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多忙な夏
6月
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北海道に良い季節がやってくると、札幌にも観光客が増える。三喜雄の高校は都会にあるので、公共交通機関が混雑することもままあり、地元民にとってはやや面倒くさい季節だ。
制服が夏服に変わった。皆ブレザーを脱いで、シャツ1枚となり涼やかである。部活の合宿や遠征に行く際はネクタイが必要だが、普段の通学はノーネクタイが認められている。
そんな中、グリークラブは1年生に脱落者も出さず、皆楽しく真面目に活動に勤しんでいた。密かに3年生は、受験という言葉を日常的にちらつかされて、じわじわとストレスを感じ始めているのだが、歌って発散している側面があった。歌うことは身体に良いんだと小山は常々話すが、あながち出鱈目でもないように三喜雄は思う。
「しかしいい天気だなぁ、何が嬉しくて男ばっかり集まって歌ってるんだろうか」
3年生テノールの上谷は、部員の出席を取ると、部長にあるまじき発言をした。岸本がすかさず突っ込む。
「何だ、女声と合同し損ねたのがショックだって意味?」
「まあそれを含む」
先輩たちのくだらない会話に、下級生からくすくすと笑いが起こる。上谷は2年生と1年生のほうに顔を向ける。
「学生合唱連盟の合同演奏会が今年も9月に開催されるから、我こそはと思う人はそろそろ申告してくれ」
下級生たちが軽くざわめき、2年生のバリトンの長谷部が手を挙げた。
「今年もコンクールと並行して練習ですか?」
「そうだ、出演者は結構負担だろうが、他校の歌手たちと親睦を深めるチャンスだぞ……女子とも知り合いになれる」
連盟の合同演奏会は、道内の他の高校の合唱団のメンバーと共に、大曲を1曲仕上げるのが恒例である。各々が歌を持ち寄る夏の合唱祭と比べると、数日間合宿をおこなうこともあって、交流度はかなり高い。
上谷は続けた。
「青春を謳歌したい者は是非参加すべし」
それまで黙って部員たちの話を聞いていた小山が、半笑いで上谷の話を引き継ぐ。
「彼女を作るのを目標にしてもいいから、1年2年はエントリーして勉強してこい……片山みたいに勘違いして人生変わるかもしれないぞ」
三喜雄は思わぬところで引き合いに出されて、はい? と語尾を上げた。1年生の時にこの演奏会に参加したことも、三喜雄が歌を志そうと考えるきっかけになった。合宿中にオーディションを受けて、小編成の曲を受け持つメンバーに入れてもらったのは、たぶん歌人生で忘れ難い思い出になるという自信がある。
「勘違いとは人聞きが悪いです」
三喜雄が小山に言うと、下級生たちが笑った。
「あ、でも本当にためになるから参加したらいいよ、必死で合唱やってる限界オタクが自分たちだけじゃないってわかって安心できるし」
三喜雄の言葉に、数人の1年生が興味あり気に互いの顔を見合わせた。そうだろう、他所の高校の同類と仲良くなりたいだろう。三喜雄は心の中で、彼らの頭を撫でてやる。
小山がグリークラブの年間活動表を、練習開始時期も織り込んで作成してくれた。プリントがかさかさと音を立てて、部員全員に配布される。
「わぁ、結局1年中本番のために練習するってことなんですね」
1年生の声に、そういうことだ、と小山は応じた。
「吹奏楽部よりは忙しくないぞ、あいつらはうちと同じくらい本番抱えてる上に、夏に野球部の応援と近所の夏祭りの賑やかしがあるんだから」
「吹部なんか体育会系でしょ、比べること自体が何か違う」
三喜雄は皆が騒ぐ中、配られたスケジュール表の中に、藤巻から申し渡されているイベントをこっそり書き足す。今のところは、声楽コンクールと、藤巻の知人の声楽家の門下生発表会。
意味がわからない、と独りごちてしまいそうになった。7月から毎月、本番の舞台がある。グリーの曲は暗譜しなくていいとは言え、きっと本番2週間前からは、毎日練習することになる。その上、ソロの曲を暗譜目標でこなさねばならない。
勉強はいつするんだ、俺は受験生だぞ。三喜雄が深刻な顔をしていたからか、上谷にどうした? と訊かれた。
「ああ、いや、忙しいなと思って」
「だよなぁ……まあ連盟は俺たち出ないけど、コンクールと定演……」
一気に憂い顔になった上谷は、直近の塾の模試の点数がいまいち伸びなかったらしく、おそらく今、三喜雄と同じ気持ちになっているのだろう。
「3年は秋以降無理しなくていいぞ……出演したくても、進路指導部からレッドカードが出た場合は、出させる訳にはいかなくなるからな」
小山の宣告に、3年生たちはうわぁ、と声を合わせた。
「定演出られないのは悲し過ぎる」
「パンフに名前が無いとか、末代までの恥だよ」
「昔メインだけしか出られなかった3年っていたんだろ?」
皆がごちゃごちゃ話すところに、いたよ、と小山がさくっと割り込む。
「定演で全曲歌いたいなら勉強もしっかりやれ」
3年の溜め息で練習前のミーティングが締め括られ、全員が席を動いてパートごとに集まった。
また三喜雄の頭の中に、同じ疑問がぐるぐると回り始める。こんなに歌に時間を使って、何を目指してるんだ。俺はここまでして、本当に歌手になりたいのか。いや、そもそもなれるのか。
