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喧嘩と悪戯
つまらないことで、朔と喧嘩した。
それは晃嗣にとって珍しいことではなかったが、ひとつ屋根の下に暮らしていると、気持ちへの負担もひとしおだ。
4ヶ月前までは、朔との間で小競り合いが起きても、クールダウンしやすかった。一緒の会社に勤めているが、部署が違うため、基本的には顔を合わせない。時間を作らなければ、彼と会えなかった。
しかし今は違う。営業の朔が朝から取引先へ直行するのでなければ、通勤も一緒だし、家に帰れば彼がいる。それは嬉しく幸せなことのはずが、喧嘩をすると拷問に転じた。気まずさと苛立ちと悲しみのごった煮を、絶え間なく口から無理矢理流し込まれているようだった。
朔と必要最低限のことだけ話し、なるべく別の部屋で過ごす2日間が過ぎた。朔は昨日の夕方、夕飯は要らないと連絡してきて、随分遅くに帰ってきた。俺の顔を見たくないんだなと腹が立った晃嗣は、2LDKの家の中で彼と顔を合わせないように立ち回り、先にベッドに入ってしまった。
翌日の昼休み、晃嗣は社員食堂で、お相手の両親と自分の両親を交えて、婚約中の男性と食事をしたと話す部下の笑顔を見ていて、猛省してしまった。朔と交際を始めた時、一緒に暮らすマンションを決めた時、きっと自分は彼女のように晴々とした顔をしていただろう。なのに今はどうだ、こんなことでお互いぎすぎすし続けて。これではいけない。
晃嗣は帰りに、最寄り駅の近くにある菓子店に立ち寄り、朔が好きな焼き菓子のセットを買った。実は喧嘩の原因もここのお菓子で、買ったプリンを朔が食べずに放置し、賞味期限が来てしまったので、晃嗣が食べた。すると朔は、楽しみに置いておいたのにと言い激怒したのだ。
確かに、勝手に食べた晃嗣が悪い。しかし朔には、食べ物を冷蔵庫に放置する癖がある。一緒に暮らし始める前から気になっていたため、強めにたしなめるとさらに逆ギレされてしまったのだった。
帰宅した晃嗣が、とりあえず2人分のご飯を炊き始めると、インターホンが鳴った。画面に映っていたのは、朔である。
「晃嗣さんごめん、鍵が見当たらないから開けて」
マジかよと思いつつ、晃嗣はオートロックを外した。腹は立たなかったが、2分もしないうちに朔が帰ってくると思うと、軽く緊張してきた。すぐに謝ろうと段取りしているけれど、蒸し返されたらまた腹が立ちそうで怖い。
再度インターホンが鳴る。よし、おかえりと普通に言って、謝ろう。晃嗣は鍵を開けるべく玄関に向かった。
軽い音で扉が開くと、そこに立っていたのは、口の周りを血まみれにして目を吊り上げた、ウサギに似た異形の者だった。晃嗣は息を止めて固まる。驚愕と恐怖が本物だと、頭が真っ白になり動けなくなると晃嗣は知った。
「トリック・オア・トリート?」
「ぎゃあああっ!」
晃嗣は叫んでその場に尻餅をついたが、人相(?)の悪過ぎるウサギは首を傾げ、もごもごと言った。
「あっ晃嗣さん、マジでびびらせた! ごめん!」
朔の声である。晃嗣はわけがわからなくて座ったままあ然とした。心臓がだくだく跳ねるので、思わず手を胸に当てる。
慌てながらウサギが頭に両手をやると、首がすぽっと抜けた。そこから髪をくしゃくしゃにした朔が現れたので、思わず晃嗣は声を荒げた。
「たちの悪い悪戯はやめろ! ここがアメリカで俺が銃を持ってたら、迷わず発砲するとこだぞ!」
「ほんとごめん、そんなにびっくりすると思わなかった」
朔は申し訳なさそうに言い、ウサギのマスクを困惑気味に見つめた。
「あーでも、ちょっとグロいかなぁ……」
「グロいし怖いよ!」
言ってから晃嗣はすぐに察した。朔の担当する取引先におもちゃ会社があり、パーティ用のプチコスプレグッズ製作に力を入れている。社長が朔たち営業マンに、しょっちゅう新作を試させるのだ。
朔に腕を掴まれて、晃嗣はよろめきつつ立ち上がる。朔が本当に申し訳なさそうなので、それ以上怒る気が失せた。
「ちょっと待って」
