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紺色のマフラー
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「え……キモい」
言ってから、しまった、と思った。そんな言い方をするつもりはなかった。彼女は唖然として、屈辱に一気に真っ赤になった。
放課後に突然呼び出されて、クリスマスっぽい赤い紙に包まれたものを手渡された。よそのクラスの、確か1年の時同じクラスだった女子。名前さえはっきり覚えていない。
包みを開けて出てきたのは、紺の地に緑と白のストライプが入ったマフラーだった。ひと目見て、いいなと思ったのだが、私が編んだと聞かされて一気に警戒した。これを受け取れば、交際の申し込みを承諾するも同然だ。
俺は高校2年生の頃には、男が好きだという自覚があったので、老若問わず女に興味が無かった。そう言って、受け取れない意思を伝えるべきだったのだが、焦って口から吐いたのは、ひどい言葉だった。
彼女は俺の手からマフラーをひったくり、ぱたぱたとその場から去った。もしかしたら涙を堪えていたかもしれない。謝ることができないまま、俺は彼女の背中を見送った。
大学受験を間近に控えたある寒い日の、悔やまれる思い出だ。
俺は社会人になって4年後、ゲイであることをカミングアウトし、同性の交際相手ができた。3つ年上の、趣味の教室で知り合った人だ。
少し変わった趣味だと言われるが、俺は大学生の頃から、レザークラフトをやっている。受講料を自分で払える身になってから、先生について本格的に教えてもらうようになった。
俺の交際相手は、同じ手芸教室の棒針編みコースに所属している。何せ若い男が少ない教室なので、互いに目立った。それで話をするようになり、互いにゲイだとわかったわけだ。
クリスマスが近づき、冷え込んだ週末の夜、俺は彼氏……坂本さんと夕飯を楽しんでいた。交際を始めて初めて迎える、12月から1月のイベントの多いシーズンなので、俺はうきうきしていた。
「えっと、ちょっと早いんだけど、日枝さんへのクリスマスプレゼントのつもりで……」
食事が一段落ついた時、坂本さんが紙袋を渡してくれた。その場で中の包みを開けると、紺色のマフラーが出てきた。
「わ、もしかして教室で編んでくれたんですか?」
俺は嬉しくなり、マフラーを広げた。緑と白のストライプがアクセントになっている。見事な編み上がりだった。
「ありがとうございます、すごいなぁ」
俺なんかまだまだ、自分の作ったものを坂本さんにプレゼントできないと思う。しかしマフラーの紺色を見ているうち、微かな違和感が頭の中に湧いた。
すると坂本さんは言った。
「キモいとは思わない?」
「え?」
キモいだなんて、どうして。俺は自分でもわかるくらいぽかんとしたが、坂本さんは笑顔をすっと消す。
「手編みなんてキモいだろ? 8年前、日枝さんにこれと同じマフラーを持ってきた女の子に、そう言ったじゃないか」
何て? 雷に打たれたら、きっとこんな風になるんだろう。俺の脳内がフラッシュアウトし、レストランの中で流れていた音楽や、周りの客の楽しげなさざめきが消えた。
「高3の冬に日枝さんにマフラーを編んだの、俺の妹な」
坂本さんの告白に、マフラーを持つ手が震えた。妹? あの彼女の顔をはっきり思い出せないので、坂本さんと似ていたのかもわからない。でもこのことを、俺はこれまで誰にも話したことはない。あの子から聞いたのでなければ、坂本さんは絶対に知り得ないのだ。
俺は坂本さんの顔を見られなくなった。今すぐその場から逃げ出したいのを我慢して、マフラーをテーブルの隅にそっと置き、浅い息になりながら鞄から財布を出した。
「帰ります……さよなら」
俺は金を置いて立ち上がり、隣の椅子の背に掛けていたコートを掴んだ。待って、と坂本さんが腰を浮かせたが、俺は早足で店の出口を目指す。
あっけない幕切れは、過去の自分の軽率な発言によってもたらされた。因果応報とはよく言ったものだ。俺はやってきたエレベーターに飛び乗り、コートも着ずにビルの外へ出た。そして初めて思った。あの時あの子は、今の俺以上に恥ずかしく悔しい思いをしたのだ。
身を切る寒さに震えながら、駅を目指した。涙で景色が滲む。すると、背中から声が飛んできた。
「日枝さん、ごめん、待って!」
坂本さんが追いついてきたが、走って逃げる気力も無く、腕を掴まれるままになる。
「コートちゃんと着て……本当にごめん、そんなに深刻に受け止めると思わなかった、許してください」
