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星月の光の照らすところ
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キャンプファイアーの火を10人ほどで消すと、高原に佇む施設の庭に落ちるのは、月明かりばかりである。空を見上げて、星は本当に、宝石のように煌めくのだと俺は知る。
「Y君は独りが好きなのかい?」
話しかけてきたのは、容姿端麗で優秀で、先生方の信頼も厚いMさんだった。こんな風に自由時間に話しかけられるのは初めてではないのに、俺はちょっとどぎまぎしてしまう。
「いえ、みんな賢くて洗練された人ばかりで、田舎者は気が引けるものですから」
「きみの住む地は信徒も多いし、田舎ではないだろう? 皆関西の様子を聞きたいと思っているし、きみはもっと話さなくてはいけないよ」
Mさんは帝大生で、何人も聖職者を出す、東京の良い家の出身だ。彼もまた牧師を目指す謂わばサラブレッドで、日本全国の志の高い高潔な若者が集うこのキャンプの中でも、飛び抜けて目立つ。俺のような、大阪の南から来た、何でもない私大に通うぽっと出のクリスチャンとは訳が違う。
俺がこのキャンプに参加するのは、今年2回目だ。優しく気の回るMさんは、年齢が近い俺を昨年から気にかけてくれる。おかげで俺まで、有名な全国の先生たちと知己を得ることができた。しかしそれで余計に、他の参加者から嫉視に似たものを向けられている気がするのは、誤解や自意識過剰とは言えないと思う。
Mさんは月明かりを浴びる木のベンチに座り、美しい横顔を見せつつ空を見上げた。
「ここは清らかで何の憂いも無いね、でも帰ったらイエス様の姿を見失いそうなことばかりだ」
俺はMさんの愚痴めいた発言に驚き、同情と親近感を覚える。
「Mさんでもそんな風に思うんですね」
彼はこちらを向き、笑った。月の影のせいか、やや憂いを含んだ笑顔に見えた。
「当たり前だよ……使徒たちだって迷いながら世界中を巡ったんだろうなと思えるのが、今の僕を励ましてるのさ」
Mさんは少し俺に顔を近づけた。微かにいい匂いがして、俺はどきっとする。
「Y君にはまだまだ神様の世界が遠いと思う、でもその道すがら見つけた喜びを、ずっと忘れないで」
俺は貧乏な家で生まれ育ち、貧しいだけで損だと思い続ける腐った日々を、神の前では皆等しいという教えに救ってほしいだけである。Mさんが言うような、霊的な喜びを感じている訳ではなかった。
「きみを見ていると、僕も子どもの頃のような、神様に近い場所に自然に居た感じを思い出せるんだ」
「いや、俺は……」
言いかけた俺の前髪に、Mさんの長い指が触れた。一気に顔が熱くなる。
その時、芝を踏む足音が近づき、太い声がMさんを呼んだ。月の光を背にしている背の高い男性は、A先生だった。アメリカの神学校で学び、帰国後から東京の大きな教会を司牧し、説教も上手で沢山の本を出している素晴らしい聖職者である。
「明日のディスカッションの段取りをしたいから来てくれるかな? ああ、来年はY君にもM君みたいに話してもらいたいから、明日是非彼の話をしっかり聞いてほしいね」
A先生にこんな言い方をされると、やはり嬉しいので、はい、と反射的に答えてしまった。
A先生はMさんに目線をやったが、俺はその目に何か、粘っこく異質な光を見た気がした。ぎくりとして咄嗟にMさんを見ると、彼は美しい形の唇に、淡い笑みを浮かべていた。そこには諦念とも期待とも取れる何かが感じられて、俺はそれにも、この場に相応しくないどろっとしたものを感じた。
Mさんは立ち上がり、おやすみ、と俺に笑いかけてから、A先生について建物に戻っていく。それを見送ると、辺りには静寂が落ちるのみ。
空気が冷えてきたので、俺もベンチから腰を上げた。月と星の光でできる自分の影がやや禍々しく思えたが、気のせいだと何度も打ち消す。異教の月の女神が、俺を惑わしているのかもしれなかった。
*初出 2023.10.28 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「星月夜」
これはほんとに我ながらけしからんといいますか、職場で1970年代のキリスト教の某宗派の、青年会キャンプみたいな資料を受け入れまして、それを整理するうちに湧いた話です。「大阪南部の出身のYくん」というのが、資料を寄贈してくださったかたのお身内そのままの設定にしてしまったのですが、この話は何ら事実とは関係ありませんので……。
私の職場が属する宗派では、この当時、キリスト教の伝道のために奉職したいという若い男性が沢山いて、年に1~2回、高原や海岸で合宿をしていました。3泊4日くらいの日程で、お祈りや瞑想をしたり、偉い聖職者の話を聞いてディスカッションをしたりしました。牧師不足の現在では考えられないです。
