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新学期
4月⑦
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「おお、いい風景だねぇ」
芝居掛かった口調で背後から話しかけてきたのは、3年バスの岸本である。
「合唱祭で歌う曲、別に春の歌でもいいと俺思うんだけどなぁ」
夏の大舞台に上げる1曲は、井上陽水の「少年時代」に決まった。男声2部に編曲された新しい楽譜を小山が持ってきて、伴奏も凝っているし、バスパートにも主旋律があることが、推された理由だった。
三喜雄は岸本の意見に賛同を示す。
「うん、『少年時代』はいい曲だけど割とみんな歌うし、季節感とか言い出したら選曲の幅狭まるな」
「春の歌っていいやつ多いじゃん? みんな大好きな歌い上げ系もてんこ盛りだよ」
岸本は窓枠に腕をかけて、下を軽く覗きこんだ。おそらくこの学校は今、春の一番美しい季節を迎えている。美術部員の絶好のスケッチモデルだろう。
「はあぁ、きれいだねぇ」
詠嘆する岸本は、ポップスでもロックでも驚くくらい曲を知っていて、カラオケのレパートリーも多く、かなり上手い。何故軽音楽部でヴォーカルをしていないのか、グリーのメンバーの多数が謎だと思っている。三喜雄は岸本がクラシック系を開拓したいと話すのを聞いたので、なるほどと納得しているが。
グリークラブの周辺は、歌が好きだという人間だらけだ。三喜雄だって歌は好きだが、ふと思うことがある。俺は声楽を専攻して、将来それに関係する仕事で食っていきたいと、本当に心から願っているのだろうか? 音楽で生きていく資格のある奴は他に沢山いて、自分の歌への愛や情熱は、そいつらには到底敵わないではないのか?
「片山、美術部に連れいた?」
岸本に訊かれて、は? と三喜雄は彼を見る。
「いや、あいつ見てるから……俺美術部の奴って話したことないんだけど」
岸本が顎をしゃくって示したのは、真下に座る高崎だった。そんなに彼を見ているつもりは無かったので、三喜雄は少し焦ってしまう。
「あ、あいつ2年生でさ、6限終わってクラブ始まる前にたまに音楽室のピアノを弾きに来るんだ」
「へぇ~、そんな奴いるんだ」
めちゃピアノ上手いんだけど、と続けようとした三喜雄は、すらりと背の高い男が、桜の木の下に座る部員たちのスケッチブックを、順番に覗いて回っていることに気づいた。
美術部部長の須々木である。学生向けコンテストの入賞常連者らしく、個々の部員に何かアドバイスしているのだろう。
「あー、須々木か」
岸本が平たい声で言ったので、三喜雄は探りを入れてみる。
「あいつ知ってるの? 俺は話したことも無いんだけど」
「中学一緒なんだ、家も結構近所……でも昔も今も話したことないな」
岸本の口ぶりには、本当に自分には無関係だという冷淡に近いものが滲み出ていた。彼にしては珍しいと感じる。
「だってさぁ、美術部もグリーもただの隠キャのオタクが集う場所だろ? なのにちょっと顔が良くて家が医者だからってさ、あいつ中学時代から女子に人気あって、俺的には異星人」
言いながら白目を剥いた岸本に、三喜雄は笑ってしまう。
「待てよ、それは単に羨ましいって話?」
「おまえにはデリカシーってもんが無いのか、片山よ……」
岸本は大仰に眉間に皺を寄せた。
「羨ましいなんて言ったら、俺の最後のプライドが砕け散るだろうが」
「そんな低空飛行のプライドとっとと捨てろ」
「鬼畜かよ!」
その時教室の扉がガラリと音を立てて開き、深井のよく通る声が響いた。
「休憩終わるぞ! テノールからちょっとずつパー練しようか、バリバスちゃんと用意しとけよ」
はぁい、と答えた岸本はのろのろと窓から離れた。三喜雄もそれに続くつもりで、もう一度窓の外を見た。そして自分の目を疑った。
高崎の座る木の近くまで来た須々木は、そのひとつ隣の木の下でスケッチをしていた部員のそばにかがみ込み、何か指を出しながらアドバイスしている様子だったが、それが済み立ち上がると、高崎の前を素通りしたのである。
須々木は校舎の中に戻る用事があったのかもしれない。しかし明らかに高崎は須々木の背中を目で追っていて、高崎が故意にスルーされたようにしか、三喜雄には感じられなかった。
何だあいつ。三喜雄の胸の中に不快感が一気に湧き立った。高崎はスケッチブックに視線を戻して、何も起きなかったかのように絵筆を動かし始める。彼が不憫だった。
