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衝撃
8月⑭
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3階に辿り着いた三喜雄は、あの時の小さな違和感を思い出す。三喜雄が荷物を抱えた松倉を見送った後、開けろと声がするまでに微妙なタイムラグがあった。音楽室から美術室までの距離は、そんなに長くない。でなければ三喜雄は、窓を破るために譜面台を取りに戻ろうと思いつかなかった。
松倉は、しばらく須々木と高崎の様子を窺っていたのかもしれない。この校舎の廊下側の窓は割に薄く、普段グリークラブは、音楽室の窓を閉めて練習する。普通の話し声ならば、窓が閉まっていても廊下に聞こえそうだ。
足を踏み入れた音楽室には、昼休みに皆が食べていたものの匂いが充満していた。臭い! と言いながら岸本が窓を開けて回り、暑いからやめてという懇願が出る。
「片山先輩、彼氏大丈夫なんですか?」
噂が広まっている覚悟はしていたので、三喜雄は彼氏じゃない、と前置きしてから下級生たちに言う。
「怪我は大したことないみたいだけど、俺のメールにも反応してくれないんだ……かなり傷ついてると思うから、新学期が始まってもみだりに噂するなよ」
はい、と神妙になる下級生たちの中で、長谷部が悲しげに俯いたのが視界に入った。彼も高崎から、メールの返事を貰っていないのだろう。
「先輩、あの……」
確かに暑いので窓を閉めに行こうとした三喜雄に、金城がこそっと声をかけてきた。どした? と三喜雄は努めて明るく返す。
「僕、練習の伴奏やります」
金城の丸い目に真剣な光があるのを見て、三喜雄はそうか、と励ましをこめて言った。
「歌もピアノも両方やるのは大変だぞ、無理するな」
「はい、高崎さんみたいには弾けないですけど、役に立てたらいいなって」
高崎のように。この1年生はきっと、高崎の伴奏に接して、何か感じるものがあったのだろう。三喜雄はじんとしてしまう。
練習ピアニストがいないのは、グリークラブの懸案だった。今春の卒業生にかなり弾ける人がおり、今は三喜雄と岸本がもたもた弾いているが、2年生は誰もピアノを触ったことがなかった。金城は歌い手としてもバリトンパートの戦力になりつつあるので、あまり取られたくないが、中2まで弾いていたという経験は大きい。
「後で小山先生に話して、深井先生にも報告しよう」
三喜雄が言うと、金城ははい、と嬉しげに答えた。三喜雄の心を閉ざしていた暗雲の隙間から、明るい太陽の光がこぼれてきたようだった。
小山も交えて17時過ぎまでみっちりコンクールの練習をした後、休んだ割によく声が出たこともあり、三喜雄は満足感を覚えていた。気休めになるかはわからないが、金城の話を高崎にしようと考える。
ピアノのカバーを掛けていると、音楽室の机を元通りに直す下級生たちから離れた場所で、小山が三喜雄をそっと手招きした。彼は低い声で言う。
「高崎の父親が、高崎を退学させたいとさっき言ってきたらしい……帯広の公立の編入試験に今なら間に合うからって」
強く殴られ、頭の中が真っ白になったような気がした。雷に撃たれたら、こんな風になるのではないかと三喜雄は思った。また心の中が暗雲でいっぱいになる。
声を抑えるのに苦労しながら小山に問うた。
「どうしてですか、高崎に非は無いじゃないですか、高崎本人は何て言ってるんですか」
小山は三喜雄の目を見て、言い聞かせるように話す。
「あくまでも父親の話なんだが、本人もそのつもりでいるんだそうだ」
どうしてなんだ。三喜雄はその場で叫びそうになった。
松倉は、しばらく須々木と高崎の様子を窺っていたのかもしれない。この校舎の廊下側の窓は割に薄く、普段グリークラブは、音楽室の窓を閉めて練習する。普通の話し声ならば、窓が閉まっていても廊下に聞こえそうだ。
足を踏み入れた音楽室には、昼休みに皆が食べていたものの匂いが充満していた。臭い! と言いながら岸本が窓を開けて回り、暑いからやめてという懇願が出る。
「片山先輩、彼氏大丈夫なんですか?」
噂が広まっている覚悟はしていたので、三喜雄は彼氏じゃない、と前置きしてから下級生たちに言う。
「怪我は大したことないみたいだけど、俺のメールにも反応してくれないんだ……かなり傷ついてると思うから、新学期が始まってもみだりに噂するなよ」
はい、と神妙になる下級生たちの中で、長谷部が悲しげに俯いたのが視界に入った。彼も高崎から、メールの返事を貰っていないのだろう。
「先輩、あの……」
確かに暑いので窓を閉めに行こうとした三喜雄に、金城がこそっと声をかけてきた。どした? と三喜雄は努めて明るく返す。
「僕、練習の伴奏やります」
金城の丸い目に真剣な光があるのを見て、三喜雄はそうか、と励ましをこめて言った。
「歌もピアノも両方やるのは大変だぞ、無理するな」
「はい、高崎さんみたいには弾けないですけど、役に立てたらいいなって」
高崎のように。この1年生はきっと、高崎の伴奏に接して、何か感じるものがあったのだろう。三喜雄はじんとしてしまう。
練習ピアニストがいないのは、グリークラブの懸案だった。今春の卒業生にかなり弾ける人がおり、今は三喜雄と岸本がもたもた弾いているが、2年生は誰もピアノを触ったことがなかった。金城は歌い手としてもバリトンパートの戦力になりつつあるので、あまり取られたくないが、中2まで弾いていたという経験は大きい。
「後で小山先生に話して、深井先生にも報告しよう」
三喜雄が言うと、金城ははい、と嬉しげに答えた。三喜雄の心を閉ざしていた暗雲の隙間から、明るい太陽の光がこぼれてきたようだった。
小山も交えて17時過ぎまでみっちりコンクールの練習をした後、休んだ割によく声が出たこともあり、三喜雄は満足感を覚えていた。気休めになるかはわからないが、金城の話を高崎にしようと考える。
ピアノのカバーを掛けていると、音楽室の机を元通りに直す下級生たちから離れた場所で、小山が三喜雄をそっと手招きした。彼は低い声で言う。
「高崎の父親が、高崎を退学させたいとさっき言ってきたらしい……帯広の公立の編入試験に今なら間に合うからって」
強く殴られ、頭の中が真っ白になったような気がした。雷に撃たれたら、こんな風になるのではないかと三喜雄は思った。また心の中が暗雲でいっぱいになる。
声を抑えるのに苦労しながら小山に問うた。
「どうしてですか、高崎に非は無いじゃないですか、高崎本人は何て言ってるんですか」
小山は三喜雄の目を見て、言い聞かせるように話す。
「あくまでも父親の話なんだが、本人もそのつもりでいるんだそうだ」
どうしてなんだ。三喜雄はその場で叫びそうになった。
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