あいみるのときはなかろう

穂祥 舞

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多忙な夏

6月②

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 金曜日は放課後に音楽室を開けなければいけないので、三喜雄は鍵を受け取りに職員室に向かった。すると生徒2人が、大きなキャンバスをダンボール箱から出すなどしながら、渡り廊下でわちゃくちゃしている。美術部員らしく、入荷した画材を確認している様子だった。どうも2人では運びきれないのか、ピストンかぁというぼやきが聞こえた。
 2人のうちの1人は3年生で、見覚えがあった。音楽室の鍵をズボンのポケットに押し込んで、三喜雄は声をかけてみる。

「手伝おうか?」

 彼らは同時に三喜雄を振り返り、ぱっと表情を明るくした。

「美術室なら俺も今から3階行くし」
「あっ! マジ? 頼んでいい?」

 その3年生も三喜雄を同級生と認識している様子で、迷わずそう応じた。
 鞄を持っていた三喜雄は、2つの箱を抱えたが、ずっしりと重い。油絵具だという。

「道具が要るクラブって大変だなぁ」

 三喜雄は階段を登りながら言った。前を歩く3年生はキャンバスの入った箱を抱え、前方を確認するのも大変そうだ。

「ここにエレベーターが無いのが駄目なんだよ、台車で運べたら一発なのに」

 音楽室と美術室、書道室などが入るこの校舎は、学校の中で一番古い。3階建てなのでエレベーターもついていない。1年生がこの校舎を普段の授業でも使っており、上級生になり6階建ての新校舎に移るのが、生徒のステイタスなのである。

「いつもこんな運搬してるのか?」
「今日は特別多いんだけどな、9月のコンペティションのためにみんな新しい絵を描き始めるから」

 美術部もグリークラブ同様、秋から忙しいようだ。3年の彼によると、顧問の他に、大学のデザイン学部で教えている先生が、トレーナーとして美術部を指導しているらしい。

「そうか、厳しそう」

 三喜雄が言うと、美術部の彼は、グリーもトレーナー来てるだろ? と応じた。

「うーん、うちのトレーナーは厳しいけど面白い」
「うちだってそうだ、芸術系受けようかなって俺も一瞬血迷ったし」

 ここに血迷った奴がいるぞと思いつつ、三喜雄は先に美術室に向かう。引き戸が開くと、顧問である美術教諭と、イーゼルの前に座る高崎の姿が目に入った。高崎の横には須々木が腕組みして立っていたが、彼は不満気な顔をしているように三喜雄には思えた。

「あっ、失礼します」

 先に美術室に入った2人が、まずい場に来てしまったという空気感を醸し出したので、三喜雄の見立ては的外れではなかったらしい。
 美術教諭の松倉まつくらは、荷物を運んできた2人にありがとう、と言った。そして三喜雄が油絵具の箱を抱えていることに気づいた。

「済まないね片山くん、グリーのホープをパシらせて」

 別に自分はホープでも何でも無いし、どうして松倉が自分の名を知っているのか疑問だったが、いえ、と三喜雄は答えた。
 高崎が身軽に立ち上がり、荷物を抱える2人のために椅子をどけて道を作った。そして三喜雄の抱える箱を受け取りに来て、笑顔で言う。

「ありがとうございます」
「いや、美術部は荷物が多くて大変だね」
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