上級生が、ましてや部長が取る態度かよ。堂内の話は事実ってことか、クソが。
三喜雄は1人で須々木に対してむかむかしながら、持ち場に戻った。今すぐ下に駆け降りて高崎にひと声かけたかったが、そういう訳にもいかなかった。
芝居掛かった口調で背後から話しかけてきたのは、3年バスの岸本である。
「合唱祭で歌う曲、別に春の歌でもいいと俺思うんだけどなぁ」
夏の大舞台に上げる1曲は、井上陽水の「少年時代」に決まった。男声2部に編曲された新しい楽譜を小山が持ってきて、伴奏も凝っているし、バスパートにも主旋律があることが、推された理由だった。
三喜雄は岸本の意見に賛同を示す。
「うん、『少年時代』はいい曲だけど割とみんな歌うし、季節感とか言い出したら選曲の幅狭まるな」
「春の歌っていいやつ多いじゃん? みんな大好きな歌い上げ系もてんこ盛りだよ」
岸本は窓枠に腕をかけて、下を軽く覗きこんだ。おそらくこの学校は今、春の一番美しい季節を迎えている。美術部員の絶好のスケッチモデルだろう。
「はあぁ、きれいだねぇ」
詠嘆する岸本は、ポップスでもロックでも驚くくらい曲を知っていて、カラオケのレパートリーも多く、かなり上手い。何故軽音楽部でヴォーカルをしていないのか、グリーのメンバーの多数が謎だと思っている。三喜雄は岸本がクラシック系を開拓したいと話すのを聞いたので、なるほどと納得しているが。
グリークラブの周辺は、歌が好きだという人間だらけだ。三喜雄だって歌は好きだが、ふと思うことがある。俺は声楽を専攻して、将来それに関係する仕事で食っていきたいと、本当に心から願っているのだろうか? 音楽で生きていく資格のある奴は他に沢山いて、自分の歌への愛や情熱は、そいつらには到底敵わないではないのか?
「片山、美術部に連れいた?」
岸本に訊かれて、は? と三喜雄は彼を見る。
「いや、あいつ見てるから……俺美術部の奴って話したことないんだけど」
岸本が顎をしゃくって示したのは、真下に座る高崎だった。そんなに彼を見ているつもりは無かったので、三喜雄は少し焦ってしまう。
「あ、あいつ2年生でさ、6限終わってクラブ始まる前にたまに音楽室のピアノを弾きに来るんだ」
「へぇ~、そんな奴いるんだ」
めちゃピアノ上手いんだけど、と続けようとした三喜雄は、すらりと背の高い男が、桜の木の下に座る部員たちのスケッチブックを、順番に覗いて回っていることに気づいた。
美術部部長の須々木である。学生向けコンテストの入賞常連者らしく、個々の部員に何かアドバイスしているのだろう。
「あー、須々木か」
岸本が平たい声で言ったので、三喜雄は探りを入れてみる。
「あいつ知ってるの? 俺は話したことも無いんだけど」
「中学一緒なんだ、家も結構近所……でも昔も今も話したことないな」
岸本の口ぶりには、本当に自分には無関係だという冷淡に近いものが滲み出ていた。彼にしては珍しいと感じる。
「だってさぁ、美術部もグリーもただの隠キャのオタクが集う場所だろ? なのにちょっと顔が良くて家が医者だからってさ、あいつ中学時代から女子に人気あって、俺的には異星人」
言いながら白目を剥いた岸本に、三喜雄は笑ってしまう。
「待てよ、それは単に羨ましいって話?」
「おまえにはデリカシーってもんが無いのか、片山よ……」
岸本は大仰に眉間に皺を寄せた。
「羨ましいなんて言ったら、俺の最後のプライドが砕け散るだろうが」
「そんな低空飛行のプライドとっとと捨てろ」
「鬼畜かよ!」
その時教室の扉がガラリと音を立てて開き、深井のよく通る声が響いた。
「休憩終わるぞ! テノールからちょっとずつパー練しようか、バリバスちゃんと用意しとけよ」
はぁい、と答えた岸本はのろのろと窓から離れた。三喜雄もそれに続くつもりで、もう一度窓の外を見た。そして自分の目を疑った。
高崎の座る木の近くまで来た須々木は、そのひとつ隣の木の下でスケッチをしていた部員のそばにかがみ込み、何か指を出しながらアドバイスしている様子だったが、それが済み立ち上がると、高崎の前を素通りしたのである。
須々木は校舎の中に戻る用事があったのかもしれない。しかし明らかに高崎は須々木の背中を目で追っていて、高崎が故意にスルーされたようにしか、三喜雄には感じられなかった。
何だあいつ。三喜雄の胸の中に不快感が一気に湧き立った。高崎はスケッチブックに視線を戻して、何も起きなかったかのように絵筆を動かし始める。彼が不憫だった。
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