晃嗣は朔をその場に残してリビングに戻り、お菓子の紙袋を持ち出した。マスクを小脇に抱えている朔に、玄関でそれを渡す。
「はい、トリート」
「あ……」
朔はマスクを床に置き、紙袋を両手で受け取る。その頬がじわっと赤らんできたので、晃嗣はすかさず謝った。
「プリン食ってごめん、代わりじゃないけど」
すると朔は、紙袋を見つめたまま唇を歪めた。その目にうっすらと光るものが浮かぶ。
「こうちゃん、ごめん……俺がだらしないから、イライラさせて」
こんな反応をされるとは思わず、晃嗣は焦る。
「いや、まあ、食べ物を無駄にするのはよくないってことだよ……だらしないとまでは思ってないから、泣かないで」
「こうちゃん……昨夜もごめん、気まずくてつい」
ぽろっと涙をこぼした朔を抱き止めようと思ったが、背の低い晃嗣のほうが抱きしめられてしまう。晃嗣は、朔の背中にゆっくり手を回した。
「ご飯炊けるから、食べよう」
こんな風に言えるのが毎日嬉しいから。晃嗣の気持ちがほぐれていく。
「トリートされた?」
朔に尋ねると、うん、とこめかみの辺りで声がした。
「このハロウィンウサギマスク、微妙かな」
「子ども向けではないと思う」
少し間が開いて、同時に小さく笑う。でも、多少仲直りの役に立ってくれたかもしれなかった。
*初出 2025.10.26 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「ハロウィン」「悪戯」
久しぶりのこうちゃんとさっくんです。今日はばっちりハロウィンですから! この2人、『あきとかな後日談集』で、暁斗と奏人を巻き込んで部屋探しをして、その後一緒に暮らし始めています。
おそらくこの2人は、私の生み出してきたカップルの中で一番リアルに構築されてきたと思います。だからちょこちょこ言葉が足りなくて行き違うなどして、微妙に泥臭いんですよね。でも、「BLはファンタジー」という人が多い中で、どのサイトでも本編が平均的に読まれていて。読み手さまの気持ちは、なかなか測りがたく掴みにくいです(笑)。
それは晃嗣にとって珍しいことではなかったが、ひとつ屋根の下に暮らしていると、気持ちへの負担もひとしおだ。
4ヶ月前までは、朔との間で小競り合いが起きても、クールダウンしやすかった。一緒の会社に勤めているが、部署が違うため、基本的には顔を合わせない。時間を作らなければ、彼と会えなかった。
しかし今は違う。営業の朔が朝から取引先へ直行するのでなければ、通勤も一緒だし、家に帰れば彼がいる。それは嬉しく幸せなことのはずが、喧嘩をすると拷問に転じた。気まずさと苛立ちと悲しみのごった煮を、絶え間なく口から無理矢理流し込まれているようだった。
朔と必要最低限のことだけ話し、なるべく別の部屋で過ごす2日間が過ぎた。朔は昨日の夕方、夕飯は要らないと連絡してきて、随分遅くに帰ってきた。俺の顔を見たくないんだなと腹が立った晃嗣は、2LDKの家の中で彼と顔を合わせないように立ち回り、先にベッドに入ってしまった。
翌日の昼休み、晃嗣は社員食堂で、お相手の両親と自分の両親を交えて、婚約中の男性と食事をしたと話す部下の笑顔を見ていて、猛省してしまった。朔と交際を始めた時、一緒に暮らすマンションを決めた時、きっと自分は彼女のように晴々とした顔をしていただろう。なのに今はどうだ、こんなことでお互いぎすぎすし続けて。これではいけない。
晃嗣は帰りに、最寄り駅の近くにある菓子店に立ち寄り、朔が好きな焼き菓子のセットを買った。実は喧嘩の原因もここのお菓子で、買ったプリンを朔が食べずに放置し、賞味期限が来てしまったので、晃嗣が食べた。すると朔は、楽しみに置いておいたのにと言い激怒したのだ。
確かに、勝手に食べた晃嗣が悪い。しかし朔には、食べ物を冷蔵庫に放置する癖がある。一緒に暮らし始める前から気になっていたため、強めにたしなめるとさらに逆ギレされてしまったのだった。
帰宅した晃嗣が、とりあえず2人分のご飯を炊き始めると、インターホンが鳴った。画面に映っていたのは、朔である。
