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拝啓、北の国から
12月28日 17:30④
「片山さんにとってはチャレンジなのかな、今日の曲」
暁斗の問いに、もしかしたら、と奏人は答えた。知り合いがそんな舞台に立つのを生で観るのは、こちらも少し緊張するものなのだと暁斗は初めて知る。
奏人はフライヤーを繰る手を止めて、ふふっと笑った。片山の出演するコンサートのフライヤーに、来年の3月のものがあった。アンサンブルチームの定期演奏会で、場所はここの小ホールらしく、「遂に副団長の故郷に、満を持して遠征(もちろん交通費は自腹)!」と書いてある。それにしても、アンサンブルの名称が変だった。
「……学歴ランドリーズ?」
奏人は暁斗の呟きに笑いを新たにした。
「チラシの裏に出演者の経歴があるよ、片山先輩含めて、学歴ロンダリングしてるってことみたい」
言われて裏を見ると、6人の出演者は皆、東京の国立の芸大の大学院を出ているが、その芸大ではない大学出身である。学歴ロンダリングとは、主に東大ではない大学から東大の大学院に入り、最終学歴を東大にした人に向けた揶揄の言葉だと暁斗は認識しているが、この芸大でもこんな言い方をするのだろうか。
「あ、副団長って片山さんなんだ」
しかも出演者紹介に添えられている写真もちょっと変だ。皆タキシードやドレスを着てドヤ顔をしながら、片手に自分の楽器を持ち、もう片方の腕にぬいぐるみを抱いている。菓子メーカーの有名な鳥のキャラクターを譜面の横に置いて、ピアノの前に座るピアニストが団長らしく、楽器を持たない片山は、流し目気味のカメラ目線で大きなサンショウウオを抱えていた。
「みんな一流のソリストばかりじゃん、学歴ランドリーズとか自虐なの?」
先輩が副団長を務めるアンサンブルは奏人の笑いのツボにハマってしまったらしく、彼はその向こうに座る女性が驚いてこちらを見るくらい、笑い続けた。
その時、鐘の音がホールの中に流れた。開演5分前を告げる合図である。それに気づいた奏人は、フライヤーの束をパンフレットに挟み直した。
「もう、チラシが面白くてパンフ見てないし……」
「ほんとだな、ちょい読もう」
しかし舞台に、楽器を持ったオーケストラのメンバーが次々と入ってきたので、暁斗の関心はそちらに向かってしまう。
オーケストラが全員席に着き、楽器の音出しがホールの中に響く中、上手と下手の双方から合唱団が出てきた。女性は全身黒、男性は黒いスーツに若葉色のネクタイ姿で、最後列からゆっくりとひな壇を埋めていく。男声、つまりテノールとバスは女声よりやや少ないようだった。
「……楽譜持ってないな、暗譜なんだ」
「若いから大丈夫」
「俺が歌手ならたぶん学生時代でも無理」
後ろから小声のやり取りが聞こえた。90分近い大曲なのに、覚えられるものなのだろうか。暁斗は感心する。
合唱団が全員舞台に上がって着席すると、すうっと客席の照明が落ち、舞台の上が明るくなった。オーケストラのチューニングが始まる。オーボエのAの音に合わせ、まずは弦楽器、続いて管楽器が同じ音を鳴らしていく。この曲は編成が大きいと奏人が話した通り、舞台は演者でいっぱいだ。
下手の反響板が引っ込んで一番に出てきたのは、上手で演奏するバリトンの片山だった。客席から湧く拍手の中、4人のソリストは右手に楽譜を持ち、オーケストラのヴァイオリンとヴィオラの間を進む。最後に出てきた指揮者の合図で、オーケストラと合唱団が一斉に立ち上がり、拍手が大きくなった。
定位置についたソリストたちと、指揮台に上がった指揮者は皆笑顔になり、揃ってお辞儀をする。ソプラノとメゾソプラノはどちらも若葉色のロングドレスを着ていたが、生地の質感の違いで存在感と個性を出していた。テノールの塚山と、片山も若葉色のチーフをタキシードの胸ポケットからのぞかせている。どうもこの色が、このコンサートのシンボルカラーのようだ。
4人のソリストとオーケストラが席に着いて、客席が静まった。指揮者がオーケストラと合唱のほうを向き、本当に何の音もしない数秒が流れる。暁斗のほぼ正面に座る片山は、開いた楽譜を膝の上に置き、やや伏し目がちでぴりっとした表情になっていた。
指揮者の腕が上がり、弦楽器が弓を構えた。合唱団の若者たちの顔が一斉に集中したのがわかる。暁斗まで最初の音が出るのを、息を詰めて待った。
