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第3章 鶴呼びの娘、襲われる
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公園を抜けた道に若い男女が通りかかったのが見えた。知沙の声が聞こえたらしく、走ってこちらにやって来た。ほっとして腰が砕けそうになる。
「大丈夫ですか!」
「はい、今警察に……あっ」
知沙が振り返ると、2人の男は脚をもつれさせながら、車に戻ろうとしていた。写真、と言って男性がズボンのポケットからスマホを出すのを見て、知沙もカメラを立ち上げた。ズームしてもナンバープレートはわからないが、車種くらい判別できそうだ。
男たちは何かわめきながら車に乗り込み、エンジンをかけた。逃げられるのは悔しいが、とても追う気にはなれない。その時、あの巨鳥が飛び出してきて、車の前に立ちふさがるような動きをした。
「あれ何だ? 鳥?」
「あっ、危ない!」
男女が口々に言い、知沙も小さく叫んだ。車は急発進し、咄嗟に飛び上がろうとした鳥に体当たりしたのだ。
鳥をはねてから、車は猛スピードでバックして走り、遥か向こうでUターンしたようだった。鳥はふらっと飛び上がりかけて、アスファルトに落ちる。驚いた知沙は鳥に向かって走り出した。
「大丈夫⁉」
知沙は横倒しになった鳥に駆け寄り、そばにかがみこむ。よく全貌がわからないものの、白くて大きい鳥だった。結果的に助けてくれたのに、死なれたりしたらたまらない。母も事故に遭った時、こんな風だったのだろうかと思うと、胸が苦しくなった。
「しっかりして!」
知沙の呼びかけに応えるように、鳥は長い首を持ち上げ羽を広げて、ゆらりと細い足で立ち上がった。知沙の肩くらいの高さがある。小さな顔には長い嘴がついていて、身体の一部の毛は黒いようで、知沙は北海道に行った時に見たタンチョウを思い出した。
意外にも鳥は逃げなかった。知沙が薄暗がりの中で目を凝らすと、左の翼に赤い色が滲んでいたので、飛べないのかと思い申し訳なく思った。
この子が群れに帰れなくなったりしたらどうしよう、近所の動物病院に連れて行こうか。別にこの鳥は自分を助けようとして動いたのではなかっただろうが、怪我の原因を作ったのが悔やまれた。
鳥が怪我をした翼をふわふわ動かしたので、知沙は通じる訳もないと思いつつ、その小さな頭に向かって話しかけた。
「待って、傷口洗うね、ばい菌入ったらよくないから」
知沙はショルダーバッグから、まだ開けていなかった水のペットボトルを出した。震えが残る手で蓋を開け、血が滲んだ鳥の翼に近づける。鳥は知沙の意図を汲み取ったかのように、翼をそっと持ち上げた。
「ちょっとしみるかも……」
言いながらそっと水をかけると、翼がぴくっと震えた。ペットボトルの半分ほどの水で洗うと、羽を汚していた血が少し流れ落ち、もう出血していないことがわかった。
パトカーがサイレンを鳴らして到着したのが見えた。助けてくれた男女が、こちらを見ながら警察官に対応している。知沙が身体の底から安堵の息をつくと、鳥がふわっと羽を広げて、音も無くその場から飛び立った。
「あっ……ありがとう! 元気でね!」
知沙は鳥が夜空の黒に溶け込んでいくのを見送りながら、飛べてよかったと心から思った。その場に白い羽根が1本だけ残されていたので、そっと拾う。近づいてきた警察官は、空を見上げながら言った。
「鶴ですかね? この辺にも生息してるんですね」
「大丈夫ですか!」
「はい、今警察に……あっ」
知沙が振り返ると、2人の男は脚をもつれさせながら、車に戻ろうとしていた。写真、と言って男性がズボンのポケットからスマホを出すのを見て、知沙もカメラを立ち上げた。ズームしてもナンバープレートはわからないが、車種くらい判別できそうだ。
男たちは何かわめきながら車に乗り込み、エンジンをかけた。逃げられるのは悔しいが、とても追う気にはなれない。その時、あの巨鳥が飛び出してきて、車の前に立ちふさがるような動きをした。
「あれ何だ? 鳥?」
「あっ、危ない!」
男女が口々に言い、知沙も小さく叫んだ。車は急発進し、咄嗟に飛び上がろうとした鳥に体当たりしたのだ。
鳥をはねてから、車は猛スピードでバックして走り、遥か向こうでUターンしたようだった。鳥はふらっと飛び上がりかけて、アスファルトに落ちる。驚いた知沙は鳥に向かって走り出した。
「大丈夫⁉」
知沙は横倒しになった鳥に駆け寄り、そばにかがみこむ。よく全貌がわからないものの、白くて大きい鳥だった。結果的に助けてくれたのに、死なれたりしたらたまらない。母も事故に遭った時、こんな風だったのだろうかと思うと、胸が苦しくなった。
「しっかりして!」
知沙の呼びかけに応えるように、鳥は長い首を持ち上げ羽を広げて、ゆらりと細い足で立ち上がった。知沙の肩くらいの高さがある。小さな顔には長い嘴がついていて、身体の一部の毛は黒いようで、知沙は北海道に行った時に見たタンチョウを思い出した。
意外にも鳥は逃げなかった。知沙が薄暗がりの中で目を凝らすと、左の翼に赤い色が滲んでいたので、飛べないのかと思い申し訳なく思った。
この子が群れに帰れなくなったりしたらどうしよう、近所の動物病院に連れて行こうか。別にこの鳥は自分を助けようとして動いたのではなかっただろうが、怪我の原因を作ったのが悔やまれた。
鳥が怪我をした翼をふわふわ動かしたので、知沙は通じる訳もないと思いつつ、その小さな頭に向かって話しかけた。
「待って、傷口洗うね、ばい菌入ったらよくないから」
知沙はショルダーバッグから、まだ開けていなかった水のペットボトルを出した。震えが残る手で蓋を開け、血が滲んだ鳥の翼に近づける。鳥は知沙の意図を汲み取ったかのように、翼をそっと持ち上げた。
「ちょっとしみるかも……」
言いながらそっと水をかけると、翼がぴくっと震えた。ペットボトルの半分ほどの水で洗うと、羽を汚していた血が少し流れ落ち、もう出血していないことがわかった。
パトカーがサイレンを鳴らして到着したのが見えた。助けてくれた男女が、こちらを見ながら警察官に対応している。知沙が身体の底から安堵の息をつくと、鳥がふわっと羽を広げて、音も無くその場から飛び立った。
「あっ……ありがとう! 元気でね!」
知沙は鳥が夜空の黒に溶け込んでいくのを見送りながら、飛べてよかったと心から思った。その場に白い羽根が1本だけ残されていたので、そっと拾う。近づいてきた警察官は、空を見上げながら言った。
「鶴ですかね? この辺にも生息してるんですね」
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