ほさちのBL小品詰め合わせ

穂祥 舞

文字の大きさ
71 / 93

夜中のコンビニへの旅路

しおりを挟む
「あ、パンが無い」

 私が風呂から上がり、水を飲むべくキッチンに入ると、棚の前にいた三喜雄がひとりごちたのが聞こえた。私は咄嗟にしまった、と思った。
 最近、私の会社の近くに美味しいベーカリーショップができた。買って帰ると三喜雄に言ったのに、失念していたのだ。

「ごめんなさい、すっかり忘れてました」

 私は三喜雄に声をかけ、明日の朝は駅前でモーニングを食べようと提案しようとしたが、予想していなかった返事がくる。

「コンビニにひとっ走りしてきます」

 しかしこの周辺にはコンビニが無い。つまり10分ほど歩いて、駅前に行かなくてはならない。時計を見ると、日付けが変わったばかりだった。

「今から?」
「はい、俺まだ風呂入ってないんで……ノアさんは休んでください」

 私の責任なので、そういうわけにはいかない。私は水を飲んでから部屋に戻り、外を歩いても差し支えないものに手早く着替えた。
 財布片手に、玄関で靴を履きかけていた三喜雄は、私が出てきたのを見て驚く。

「えっ、どうしても食べたいパンがあるなら教えてくれれば……」
「私が忘れてたんだから、行きます」
「また汗かいてしまいますよ」

 戻ってシャワーを浴びればいい。私は苦笑する三喜雄と一緒に、熱気が籠る外に出た。
 エレベーターを降りてマンションのエントランスを出ると、上階の共用廊下より気温が遥かに高い。まったく、もう今こんな暑さとは、8月になったらどうなるのか。

「あっつ……今ヨーロッパにも熱波来てるんですよね」

 三喜雄はのんびりと足を運びながら、言った。私は相槌を打つ。

「大変みたいですよ、死ぬ人も出てますから」
「地球がおかしくなってるんですかね」

 そう言って空を仰いだ三喜雄に倣うと、殺人的な暑さとはうらはらな、静かな夜空が目に映った。ほぼ丸の月と、その光に掻き消されてはいるが、少し星明かりが見える。コンビニひとつ無い住宅街ならではの空だ。
 人も歩かず車も通らない道を、並んで歩く。

「こんなに静かだと、大声で歌いたくなります」

 三喜雄の冗談に、私は笑った。互いに最近忙しく、家で雑談もしていなかったと気づく。

「みんな聴きに出てきたらびっくりするね」
「その前に通報されます、酔っ払いがうるさいって」

 三喜雄は突然の夜の散歩を楽しんでいる様子だ。こういう時間がゆっくり持てるよう、できれば休暇に一度、旅行の計画を立ててもいいと思う。
 緩く下る道を進み、ひとつ左折すると、賑やかな明かりが見えてきた。この辺から、駅前ゾーンに入る。暗い場所から出てきてほっとすると同時に、二人だけのひとときが途切れる寂しさもあった。
 時間が時間だけに歩く人は少ないが、目指すコンビニに普通に出入りがあるのが見えた。

「みんな何を買いに来てるんですかね」

 三喜雄は軽い呆れを滲ませた。明日の朝のパンでしょう? と私が答えると、彼はくすっと笑う。

「あと、お酒かも」
「お酒は要りませんよ、冷蔵庫にビールがたくさんあります」

 私は三喜雄に釘を刺し、酒飲みの彼はぷっと頬を膨らませたが、こんな会話でさえ楽しい。
 日本に来た頃、深夜まで営業しているコンビニエンスストアに対し、私は光熱費と人件費の無駄だと思った。しかし夜中に何かを求めて、大切な人とそこに向かう時、昼間とは違う気持ちが動くのは興味深いと感じる。
 三喜雄について自動ドアの中に入った。涼しさに思わずひと息つくと、三喜雄が振り返ってちらっと笑った。だから先に寝ていればいいのにと言いたげだったが、これから買い物と帰路を楽しむのだから、これくらいの暑さは全く何ということもなかった。


*初出 2025.7.13 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「コンビニ」「深夜」
 三喜雄とノアが何をやっている人間なのか、属性がほぼわからない作品ですが、わざとそうしたのだと思います。この2人、こういうひとときがしっくり来始めましたね(勝手にしみじみ)。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

邪魔はさせない

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 病棟で知り合った2人。生まれ変わって異世界で冒険者になる夢を叶えたい!

視線の先

茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。 「セーラー服着た写真撮らせて?」 ……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった ハッピーエンド 他サイトにも公開しています

白花の檻(はっかのおり)

AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。 その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。 この出会いは祝福か、或いは呪いか。 受け――リュシアン。 祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。 柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。 攻め――アーヴィス。 リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。 黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。 王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。

彼はオタサーの姫

穂祥 舞
BL
東京の芸術大学の大学院声楽専攻科に合格した片山三喜雄は、初めて故郷の北海道から出て、東京に引っ越して来た。 高校生の頃からつき合いのある塚山天音を筆頭に、ちょっと癖のある音楽家の卵たちとの学生生活が始まる……。 魅力的な声を持つバリトン歌手と、彼の周りの音楽男子大学院生たちの、たまに距離感がおかしいあれこれを描いた連作短編(中編もあり)。音楽もてんこ盛りです。 ☆表紙はtwnkiさま https://coconala.com/users/4287942 にお願いしました! BLというよりは、ブロマンスに近いです(ラブシーン皆無です)。登場人物のほとんどが自覚としては異性愛者なので、女性との関係を匂わせる描写があります。 大学・大学院は実在します(舞台が2013年のため、一部過去の学部名を使っています)が、物語はフィクションであり、各学校と登場人物は何ら関係ございません。また、筆者は音楽系の大学・大学院卒ではありませんので、事実とかけ離れた表現もあると思います。 高校生の三喜雄の物語『あいみるのときはなかろう』もよろしければどうぞ。もちろん、お読みでなくても楽しんでいただけます。

泣き虫な俺と泣かせたいお前

ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。 アパートも隣同士で同じ大学に通っている。 直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。 そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

処理中です...