ほさちのBL小品詰め合わせ

穂祥 舞

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嬉し恥ずかし借り物競争

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 彩人あやとはこの季節が好きではない。文化祭のために制作をするのは楽しいが、その前に体育祭という、一日を無駄にする行事があるからだ。まだ暑いのに、汗と埃に塗れてグラウンドで走り回るなんて、どうしてこんな愚かしいことをするのだろうか。
 HRで体育祭の出場種目を決めた。玉転がしと綱引きという、運動音痴にとって極力プレッシャーの少ない種目に何とかエントリーできた彩人の心は、既に美術室に飛んでいる。早くあれに取りかかりたい。高校最後の文化祭と、秋の合同展覧会に出す作品だから、いいものにしたい。
 教室の後ろのほう、陽キャ男子たちが固まる一角から話し声がする。

「何でしゅん、借り物競走やねん」
「俺別に脚速よないもん」
「高いとこにぶら下がってるパン食う競走とかあったら、おまえの圧勝やのにな」

 いひひ、と笑いが起こり、彩人はちらっと背後を窺う。俊と呼ばれた背の高い男子、坂口さかぐちは、陸上部の走り高跳びの選手だ。
 彩人は密かにこの坂口を、今描いている絵のモデルにしていた。美術室の窓からは、陸上部のフィールド競技が使う場所がよく見えるのだ。
 坂口の高跳びは、インハイに出場経験があるだけのことはあり、走り方も跳ぶ時の姿も美しい。2年の春にそのことに気づいて、彩人はずっと彼を描きたいと思っていた。
 3年で同じクラスになったものの、陰キャグループに属する彩人が坂口と話す機会はあまり無い(必要があって話すと、普通に接してくれるいい奴だ)。勝手にモデルにしたらキモいと思われそうだったが、描きたい気持ちが勝ってしまった。



 もう少し近くで坂口の跳ぶ姿を見たいと思った彩人は、ある日スケッチブックを持ってグラウンドに出た。そんな美術部員は日々散見されるため、運動部の連中は気にせず練習に集中している。
 桜の木陰から陸上部の様子を覗くと、坂口はすぐ近くのベンチで休憩中だった。隣のクラスの部員と話しているのが聞こえる。

「大学で陸上するん?」
「あー、たぶんせえへん」
「何でや、もったいない」
「俺クラスの選手なんかいっぱいおるし、俺の第一志望、特に陸上強くないもん」

 彩人は少しショックだった。坂口が高跳びを、続ける気が無いなんて。彩人は大して上手くないが、大学生になっても絵を描くつもりでいる。陸上は、気軽に続けられるものではないのだろうか。
 それでも、練習を再開した坂口が跳ぶ姿は美しかった。彩人は彼の、助走から踏み切るまでの歩数も覚えている。右足が地を蹴り、上半身が翼を得たように空に舞う。背中と腰がバーを超え、長い脚はそれだけが意志を持つようにうねる。背中からマットに沈んだ坂口は、くるんと身軽に回転して、何事も無かったように立ち上がった。
 何か気に入らなかったのか、坂口は頭を掻いた。彩人には木陰から見守ることしかできない。それが歯痒い。



 体育祭当日、全ての競技を特にミス無く終えた彩人は、日射しと応援の声に疲れながら、クラス席でぐったりしていた。
 早く帰りたかったが、借り物競走が始まるので、彩人は椅子に座り直した。第2レースに登場した坂口は、パン! とピストルが鳴ると、すぐに頭ひとつ飛び出した。脚は速くないと言っていたが、その大きなストライドは他の選手を圧倒し、借り物のお題に1番に手を伸ばす。
 声援の中、坂口は封筒からお題が書かれた紙を抜き出し、ぱっとこちらを見た。迷わずクラス席に向かって走ってくるので、何? 何? と周囲が湧き立つ。借り物競走は毎年難題が多いが、彩人も何が書かれているのか気になった。
 坂口は走りながら叫んだ。

北川きたがわ! どこにおる!」

 クラスの全員が、彩人を振り返った。彩人は驚いて固まった。このクラスに北川は、自分しかいない。
 坂口が真っ直ぐ彩人の傍にやってきて、腕を掴む。何で? と言いたげなたくさんの顔に見送られ、彩人は坂口に引きずられながら走り出した。
 坂口の熱い手は、彩人の二の腕をがっちり掴んで離さない。走る坂口のスピード感は彩人が経験したことの無いもので、転ばないようにするのが精一杯だ。全校生徒の目が自分たちに集中し、訳がわからない。
 パンパンとピストルが2回、高らかに鳴る。

「やりました! 3組、圧倒的勝利です!」

 実況中継をする放送部の部員がやってきて、坂口がお題の封筒を彼女に手渡した。坂口の左手は彩人の右腕を掴んだままで、彩人は荒い息を吐きながら、いつ離してくれるんやろかと思っていた。

「『貸しがある、または借りを作っている人』だそうですが、どっちなのか、また理由を教えてくれますか?」

 放送部にマイクを向けられ、坂口は息ひとつ乱さず答えた。

「貸しがあります、こいつ美術部なんですけど、俺に断りなく俺の絵を描いてます」

 坂口の語尾に笑いが混じり、グラウンド中からおおっ、とどよめきが起こる。彩人は赤面したのを自覚した。確かに何も言ってないけれど、こんな場所で晒さなくてもいいのに!
 彩人にもマイクが向けられた。

「だそうですが、事実ですか?」
「あっ……ごめんなさい……」

 思わず謝ってうつむくと、可哀想やろ! とか、公開処刑かよ! といった笑い混じりの野次が坂口に向かって飛んだ。

「えっ! そんなつもりちゃうで、むしろ嬉しいのに……」

 えっ。坂口の困惑の声に、彩人は顔を上げた。隣の男を見上げると、彼は微苦笑していた。
 放送部がおめでとうと言って締めたので、笑いと大きな拍手の中、彩人はやはり腕を掴まれたまま、坂口とクラス席に向かった。

「ごめんな、ほんまに嬉しいんやで」

 言われて彩人は、何度も頷く。嬉しかったので、するっと言葉が出た。

「こっちこそごめん、あの絵仕上げて文化祭に出したいんやけど、ええかな?」
「お……うん、ちょっと恥ずかしいな」

 クラスのみんなから拍手で迎えられた2人は、いつまで手ぇ繋いでんねん、と突っ込まれる。
 高跳び辞めんといて。そう言える時があればいいと、彩人は高揚の中で思った。


*初出 2025.10.12 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「スポーツ」「屋外」
 関西の高校生ですね、どこの子でしょうかうふふ。昨年夏あたりまでは、高校生のBLは無理だと思っていましたが、R18シーンを入れなくても「エロが無い!」と言われないので、最近は書きやすいです。母親目線になってしまって(?)、逆に入れられないですよね……。
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