暁斗の問いに、もしかしたら、と奏人は答えた。知り合いがそんな舞台に立つのを生で観るのは、こちらも少し緊張するものなのだと暁斗は初めて知る。
奏人はフライヤーを繰る手を止めて、ふふっと笑った。片山の出演するコンサートのフライヤーに、来年の3月のものがあった。アンサンブルチームの定期演奏会で、場所はここの小ホールらしく、「遂に副団長の故郷に、満を持して遠征(もちろん交通費は自腹)!」と書いてある。それにしても、アンサンブルの名称が変だった。
「……学歴ランドリーズ?」
奏人は暁斗の呟きに笑いを新たにした。
「チラシの裏に出演者の経歴があるよ、片山先輩含めて、学歴ロンダリングしてるってことみたい」
言われて裏を見ると、6人の出演者は皆、東京の国立の芸大の大学院を出ているが、その芸大ではない大学出身である。学歴ロンダリングとは、主に東大ではない大学から東大の大学院に入り、最終学歴を東大にした人に向けた揶揄の言葉だと暁斗は認識しているが、この芸大でもこんな言い方をするのだろうか。
「あ、副団長って片山さんなんだ」
しかも出演者紹介に添えられている写真もちょっと変だ。皆タキシードやドレスを着てドヤ顔をしながら、片手に自分の楽器を持ち、もう片方の腕にぬいぐるみを抱いている。菓子メーカーの有名な鳥のキャラクターを譜面の横に置いて、ピアノの前に座るピアニストが団長らしく、楽器を持たない片山は、流し目気味のカメラ目線で大きなサンショウウオを抱えていた。
「みんな一流のソリストばかりじゃん、学歴ランドリーズとか自虐なの?」
先輩が副団長を務めるアンサンブルは奏人の笑いのツボにハマってしまったらしく、彼はその向こうに座る女性が驚いてこちらを見るくらい、笑い続けた。
その時、鐘の音がホールの中に流れた。開演5分前を告げる合図である。それに気づいた奏人は、フライヤーの束をパンフレットに挟み直した。
「もう、チラシが面白くてパンフ見てないし……」
「ほんとだな、ちょい読もう」
しかし舞台に、楽器を持ったオーケストラのメンバーが次々と入ってきたので、暁斗の関心はそちらに向かってしまう。
オーケストラが全員席に着き、楽器の音出しがホールの中に響く中、上手と下手の双方から合唱団が出てきた。女性は全身黒、男性は黒いスーツに若葉色のネクタイ姿で、最後列からゆっくりとひな壇を埋めていく。男声、つまりテノールとバスは女声よりやや少ないようだった。
「……楽譜持ってないな、暗譜なんだ」
「若いから大丈夫」
「俺が歌手ならたぶん学生時代でも無理」
後ろから小声のやり取りが聞こえた。90分近い大曲なのに、覚えられるものなのだろうか。暁斗は感心する。
合唱団が全員舞台に上がって着席すると、すうっと客席の照明が落ち、舞台の上が明るくなった。オーケストラのチューニングが始まる。オーボエのAの音に合わせ、まずは弦楽器、続いて管楽器が同じ音を鳴らしていく。この曲は編成が大きいと奏人が話した通り、舞台は演者でいっぱいだ。
下手の反響板が引っ込んで一番に出てきたのは、上手で演奏するバリトンの片山だった。客席から湧く拍手の中、4人のソリストは右手に楽譜を持ち、オーケストラのヴァイオリンとヴィオラの間を進む。最後に出てきた指揮者の合図で、オーケストラと合唱団が一斉に立ち上がり、拍手が大きくなった。
定位置についたソリストたちと、指揮台に上がった指揮者は皆笑顔になり、揃ってお辞儀をする。ソプラノとメゾソプラノはどちらも若葉色のロングドレスを着ていたが、生地の質感の違いで存在感と個性を出していた。テノールの塚山と、片山も若葉色のチーフをタキシードの胸ポケットからのぞかせている。どうもこの色が、このコンサートのシンボルカラーのようだ。
4人のソリストとオーケストラが席に着いて、客席が静まった。指揮者がオーケストラと合唱のほうを向き、本当に何の音もしない数秒が流れる。暁斗のほぼ正面に座る片山は、開いた楽譜を膝の上に置き、やや伏し目がちでぴりっとした表情になっていた。
指揮者の腕が上がり、弦楽器が弓を構えた。合唱団の若者たちの顔が一斉に集中したのがわかる。暁斗まで最初の音が出るのを、息を詰めて待った。
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