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イングリッシュローズの王子①
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満席のホールに大きな拍手が満ちた。ソロではないけれど、久しぶりに自分に向けられた喝采に、尚登の胸の中が熱くなる。アンコール曲を2曲演奏して、コンサートは閉幕した。
尚登は今夜、新設のコーラスユニット「コール・アルゴリズム」のメンバーとしてデビューした。昨秋団員のオーディションがおこなわれ、厳しい倍率を勝ち抜き、テノールパートの正団員になれたのだ。
コール・アルゴリズムのお披露目公演では、兄弟合唱団「コール・インテグラル」のメンバー20人が共演した。今夜の客の半分以上はおそらくインテグラル目当てなのだが、そんなことはどちらでも良かった。鳴り止まない拍手に、大学を卒業してから長らく歌う場所を探して彷徨った尚登は、いたく満足した。
「余力のある人はロビーでお客様お見送りして下さーい」
舞台袖で事務方から言われて、家族しか呼んでいない尚登は迷った。しかし憧れているバス歌手がロビーに通じる扉に向かったので、彼について行く。
「清水くん、お疲れさま」
そのバス、深田一樹はすぐに尚登を振り返ってくれた。彼はインテグラルのメンバーの中で唯一、非専業の歌手である。ドーナツメーカーの研究室に勤務しながら、歌っているのだ。
「お疲れさまです、深田さん沢山お友達呼んでらっしゃるんですか?」
「今日はそんなに来てない、清水くんは家族が来てるんだっけ?」
尚登は常に人当たりの良い深田が、インテグラルのムードメーカーになっていると、合同練習が始まってすぐに気づいた。アルゴリズムは、尚登を含む4分の1のメンバーが兼業歌手で、専業の者よりも練習時間が取りづらいことなどから、メンバー内でいつ分断が起きてもおかしくない。だから深田が専業組と和やかにやっているのを見て、尚登たちもいろいろ参考にしたのだった。
ロビーは客と、見送りの合唱団員でごった返していた。その光景に圧倒されていると、複数の女の声がいきなり尚登に向けられた。
「王子! お疲れ、団員デビューおめでとう」
「もう歌うの辞めたのかと思いきや、さすが薔薇の騎士だねー」
尚登がぎょっとして振り返ると、音大の声楽科の同期の女子3人が、笑顔で立っていた。彼女らから手渡されたのは、ピンクの薔薇の花束である。
観に来てくれたのはとても嬉しいのだが、ひと言文句を言わずにはいられなかった。
「ありがとう、でもこんなところで王子って呼ぶな!」
「えーっ、清水くんは私たちの永遠の王子だよぉ」
「やっぱタキシード似合うねぇ、眼福」
女子たちは、だはは、と一斉に笑った。声楽をたしなむ女は話し声もデカいので、尚登は人目が、特に深田の目が気になって仕方がない。
尚登は華奢で整った顔立ちをしているため、不本意に女性の注目を浴びがちだ。音大の声楽科に入学すると、圧倒的多数の女子たちからすぐに王子と渾名された。リヒャルト・シュトラウスのオペラ「薔薇の騎士」に登場する、美貌の若者オクタヴィアンの愛称「カンカン」をそのまま使う教員もいた。
オクタヴィアンはメゾソプラノが演じる役なので、なぞらえられてもあまり嬉しくない。それに尚登はこの容姿のせいで、小中学生の頃はクラスの男子から弄られてばかりだった。
だから男らしい声で歌う深田のような人に、いつも憧れた。深田は国立大の理系学部を出てから、芸大で声楽を勉強したという変わり種で、表情にも言葉にも歌にも知性が感じられる(気がする)ことにも惹かれた。
尚登は今夜、新設のコーラスユニット「コール・アルゴリズム」のメンバーとしてデビューした。昨秋団員のオーディションがおこなわれ、厳しい倍率を勝ち抜き、テノールパートの正団員になれたのだ。
コール・アルゴリズムのお披露目公演では、兄弟合唱団「コール・インテグラル」のメンバー20人が共演した。今夜の客の半分以上はおそらくインテグラル目当てなのだが、そんなことはどちらでも良かった。鳴り止まない拍手に、大学を卒業してから長らく歌う場所を探して彷徨った尚登は、いたく満足した。
「余力のある人はロビーでお客様お見送りして下さーい」
舞台袖で事務方から言われて、家族しか呼んでいない尚登は迷った。しかし憧れているバス歌手がロビーに通じる扉に向かったので、彼について行く。
「清水くん、お疲れさま」
そのバス、深田一樹はすぐに尚登を振り返ってくれた。彼はインテグラルのメンバーの中で唯一、非専業の歌手である。ドーナツメーカーの研究室に勤務しながら、歌っているのだ。
「お疲れさまです、深田さん沢山お友達呼んでらっしゃるんですか?」
「今日はそんなに来てない、清水くんは家族が来てるんだっけ?」
尚登は常に人当たりの良い深田が、インテグラルのムードメーカーになっていると、合同練習が始まってすぐに気づいた。アルゴリズムは、尚登を含む4分の1のメンバーが兼業歌手で、専業の者よりも練習時間が取りづらいことなどから、メンバー内でいつ分断が起きてもおかしくない。だから深田が専業組と和やかにやっているのを見て、尚登たちもいろいろ参考にしたのだった。
ロビーは客と、見送りの合唱団員でごった返していた。その光景に圧倒されていると、複数の女の声がいきなり尚登に向けられた。
「王子! お疲れ、団員デビューおめでとう」
「もう歌うの辞めたのかと思いきや、さすが薔薇の騎士だねー」
尚登がぎょっとして振り返ると、音大の声楽科の同期の女子3人が、笑顔で立っていた。彼女らから手渡されたのは、ピンクの薔薇の花束である。
観に来てくれたのはとても嬉しいのだが、ひと言文句を言わずにはいられなかった。
「ありがとう、でもこんなところで王子って呼ぶな!」
「えーっ、清水くんは私たちの永遠の王子だよぉ」
「やっぱタキシード似合うねぇ、眼福」
女子たちは、だはは、と一斉に笑った。声楽をたしなむ女は話し声もデカいので、尚登は人目が、特に深田の目が気になって仕方がない。
尚登は華奢で整った顔立ちをしているため、不本意に女性の注目を浴びがちだ。音大の声楽科に入学すると、圧倒的多数の女子たちからすぐに王子と渾名された。リヒャルト・シュトラウスのオペラ「薔薇の騎士」に登場する、美貌の若者オクタヴィアンの愛称「カンカン」をそのまま使う教員もいた。
オクタヴィアンはメゾソプラノが演じる役なので、なぞらえられてもあまり嬉しくない。それに尚登はこの容姿のせいで、小中学生の頃はクラスの男子から弄られてばかりだった。
だから男らしい声で歌う深田のような人に、いつも憧れた。深田は国立大の理系学部を出てから、芸大で声楽を勉強したという変わり種で、表情にも言葉にも歌にも知性が感じられる(気がする)ことにも惹かれた。
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