俺は坂本さんにコートを着せ掛けられ、道の端に引っぱって行かれた。
「10月の教室の文化祭の写真を見せたら、妹が日枝さんに気づいて……昔きつい言われ方で振られた同級生だって」
坂本さんは、俺が本当にそんな言葉を妹にぶつけたのかが気になり、あの時妹が編んでいたのと同じ柄のマフラーを、俺のために編んだ。
要するに俺は試されたようだ。いずれにせよ、俺がひどい奴だとバレたことには変わりがない。
そうですか、としか言葉が出なかった。俺は重い足を動かしてその場から去ろうとしたが、坂本さんが前に立ち塞がる。
「ごめんなさい、妹は日枝さんとのことに関しては、確かに手編みは重いから、高校時代の自分が軽率だったって」
「……あんな言い方をするつもりじゃなかったんです」
言い訳をしたくない思いと、坂本さんへの未練の間で引き裂かれそうだったが、俺は半泣きで言った。
「俺は女は好きになれないから、これは受け取れないって言えばよかったんだ」
涙がどばっと溢れた。同時に、ごめんなさい、という言葉が、口から勝手に何度も出た。誰に何を詫びているのか、もうよくわからなかった。
坂本さんのハンカチが、俺の頬を拭う。もう優しくしてくれなくてもいいのに。
「そういうことだったんだ……妹は来年の3月に結婚するんです」
言いながら坂本さんは、うつむいたままの俺に紺色のマフラーを巻きつけた。
「その前に、日枝さんを交際相手だと家族に紹介したくて……だから妹の昔話をはっきりさせたいっていう俺の身勝手で……ほんとにごめん」
俺はようやく、坂本さんの顔を見ることができた。彼は通りのイルミネーションの中で、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
もう終わったという絶望感に泣いてしまうほど、この人のことが好きになっていた。俺は今更恥ずかしくなってきて、彼の顔から視線を外し、温かいマフラーに顎の先を埋めた。
*初出 2025.12.6 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「冬」「マフラー」
手芸男子CPという設定が割と気に入っていて、最初にアップした時、一体誰が悪い? と思った作品です。誰しも日枝くん、坂本さん、坂本さんの妹、それぞれの立場になり得るのかなと思うなど。
言ってから、しまった、と思った。そんな言い方をするつもりはなかった。彼女は唖然として、屈辱に一気に真っ赤になった。
放課後に突然呼び出されて、クリスマスっぽい赤い紙に包まれたものを手渡された。よそのクラスの、確か1年の時同じクラスだった女子。名前さえはっきり覚えていない。
包みを開けて出てきたのは、紺の地に緑と白のストライプが入ったマフラーだった。ひと目見て、いいなと思ったのだが、私が編んだと聞かされて一気に警戒した。これを受け取れば、交際の申し込みを承諾するも同然だ。
俺は高校2年生の頃には、男が好きだという自覚があったので、老若問わず女に興味が無かった。そう言って、受け取れない意思を伝えるべきだったのだが、焦って口から吐いたのは、ひどい言葉だった。
彼女は俺の手からマフラーをひったくり、ぱたぱたとその場から去った。もしかしたら涙を堪えていたかもしれない。謝ることができないまま、俺は彼女の背中を見送った。
大学受験を間近に控えたある寒い日の、悔やまれる思い出だ。
俺は社会人になって4年後、ゲイであることをカミングアウトし、同性の交際相手ができた。3つ年上の、趣味の教室で知り合った人だ。
少し変わった趣味だと言われるが、俺は大学生の頃から、レザークラフトをやっている。受講料を自分で払える身になってから、先生について本格的に教えてもらうようになった。
俺の交際相手は、同じ手芸教室の棒針編みコースに所属している。何せ若い男が少ない教室なので、互いに目立った。それで話をするようになり、互いにゲイだとわかったわけだ。
クリスマスが近づき、冷え込んだ週末の夜、俺は彼氏……坂本さんと夕飯を楽しんでいた。交際を始めて初めて迎える、12月から1月のイベントの多いシーズンなので、俺はうきうきしていた。
「えっと、ちょっと早いんだけど、日枝さんへのクリスマスプレゼントのつもりで……」
食事が一段落ついた時、坂本さんが紙袋を渡してくれた。その場で中の包みを開けると、紺色のマフラーが出てきた。
「わ、もしかして教室で編んでくれたんですか?」
俺は嬉しくなり、マフラーを広げた。緑と白のストライプがアクセントになっている。見事な編み上がりだった。