「晃嗣さんごめん、鍵が見当たらないから開けて」
マジかよと思いつつ、晃嗣はオートロックを外した。腹は立たなかったが、2分もしないうちに朔が帰ってくると思うと、軽く緊張してきた。すぐに謝ろうと段取りしているけれど、蒸し返されたらまた腹が立ちそうで怖い。
再度インターホンが鳴る。よし、おかえりと普通に言って、謝ろう。晃嗣は鍵を開けるべく玄関に向かった。
軽い音で扉が開くと、そこに立っていたのは、口の周りを血まみれにして目を吊り上げた、ウサギに似た異形の者だった。晃嗣は息を止めて固まる。驚愕と恐怖が本物だと、頭が真っ白になり動けなくなると晃嗣は知った。
「トリック・オア・トリート?」
「ぎゃあああっ!」
晃嗣は叫んでその場に尻餅をついたが、人相(?)の悪過ぎるウサギは首を傾げ、もごもごと言った。
「あっ晃嗣さん、マジでびびらせた! ごめん!」
朔の声である。晃嗣はわけがわからなくて座ったままあ然とした。心臓がだくだく跳ねるので、思わず手を胸に当てる。
慌てながらウサギが頭に両手をやると、首がすぽっと抜けた。そこから髪をくしゃくしゃにした朔が現れたので、思わず晃嗣は声を荒げた。
「たちの悪い悪戯はやめろ! ここがアメリカで俺が銃を持ってたら、迷わず発砲するとこだぞ!」
「ほんとごめん、そんなにびっくりすると思わなかった」
朔は申し訳なさそうに言い、ウサギのマスクを困惑気味に見つめた。
「あーでも、ちょっとグロいかなぁ……」
「グロいし怖いよ!」
言ってから晃嗣はすぐに察した。朔の担当する取引先におもちゃ会社があり、パーティ用のプチコスプレグッズ製作に力を入れている。社長が朔たち営業マンに、しょっちゅう新作を試させるのだ。
朔に腕を掴まれて、晃嗣はよろめきつつ立ち上がる。朔が本当に申し訳なさそうなので、それ以上怒る気が失せた。
「ちょっと待って」
晃嗣は朔をその場に残してリビングに戻り、お菓子の紙袋を持ち出した。マスクを小脇に抱えている朔に、玄関でそれを渡す。
「はい、トリート」
「あ……」
朔はマスクを床に置き、紙袋を両手で受け取る。その頬がじわっと赤らんできたので、晃嗣はすかさず謝った。
「プリン食ってごめん、代わりじゃないけど」
すると朔は、紙袋を見つめたまま唇を歪めた。その目にうっすらと光るものが浮かぶ。
「こうちゃん、ごめん……俺がだらしないから、イライラさせて」
こんな反応をされるとは思わず、晃嗣は焦る。
「いや、まあ、食べ物を無駄にするのはよくないってことだよ……だらしないとまでは思ってないから、泣かないで」
「こうちゃん……昨夜もごめん、気まずくてつい」
ぽろっと涙をこぼした朔を抱き止めようと思ったが、背の低い晃嗣のほうが抱きしめられてしまう。晃嗣は、朔の背中にゆっくり手を回した。
「ご飯炊けるから、食べよう」
こんな風に言えるのが毎日嬉しいから。晃嗣の気持ちがほぐれていく。
「トリートされた?」
朔に尋ねると、うん、とこめかみの辺りで声がした。
「このハロウィンウサギマスク、微妙かな」
「子ども向けではないと思う」
少し間が開いて、同時に小さく笑う。でも、多少仲直りの役に立ってくれたかもしれなかった。
*初出 2025.10.26 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「ハロウィン」「悪戯」
久しぶりのこうちゃんとさっくんです。今日はばっちりハロウィンですから! この2人、『あきとかな後日談集』で、暁斗と奏人を巻き込んで部屋探しをして、その後一緒に暮らし始めています。
おそらくこの2人は、私の生み出してきたカップルの中で一番リアルに構築されてきたと思います。だからちょこちょこ言葉が足りなくて行き違うなどして、微妙に泥臭いんですよね。でも、「BLはファンタジー」という人が多い中で、どのサイトでも本編が平均的に読まれていて。読み手さまの気持ちは、なかなか測りがたく掴みにくいです(笑)。
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