ほさちのBL小品詰め合わせ

穂祥 舞

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同じ気持ちだよ

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 蝉の鳴き声が変わった。日が暮れるのが、ほんの少し早くなった。夜中に窓から入る風の温度が下がった。まだまだ毎日暑くて、危険な暑さに気をつけろと天気予報では言っているが、季節は確実に移ろっている。
 冬馬は壁にかかったカレンダーを振り返り、大切な友人があと1週間で離日することを思った。

「りっくん、もうすぐ帰っちゃうのねぇ」

 冬馬の考えていたことを察したかのように、母も小さく言った。約9か月間世話を焼いた、息子と同い年の留学生の帰国は、やはり寂しいようだ。
 りっくんことリチャードは、カリフォルニアから日本語を学ぶためにやって来た。冬馬の大学では、留学生をサポートする日本人学生を定期的に募集している。日本語の学習や日本の生活文化の実地体験の機会を留学生に与え、同時に自分も外国語の習得ができるというシステムだ。
 冬馬は自宅が大学に近いため、リチャードのバディになると手を挙げた。学生時代に海外でのホームステイの経験がある両親は、リチャードをしょっちゅう家に呼び、何か不便な思いをしていないか、冬馬よりも気を回していた。



 リチャードが子ども食堂でのボランティアを終え、父が仕事から戻ると、すぐに夕飯になった。今夜はこの後、庭で花火をすることになっている。手で持つ花火をやってみたいとリチャードが言ったからだ。
 冬馬はバケツに水を張って準備し、庭に出た。蚊取り線香が炊かれてサーキュレーターが回され、風が強すぎてこれじゃ火が点かないと、リチャードと父が大笑いする。

「トーマ、どれがどんな炎が出る?」

 リチャードは無邪気に、数本の花火を手にしていた。冬馬は苦笑する。

「やってみないとわかんないんだよ、全部試しな」

 ああ、とリチャードは目を見開く。

「そうか、俺日本人はみんな火薬を合わせるやつ……」
「調合?」
「そう、調合、できると思ってた、それで花火見たら大体何色の炎出るのかわかるのかなって」

 無理無理、と場が笑いに包まれ、リチャードも無理なの? とからから笑う。
 普段何事に対しても決して積極的ではない冬馬は、バディに名乗りをあげたくせに不安だらけだったが、リチャードのこの明るさにいつも救われてきた。優秀で好奇心の強い彼は、真綿が水を吸うようにどんどん日本語が上手くなり、日常生活ではもうあまり言葉の苦労は無い。
 父がたんまり買ってきた花火セットはどんどん消化されて、最後は庭でしゃがみこみ、線香花火をした。

「きれい、可愛らしいね」

 ちらちらと細やかな火花を発する花火は、リチャードを夢中にした。冬馬は片づけをすると両親に伝え、リチャードと線香花火を全部してしまうことにする。
 リチャードの鼻筋の通った横顔を見ていると、冬馬はやはり切なかった。彼は故郷に帰ってしまう。初めてできた、同い年の外国人の友人。
 いや、友人ではない。冬馬はリチャードに、もう少し重く深い感情を抱いている自覚がある。昨年交際していた同級生の女の子としっくりいかなかったのは、自分のこの傾向のせいだったと、冬馬は気づいてしまったのだ。
 冬馬はこの半年間、沢山の話をリチャードとしてきた。しかしこの思いは、簡単には口にできない。彼にとって迷惑になってしまうのであれば、この気持ちは一生、自分の中に閉じこめておくほうがよかった。
 お互い最後の1本に火をつけて、繊細な花が闇の中に開くのを見守った。微かにちらちらと音がして、花びらは細く弱くなっていく。
 2人の火玉が、ぽとりと同時に落ちた。ああ、とどちらからともなく声が出る。
 不意にリチャードが言った。

「トーマ、線香花火は恋人同士がするものなの? 日本のアニメやマンガで、そういう場面いっぱい見たね」

 冬馬はどきっとしたのを、笑ってごまかした。

「そういう訳じゃないよ」
「あー、そう? でも……」

 リチャードが言葉を萎ませる。適切な日本語が出てこないのかと思って、いつものように待っていると、ぱっと顔を上げたリチャードは、真剣な顔を冬馬に向けた。

「トーマ、俺アメリカに帰って、もっと勉強して、今度は日本の大学院に来るよ」

 冬馬は頷く。リチャードがそんなにこの国を好きになってくれたことも、また会おうと言おうとしてくれていることも、嬉しい。

「うん、リチャードならできるよ」
「その時まで待ってて、俺トーマを必ず迎えにきて嫁にするから」

 は? 
 冬馬はリチャードが、何か言い間違えたのだろうと思った。しかし別れが近い今、冗談でもそんな言葉を聞くのは辛かった。
 リチャードは真剣な顔のままである。やがて彼は悲しげにうつむいた。

「ごめんなさい、迷惑だね、忘れて」
「えっ……」
「俺、トーマ好き……likeじゃなくて、loveの意味で」

 冬馬は思わず息を詰めた。顔がじわじわと熱くなる。リチャードは続ける。

「ずっと言えなかったから、帰る前に言いたかったけど、やめといたらよかったね」

 違う、違う。冬馬は口をぱくぱくさせた。
 どう答えたらいい。なんて言うんだ。

「あっ……I feel …… the same way!」
「あ?」

 必死で捻り出された冬馬の言葉に、リチャードはぽかんとした。冬馬はリチャードの大きな右手を、両手で包む。

「うっ、嬉しい、その、俺」

 その時、母がこちらにやってくる足音がした。

「2人とも、アイスコーヒー淹れたわよ」
「はい、ありがとうございます」

 リチャードは母に答えてから、冬馬の手を包み返した。彼の手が優しくて、冬馬は泣いてしまいそうだった。
 夏の終わりに、2人の新しい何かが始まった。


*初出 2025.8.30 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「夏の終わり」「言えなかったこと」
 学生が留学生をサポートするシステムは私の職場に本当にあるのですが、こんなこともあるかなと……いや、たぶん無い。大学生いいですね、可愛い(母親目線)。
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