「ありがとうございます、すごいなぁ」
俺なんかまだまだ、自分の作ったものを坂本さんにプレゼントできないと思う。しかしマフラーの紺色を見ているうち、微かな違和感が頭の中に湧いた。
すると坂本さんは言った。
「キモいとは思わない?」
「え?」
キモいだなんて、どうして。俺は自分でもわかるくらいぽかんとしたが、坂本さんは笑顔をすっと消す。
「手編みなんてキモいだろ? 8年前、日枝さんにこれと同じマフラーを持ってきた女の子に、そう言ったじゃないか」
何て? 雷に打たれたら、きっとこんな風になるんだろう。俺の脳内がフラッシュアウトし、レストランの中で流れていた音楽や、周りの客の楽しげなさざめきが消えた。
「高3の冬に日枝さんにマフラーを編んだの、俺の妹な」
坂本さんの告白に、マフラーを持つ手が震えた。妹? あの彼女の顔をはっきり思い出せないので、坂本さんと似ていたのかもわからない。でもこのことを、俺はこれまで誰にも話したことはない。あの子から聞いたのでなければ、坂本さんは絶対に知り得ないのだ。
俺は坂本さんの顔を見られなくなった。今すぐその場から逃げ出したいのを我慢して、マフラーをテーブルの隅にそっと置き、浅い息になりながら鞄から財布を出した。
「帰ります……さよなら」
俺は金を置いて立ち上がり、隣の椅子の背に掛けていたコートを掴んだ。待って、と坂本さんが腰を浮かせたが、俺は早足で店の出口を目指す。
あっけない幕切れは、過去の自分の軽率な発言によってもたらされた。因果応報とはよく言ったものだ。俺はやってきたエレベーターに飛び乗り、コートも着ずにビルの外へ出た。そして初めて思った。あの時あの子は、今の俺以上に恥ずかしく悔しい思いをしたのだ。
身を切る寒さに震えながら、駅を目指した。涙で景色が滲む。すると、背中から声が飛んできた。
「日枝さん、ごめん、待って!」
坂本さんが追いついてきたが、走って逃げる気力も無く、腕を掴まれるままになる。
「コートちゃんと着て……本当にごめん、そんなに深刻に受け止めると思わなかった、許してください」
俺は坂本さんにコートを着せ掛けられ、道の端に引っぱって行かれた。
「10月の教室の文化祭の写真を見せたら、妹が日枝さんに気づいて……昔きつい言われ方で振られた同級生だって」
坂本さんは、俺が本当にそんな言葉を妹にぶつけたのかが気になり、あの時妹が編んでいたのと同じ柄のマフラーを、俺のために編んだ。
要するに俺は試されたようだ。いずれにせよ、俺がひどい奴だとバレたことには変わりがない。
そうですか、としか言葉が出なかった。俺は重い足を動かしてその場から去ろうとしたが、坂本さんが前に立ち塞がる。
「ごめんなさい、妹は日枝さんとのことに関しては、確かに手編みは重いから、高校時代の自分が軽率だったって」
「……あんな言い方をするつもりじゃなかったんです」
言い訳をしたくない思いと、坂本さんへの未練の間で引き裂かれそうだったが、俺は半泣きで言った。
「俺は女は好きになれないから、これは受け取れないって言えばよかったんだ」
涙がどばっと溢れた。同時に、ごめんなさい、という言葉が、口から勝手に何度も出た。誰に何を詫びているのか、もうよくわからなかった。
坂本さんのハンカチが、俺の頬を拭う。もう優しくしてくれなくてもいいのに。
「そういうことだったんだ……妹は来年の3月に結婚するんです」
言いながら坂本さんは、うつむいたままの俺に紺色のマフラーを巻きつけた。
「その前に、日枝さんを交際相手だと家族に紹介したくて……だから妹の昔話をはっきりさせたいっていう俺の身勝手で……ほんとにごめん」
俺はようやく、坂本さんの顔を見ることができた。彼は通りのイルミネーションの中で、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
もう終わったという絶望感に泣いてしまうほど、この人のことが好きになっていた。俺は今更恥ずかしくなってきて、彼の顔から視線を外し、温かいマフラーに顎の先を埋めた。
*初出 2025.12.6 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「冬」「マフラー」
手芸男子CPという設定が割と気に入っていて、最初にアップした時、一体誰が悪い? と思った作品です。誰しも日枝くん、坂本さん、坂本さんの妹、それぞれの立場になり得るのかなと思うなど。
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