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しおりを挟む香月が急いでしなければならないのは文字の練習、魔法の練習。文字は急がなくてもいいが、できるなら教会にいる間に習得した方がいいかと思い、香月が申し出た。
魔法は昨日のうっかり変な場所への転移があった時、すぐに対応できるようにある程度は練習し、使いこなせるようになったほうがいいだろうという事になった。
昨日の出来事は普通ではない。しかし、また起こらないとは限らない。
魔法だけでなく護身術を習った方がいい気もしたが、いくつも習い同時進行でやっていける気がしなかった。その為、二つに絞り込み、重点的にすることで早期修得を目指すことに至る。
「文字は練習あるのみですので、ひたすら書き記してくださいね」
フロウティアは真っ白な用紙を準備した。そして見本に持ってきた本の文字を魔法を使用し、この世界本来の文字を固定する。
そうすると今までちゃんと読めていた文字は、見たことない字が綴られているものへと変貌を遂げる。ちゃんと練習できるように、この世界の文字と香月が読める文字と二通り浮かび上がっていて工夫がされている。
本を眺め、香月は遠い目をする。気が遠くなる作業だった。しかし、練習しなければいざという時に書けない。それで困るのは自分だと言い聞かせ、ひたすら紙に記す作業をこなした。結局、数をこなすしかないので、フロウティアは文字の練習に誰かを見繕うことなく、フロウティア本人が仕事の合間を塗って見てくれる。
とりあえず文字に慣れるために、書き続けた。文字を書く物は魔法でインクが自動的に補充される仕組みのものらしく、いくら書いても無くならない。そして、間違えた時も魔法の効果で修正が可能だ。とても便利である。
ただしその魔法のおかけで延々と書き連ねる作業がこなせる為、終わりが見えない。気が済むまでできるといえば聞こえはいいが、休憩がないに等しい。
自室でひたすら文字の練習をしている香月のもとに来るのは、教皇としての仕事をこなすフロウティアのみ。あとは元々同じ部屋にいるヴィレムとの会話で、実際に儀式をして香月の地位が安定したのか確かめる術は無い。
儀式の後は結局、転移での出来事のほうが香月たちの間では大事になり、儀式の成功による効果は明かされぬまま今に至る。気にはなるが絶対に聞き出さないといけないことでもないと考えて、香月もあえてフロウティアに話を振らない。ヴィレムは知ってるのか分からない。興味もなさそうな気がする。
「カツキ様、休憩がてらお茶に致しませんか?」
フロウティアがやってきて香月が書き連ねた用紙を見上げ、苦笑を浮かべて提案する。
流石に集中し過ぎた。フロウティアに声をかけられ頭を上げれば疲れがいっきに襲いかかる。肩も凝り固まり、腕を上げようとすれば軋む。固まった体を徐々に動かし、解す。
「沢山練習されましたね」
フロウティアはテーブルの上を一瞬で片付け、紅茶とお茶菓子を出す。
本と紙たちは後ろに綺麗に並べ置かれていた。
香月が休憩に入ったのを見てヴィレムが香月の膝に乗る。ヴィレムは香月が集中して文字を練習している時は少し離れた所から見守り、邪魔にならないように務めてくれていたのだ。
「カツキ、根を詰め過ぎじゃない?」
「そんなことないよ?早く書ける方がいいかなぁって思って、つい熱が入りすぎちゃったかな」
ヴィレムがテーブルに音もなく乗り、ケーキの乗せられている皿を押し出す。
「早く甘いもの食べて元気になって?」
今にもフォークでケーキを差し出しそうな雰囲気だった。
そんな香月の予感は当たり、ヴィレムは添えられていたフォークを掴み、差し出そうとするがフォークが重いのかあまり持ち上がっていない。プルプル震えている。
(か、可愛い!持てないのに一生懸命持とうと頑張ってる姿が、凄く可愛い!)
頑張っているヴィレムには申し訳ないと思いつつ、香月はフォークを持ち奮闘するヴィレムの姿を堪能した。
フロウティアも無言でヴィレムを眺めている。その口元が若干震えているのは笑いを堪えているのだろうか。本人を目の前に質問をできないため、問えないのが残念だ。
暫くするとヴィレムも持てないと諦めたのかフォークを置く。
「ねぇ、カツキ、この姿じゃフォークを持ち上げて、カツキに食べさせてあげれない......だから、人型になってもいい?」
ヴィレムがフォークを悲しげに見つめ、紡いだ言葉は人型になる許可を香月に求めるためだった。
「なんで私に聞くの?」
「だって、カツキはこの姿が好きでしょう?」
ヴィレムに問われすぐに頷いてしまうくらい好きだ。
しかし、だからといってヴィレムがなりたい姿を縛りたい訳じゃない。ヴィレムは契約を結んでいるといっても、奴隷ではないのだから好きな時に好きな姿をすればいい。香月に許可を求める必要はないと思う。
ただ香月が神獣の姿が好みで、好きすぎるだけ。
「ヴィレムが人型がいいなら、人型でいいだよ?私はヴィレムの姿を縛りたいわけじゃないよ?」
香月はそう考え、告げるがヴィレムは違うみたいだ。
「カツキが好きな姿でカツキの目に映りたいもの。だけど、この姿はできることが少ないの。魔法は使えるから問題ないけど、こうやってフォークすらまともに持てない......」
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