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それも、賢者のおくりもの

12月3日 12:30①

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 昼休み、奏人はスマートフォンに見知らぬアドレスの着信を見つけて一瞬身構えた。しかしそれが大森の時計店からの連絡だと分かると、自然と頬が緩む。弁当箱を片づけて、お茶を淹れ直し、あの親切で気の良さそうな店主のメールに目を通した。
 店主は、持ち込んだ時計を分解清掃して電池を換えると、とりあえず動き出したことと、暁斗のために依頼した時計のデザインを添付する旨を簡潔な文章で伝えて来た。奏人はあの後、坂井時計店のホームページとTwitterを見て、あの店主はネットで情報を出すことに慣れていると理解した。あの世代は、奏人の印象ではSNSの利用に抵抗がある人も多いので、少し驚いた。
 時計の作家は、40代の男性向けに文字盤の色変更を提案して来た。奏人は添付されたデータをスマートフォンから自分のノートパソコンに転送して、大きな画面で見てみる。
 12時の場所に入れるパールが女性っぽくならないよう、文字盤の色をグレーもしくは藍色にする、あるいは黒真珠を使うのはどうか。奏人は丁寧なデザイン画にしばし見惚れた。この時計デザイナーのセンスには、共感できる。奏人はInstagramに週一回絵を挙げているアマチュア画家として、こういった出会いに嬉しくなる。SNSはあまり好きではないが、インスタでできた画家や絵師との繋がりは、想定外の楽しさを奏人に与えてくれる。
 奏人はほうじ茶をひと口飲んで、どうしたものかと悩んだ。黒真珠は少し暁斗のイメージではない気がする。それに、パールの石言葉は「純粋無垢」とか「健康」だったと記憶するが、石が白い色だからこそ、その意味が似合うように思える。
「グレーか藍色……」
 奏人は小さく呟く。どちらにしろ少し紫がかった色味なら、即決するのだが。グレーも濃い青も、暁斗に似合う。でも、少しひねりのある色が良いと思う。あくまでも奏人の、暁斗に対するイメージだが……奏人は彼をよくモデルにするが、描いて色を乗せるときは、紫や深緑を差し色に使うことが多いのである。
 店主は以降、細部の相談を作家と直接してくれたら良いと書いてくれていた。奏人は早速、添えられていたアドレスをクリックする。20年使って貰えるような時計を用意したいと伝えようと思った。
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