、よくわかった」
地上に降りるエレベーターの中で晶が不満気に言うので、晴也はちらっと彼を見上げる。
「素面で常に盛り上がるおまえがおかしいだろ」
「そうかな、喜びは素直に表現しないと……こんな良い天気だと東京も素敵に思えるじゃないか、富士山も見えたし」
「だからその無駄な欧米風がついて行けないって言ってんだよ」
エレベーターの中にくすくす笑う声が広がった。晴也は慌てて下を向く。
「綺麗でしたよね?」
晶は隣に立つ子ども連れの男性に訊いた。彼はえっ、と戸惑いつつも、はい、とても、と答えた。彼の手を取る幼稚園児らしき男の子も答える。
「ビルがとーっても小さかったよ、あの中にいる人はみんな小人になっちゃうのかな」
「そうか、そうだなぁ」
晶が答えるので、またエレベーターの中に笑いが起こる。男の子は晶に手を振り、会釈する父親に促されて先にエレベーターから降りた。
「ショウさん、子どもは好き?」
晴也は訊いた。晶はえ? と言い、うーん、と首を傾げた。嫌いではないのだろう、小学生にダンスを教えるくらいなのだから。
「俺はショウさんの子どもは産めないよ」
「……ハルさん、そんなこと考えてくれてるの? ああ、擬似子づくり行為がしたくなってきた……」
は? と晴也は声を高くした。晶は眼鏡の奥の目を爛々と輝かせている。
「今からホテル行く?」
「待てっ、何の話をしてるんだよ」
晴也は晶の言っていることが全て「セックスしたい」と同義語であることにやっと気づき、ぱっと彼から離れた。
「俺はここから電車で帰る」
「そんな無体な」
確かに晶の洗濯物も干しているので、取りに来させる必要があった。駐車場を出たのは3時で、陽射しには僅かに夕方の色が混じり始めていた。晴也は駐車料金を半分渡そうと財布を開けたが、晶は固辞した。
「Under the sea……since life is sweet here, we got the beat here, naturally……」
晶の歌声は決して大きくはないが、さすが大きなホールに届かせていただけのことはあり、薄暗い水族館の中でまろく響いた。2メートル離れた場所に立つカップルの女性がこちらを見て、くすっと笑う。嫌な笑い方ではなく、この歌を知っているからだろうと晴也は思った。
「ね、歌上手……」
彼女がこそっと彼氏に言ったのが聞こえ、晴也ははっとした。まずい、これじゃ渋谷の二の舞だ。晴也は晶の腕を引く。
「歌うな! 踊るな!」
「えっ、ごめん」
晴也は視線を浴び始めたことに耐えかねて、その場を離れた。晶は慌ててついてくる。晴也だって晶が歌ったり踊ったりするのを見るのは好きだが、テンションが上がるとすぐこうなるのは、時と場合によってはどうかと思う。
「ごめんなさい」
晶が叱られた犬みたいにしゅんとしたので、晴也のほうが申し訳なくなった。
「いや、うん……そろそろお土産買ってどこかでお昼食べよう」
晴也の言葉に晶はうん、と頷く。そんな彼はやはり子どもっぽかった。
晶が職場にお土産を買うと言うので、晴也もめぎつねのメンバーのためにお菓子を買うことにした。割にじっくりとお土産コーナーを見て回り、水族館の外のショッピングモールでとんかつを食べた。
その後スカイツリーの天望デッキに昇ると、眼下に広がる東京の景色は予想外にきれいだった。晴也は初めて見る風景にしばし見惚れたが、晶のテンションが変に上がったらしく、また歌わないよう押しとどめた。晶はこの展望台に来るのは初めてではないという。馬鹿と煙は何とやらとは良く言ったものだと、晴也は呆れた。
「ハルさんはアルコールが入らないと盛り上がってくれないんだな、よくわかった」
地上に降りるエレベーターの中で晶が不満気に言うので、晴也はちらっと彼を見上げる。
「素面で常に盛り上がるおまえがおかしいだろ」
「そうかな、喜びは素直に表現しないと……こんな良い天気だと東京も素敵に思えるじゃないか、富士山も見えたし」
「だからその無駄な欧米風がついて行けないって言ってんだよ」
エレベーターの中にくすくす笑う声が広がった。晴也は慌てて下を向く。
「綺麗でしたよね?」
晶は隣に立つ子ども連れの男性に訊いた。彼はえっ、と戸惑いつつも、はい、とても、と答えた。彼の手を取る幼稚園児らしき男の子も答える。
「ビルがとーっても小さかったよ、あの中にいる人はみんな小人になっちゃうのかな」
「そうか、そうだなぁ」
晶が答えるので、またエレベーターの中に笑いが起こる。男の子は晶に手を振り、会釈する父親に促されて先にエレベーターから降りた。
「ショウさん、子どもは好き?」
晴也は訊いた。晶はえ? と言い、うーん、と首を傾げた。嫌いではないのだろう、小学生にダンスを教えるくらいなのだから。
「俺はショウさんの子どもは産めないよ」
「……ハルさん、そんなこと考えてくれてるの? ああ、擬似子づくり行為がしたくなってきた……」
は? と晴也は声を高くした。晶は眼鏡の奥の目を爛々と輝かせている。
「今からホテル行く?」
「待てっ、何の話をしてるんだよ」
晴也は晶の言っていることが全て「セックスしたい」と同義語であることにやっと気づき、ぱっと彼から離れた。
「俺はここから電車で帰る」
「そんな無体な」
確かに晶の洗濯物も干しているので、取りに来させる必要があった。駐車場を出たのは3時で、陽射しには僅かに夕方の色が混じり始めていた。晴也は駐車料金を半分渡そうと財布を開けたが、晶は固辞した。
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