声を出し始めても、三喜雄はなかなか歌に集中できなかった。
制服が夏服に変わった。皆ブレザーを脱いで、シャツ1枚となり涼やかである。部活の合宿や遠征に行く際はネクタイが必要だが、普段の通学はノーネクタイが認められている。
そんな中、グリークラブは1年生に脱落者も出さず、皆楽しく真面目に活動に勤しんでいた。密かに3年生は、受験という言葉を日常的にちらつかされて、じわじわとストレスを感じ始めているのだが、歌って発散している側面があった。歌うことは身体に良いんだと小山は常々話すが、あながち出鱈目でもないように三喜雄は思う。
「しかしいい天気だなぁ、何が嬉しくて男ばっかり集まって歌ってるんだろうか」
3年生テノールの上谷は、部員の出席を取ると、部長にあるまじき発言をした。岸本がすかさず突っ込む。
「何だ、女声と合同し損ねたのがショックだって意味?」
「まあそれを含む」
先輩たちのくだらない会話に、下級生からくすくすと笑いが起こる。上谷は2年生と1年生のほうに顔を向ける。
「学生合唱連盟の合同演奏会が今年も9月に開催されるから、我こそはと思う人はそろそろ申告してくれ」
下級生たちが軽くざわめき、2年生のバリトンの長谷部が手を挙げた。
「今年もコンクールと並行して練習ですか?」
「そうだ、出演者は結構負担だろうが、他校の歌手たちと親睦を深めるチャンスだぞ……女子とも知り合いになれる」
連盟の合同演奏会は、道内の他の高校の合唱団のメンバーと共に、大曲を1曲仕上げるのが恒例である。各々が歌を持ち寄る夏の合唱祭と比べると、数日間合宿をおこなうこともあって、交流度はかなり高い。
上谷は続けた。
「青春を謳歌したい者は是非参加すべし」
それまで黙って部員たちの話を聞いていた小山が、半笑いで上谷の話を引き継ぐ。
「彼女を作るのを目標にしてもいいから、1年2年はエントリーして勉強してこい……片山みたいに勘違いして人生変わるかもしれないぞ」
三喜雄は思わぬところで引き合いに出されて、はい? と語尾を上げた。1年生の時にこの演奏会に参加したことも、三喜雄が歌を志そうと考えるきっかけになった。合宿中にオーディションを受けて、小編成の曲を受け持つメンバーに入れてもらったのは、たぶん歌人生で忘れ難い思い出になるという自信がある。
「勘違いとは人聞きが悪いです」
三喜雄が小山に言うと、下級生たちが笑った。
「あ、でも本当にためになるから参加したらいいよ、必死で合唱やってる限界オタクが自分たちだけじゃないってわかって安心できるし」
三喜雄の言葉に、数人の1年生が興味あり気に互いの顔を見合わせた。そうだろう、他所の高校の同類と仲良くなりたいだろう。三喜雄は心の中で、彼らの頭を撫でてやる。
小山がグリークラブの年間活動表を、練習開始時期も織り込んで作成してくれた。プリントがかさかさと音を立てて、部員全員に配布される。
「わぁ、結局1年中本番のために練習するってことなんですね」
1年生の声に、そういうことだ、と小山は応じた。
「吹奏楽部よりは忙しくないぞ、あいつらはうちと同じくらい本番抱えてる上に、夏に野球部の応援と近所の夏祭りの賑やかしがあるんだから」
「吹部なんか体育会系でしょ、比べること自体が何か違う」
三喜雄は皆が騒ぐ中、配られたスケジュール表の中に、藤巻から申し渡されているイベントをこっそり書き足す。今のところは、声楽コンクールと、藤巻の知人の声楽家の門下生発表会。
意味がわからない、と独りごちてしまいそうになった。7月から毎月、本番の舞台がある。グリーの曲は暗譜しなくていいとは言え、きっと本番2週間前からは、毎日練習することになる。その上、ソロの曲を暗譜目標でこなさねばならない。
勉強はいつするんだ、俺は受験生だぞ。三喜雄が深刻な顔をしていたからか、上谷にどうした? と訊かれた。
「ああ、いや、忙しいなと思って」
「だよなぁ……まあ連盟は俺たち出ないけど、コンクールと定演……」
一気に憂い顔になった上谷は、直近の塾の模試の点数がいまいち伸びなかったらしく、おそらく今、三喜雄と同じ気持ちになっているのだろう。
「3年は秋以降無理しなくていいぞ……出演したくても、進路指導部からレッドカードが出た場合は、出させる訳にはいかなくなるからな」
小山の宣告に、3年生たちはうわぁ、と声を合わせた。
「定演出られないのは悲し過ぎる」
「パンフに名前が無いとか、末代までの恥だよ」
「昔メインだけしか出られなかった3年っていたんだろ?」
皆がごちゃごちゃ話すところに、いたよ、と小山がさくっと割り込む。
「定演で全曲歌いたいなら勉強もしっかりやれ」
3年の溜め息で練習前のミーティングが締め括られ、全員が席を動いてパートごとに集まった。
また三喜雄の頭の中に、同じ疑問がぐるぐると回り始める。こんなに歌に時間を使って、何を目指してるんだ。俺はここまでして、本当に歌手になりたいのか。いや、そもそもなれるのか。
声を出し始めても、三喜雄はなかなか歌に集中できなかった。
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