夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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16 熱誠

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「前髪はどうしますか? 少し切ったほうがスタイル的にも決まると思うんですけど」

 少し目を上げると、晴也の髪の癖であるうねりが、パーマを軽く当てたようにふわふわしていた。晴也は驚く。カットだけでこんな風にできるのか。これなら袖無しのワンピースも、ボリュームのあるスカートも着こなせそうだ。
 晴也は美容師の腕を信じて、前髪を切り、すかしてもらう。彼は鼻の頭に落ちる切れた細かい髪を、ブラシで丁寧に払ってくれた。

「前髪は女性っぽくしてみました、でもしっくり来てますね」
「良いと思います」

 晴也は言った。服選びにも気合いが入るというものだ。晶もカットが済んだ様子で、襟足をバリカンで整えられていた。

 美容師は晴也のエプロンを軽く払い、椅子を引いた。

「ではシャンプー台にご案内しますね」
「えっ、カット終わったんじゃないんですか?」
「ヘッドスパもご予約いただいてますよ」

 横から晶が声をかけてきた。

「ハルさん、俺からのプレゼントだ……最近いろいろ慣れないことに引きずり回してるから、お礼」

 目を丸くする晴也に、女性の美容師が言った。

「今ペアでヘッドスパキャンペーンやってるんです」

 あ、なるほど、と晴也は納得する。晶のトップの髪をくしゃくしゃとしながら、女性の美容師が晴也に笑いかけた。
 シャンプー台は個室になっていた。緩やかなピアノの音楽が流れ、照明がやや落とされている。いい香りのオイルを手に垂らした美容師が、仰向けになった晴也の髪の毛に指を入れた。

「寝てらしていいですよ」

 地肌を指の腹でゆっくりマッサージしてもらうのは、気持ち良かった。晴也はゆったりと頭じゅう愛撫され、バラの香りや緩やかな音楽に包まれて、眠気を覚えた。これマジで気持ちいい……瞼が勝手に落ちてくる。今自分が何処にいるのか、わからなくなってしまう。

「……ショウさん」

 ふわふわしたいい匂いのする雲の上を歩いているようだった。何も不安なことなど無いのに、つい晶を呼んでしまった。というより、口が勝手に彼の名を呟いたような感じだった。……あいつ何処行ったんだ?

「ハルさん、起きて」

 耳のそばで声がした。晴也の意識がじわりと覚醒する。朝なのか? 今日は髪を切りに行って、眼鏡を見に行く話になってたはず……でもショウさんを泊めた記憶も、俺が高円寺に行った記憶も無いんだけどな。微かな疑問が脳内をよぎった。
 晴也はゆっくりと目を開いた。淡いオレンジ色の明かりを背負って、整った顔が視界に飛び込んでくる。最近こういうシチュエーションにも慣れて、驚かなくなった。おはよ、と晴也は晶に言った。
 すると晶は、口を手で押さえてぶっと吹き出した。同時に頭の上から、笑い声がする。
 晴也は思わず身体を起こし、晶と美容師がばか受けする姿をぽかんと見つめる。頭には柔らかなタオルが巻かれていて、それに触れてようやく晴也は、ヘッドスパの最中に寝入ってしまったことに気づいた。

「ハルさん可愛い……たまらん……」

 晶は晴也の足許にしゃがみこみ、顔を両手で覆った。肩が笑いとともに震えている。晴也は自分でもわかるくらい、顔を真っ赤にした。こんな場所でぐっすり寝入るなんて。

「な、何分くらい寝てたんですか?」
「10分も経ってませんよ、先にヘッドスパが終わった吉岡さんがいらっしゃって」

 晴也は美容師にうながされ、シャンプー台から降りた。晶は晴也がふらつくなどしたら助けるつもりだったのか、すぐそばに立っていたが、笑いが止まらないようだった。

「あれで起きなければチューしてやるつもりだった」

 晴也はむっとして、言った。

「おまえさっきから遠慮が無さ過ぎなんじゃないのか? 人前だよ?」
「だってハルさんと散髪とか買い物とか嬉しいから」

 晶は切れ長の目許を仄かに染めていた。その朱い色が耳に繋がっているように見えた。なんて顔してるんだ、見てるこっちが照れるわ。
 出し抜けに、彼がベッドの中ではいつもこんな顔をしているのかもしれないと晴也は思う。晴也が暗いほうが好きなので、寝室はいつも全消灯だ。目が慣れてくると表情はわかるが、肌の色までは判別できない。明るい場所で晶が心底デレているのを、晴也は初めて見たのかもしれなかった。
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