職場の人間にこれを読ませたら、人身売買の組織としか思えない(笑)という感想が飛び出て、ことごとくけしからん作品になってしまいました。
「Y君は独りが好きなのかい?」
話しかけてきたのは、容姿端麗で優秀で、先生方の信頼も厚いMさんだった。こんな風に自由時間に話しかけられるのは初めてではないのに、俺はちょっとどぎまぎしてしまう。
「いえ、みんな賢くて洗練された人ばかりで、田舎者は気が引けるものですから」
「きみの住む地は信徒も多いし、田舎ではないだろう? 皆関西の様子を聞きたいと思っているし、きみはもっと話さなくてはいけないよ」
Mさんは帝大生で、何人も聖職者を出す、東京の良い家の出身だ。彼もまた牧師を目指す謂わばサラブレッドで、日本全国の志の高い高潔な若者が集うこのキャンプの中でも、飛び抜けて目立つ。俺のような、大阪の南から来た、何でもない私大に通うぽっと出のクリスチャンとは訳が違う。
俺がこのキャンプに参加するのは、今年2回目だ。優しく気の回るMさんは、年齢が近い俺を昨年から気にかけてくれる。おかげで俺まで、有名な全国の先生たちと知己を得ることができた。しかしそれで余計に、他の参加者から嫉視に似たものを向けられている気がするのは、誤解や自意識過剰とは言えないと思う。
Mさんは月明かりを浴びる木のベンチに座り、美しい横顔を見せつつ空を見上げた。
「ここは清らかで何の憂いも無いね、でも帰ったらイエス様の姿を見失いそうなことばかりだ」
俺はMさんの愚痴めいた発言に驚き、同情と親近感を覚える。
「Mさんでもそんな風に思うんですね」
彼はこちらを向き、笑った。月の影のせいか、やや憂いを含んだ笑顔に見えた。
「当たり前だよ……使徒たちだって迷いながら世界中を巡ったんだろうなと思えるのが、今の僕を励ましてるのさ」
Mさんは少し俺に顔を近づけた。微かにいい匂いがして、俺はどきっとする。
「Y君にはまだまだ神様の世界が遠いと思う、でもその道すがら見つけた喜びを、ずっと忘れないで」
俺は貧乏な家で生まれ育ち、貧しいだけで損だと思い続ける腐った日々を、神の前では皆等しいという教えに救ってほしいだけである。Mさんが言うような、霊的な喜びを感じている訳ではなかった。
「きみを見ていると、僕も子どもの頃のような、神様に近い場所に自然に居た感じを思い出せるんだ」
「いや、俺は……」
言いかけた俺の前髪に、Mさんの長い指が触れた。一気に顔が熱くなる。
その時、芝を踏む足音が近づき、太い声がMさんを呼んだ。月の光を背にしている背の高い男性は、A先生だった。アメリカの神学校で学び、帰国後から東京の大きな教会を司牧し、説教も上手で沢山の本を出している素晴らしい聖職者である。
「明日のディスカッションの段取りをしたいから来てくれるかな? ああ、来年はY君にもM君みたいに話してもらいたいから、明日是非彼の話をしっかり聞いてほしいね」
A先生にこんな言い方をされると、やはり嬉しいので、はい、と反射的に答えてしまった。
A先生はMさんに目線をやったが、俺はその目に何か、粘っこく異質な光を見た気がした。ぎくりとして咄嗟にMさんを見ると、彼は美しい形の唇に、淡い笑みを浮かべていた。そこには諦念とも期待とも取れる何かが感じられて、俺はそれにも、この場に相応しくないどろっとしたものを感じた。
Mさんは立ち上がり、おやすみ、と俺に笑いかけてから、A先生について建物に戻っていく。それを見送ると、辺りには静寂が落ちるのみ。
空気が冷えてきたので、俺もベンチから腰を上げた。月と星の光でできる自分の影がやや禍々しく思えたが、気のせいだと何度も打ち消す。異教の月の女神が、俺を惑わしているのかもしれなかった。
*初出 2023.10.28 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「星月夜」
これはほんとに我ながらけしからんといいますか、職場で1970年代のキリスト教の某宗派の、青年会キャンプみたいな資料を受け入れまして、それを整理するうちに湧いた話です。「大阪南部の出身のYくん」というのが、資料を寄贈してくださったかたのお身内そのままの設定にしてしまったのですが、この話は何ら事実とは関係ありませんので……。
私の職場が属する宗派では、この当時、キリスト教の伝道のために奉職したいという若い男性が沢山いて、年に1~2回、高原や海岸で合宿をしていました。3泊4日くらいの日程で、お祈りや瞑想をしたり、偉い聖職者の話を聞いてディスカッションをしたりしました。牧師不足の現在では考えられないです。
職場の人間にこれを読ませたら、人身売買の組織としか思えない(笑)という感想が飛び出て、ことごとくけしからん作品になってしまいました。
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