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しおりを挟むフロウティアの申し出は、元々予定していたことだ。確かに彼女の言った通り、時期は早い気はする。
香月は魔法も文字も途中までしか学べておらず、中途半端。しかし、気分転換にはもってこいの提案だ。
魔法はヴィレムが居るし、文字は書けないだけで話は通じるのだから国を跨いだとしても何も問題は無い。
「如何でしょうか?」
あくまでフロウティアは提案をするだけで、決して香月の気持ちを無視することは無い。ありえない。
香月がこのまま教会に留まることを決めたとしても、あっさり了承するだろう。そして香月が望んだその時に出発出来るように準備をするだけ。
「......フォーディス伯爵の刑の執行はいつなの?」
「......明日にございます、カツキ様。......まさか、ご覧になるとは、仰らないですよね?」
フロウティアが狼狽し、香月に確かめる。僅かに上げた手を激しく上下に動かす。その様が、いかにフロウティアが動揺しているのかを示すようだった。
「まさか!」
香月はすぐさま否定する。流石に香月とて刑が執行される様子を見たいとは思わない。いや、絶対に無理だ。
冷静に見守れる気がしない。
最初からそんなつもりは無い。
あからさまに安堵した様子のフロウティアに、香月は苦笑いする。
「見るつもりは、無いの。でも、刑が執行されてから出発しようと思って」
「カツキ様が仰るなら、その様に致しましょう」
フロウティアはそう言い、準備に取り掛かる。
「では、手配がございますので一旦、失礼しますね。何かあればすぐにお呼びください」
フロウティアは香月の部屋から転移した。
「くそ......どうしてこんな事にっ」
冷たい牢獄で、フォーディス伯爵は悔しげに呟く。
地下にあり、石造りである為、素肌に触れる床はひどく冷たく氷のよう。
貴族らしく素材に拘り、装飾も華やかにしていた服は取り上げられ、襤褸のような粗末な服に着替えさせられた。
食事は持ってきてもらえるが、食べれたものじゃない。泥のように濁っていて、何の具かも分からないものが浮いた冷めたスープ。歯で食いちぎるのがやっとのかたいパン。
貴族たる自分がこんな仕打ちを受ける。それが許せなかった。
「何故儂がこんな目に......」
嘆く声が反響する。
全て自分のせいであるにもかかわらず、それを、フォーディス伯爵は認めようとはしなかった。否、今なお認めてはいない。
悪いのは出来の悪い娘のシュリクロンとあの場に居た香月だと考えている。
これは不当な扱いで、明日になれば助けが来る、そう思っている。
夜は冷える。寒さを凌ぐために、無いよりはマシという程度だが不潔な布を身体に巻き付けた。全てを手にしているのに、暖を取るために手段を選んでいられない現状が、酷く惨めで、腹立たしい。
「覚えておれ」
ふつふつと沸き起こる怒りを抑えるように奥歯を噛み締める。
音ない空間ではそれさえも大きく響いた。
「お父様」
寒さと怒りに身を震わせていると、シュリクロンが現れた。
彼女は牢の目の前で悠然と立っている。いつも通りの服装。愛し子らしい装束の白のドレスと金の刺繍。彼にとってシュリクロンを象徴する色。
父親であるフォーディス伯爵を見下ろす瞳は、何の感情も無い。硝子のような光の灯らぬ目。
「シュリクロン!」
フォーディス伯爵は牢の格子から手を伸ばし、シュリクロンを掴もうと手を伸ばす。
シュリクロンは届くか届かないか微妙な位置に立っていた為、彼の手はぎりぎり届かない。手は空を搔く。
「......っ!貴様、何を突っ立っている!?何しにここへ来た?助けに来たのだろう、早くここを開けぬか!」
立ったまま動かないシュリクロンに、彼は怒鳴る。
フォーディス伯爵は、シュリクロンが自分の命令に逆らうはずがないと確信している。いや、そうなるべく躾たのだ。だからこそ、動きをみせない事が不思議で、そして、煩わしい。
思い通りにいかないことに、心底、怒りを感じていた。
「シュリクロン!早くしろ!」
「いいえ、わたくしはお父様を助けに来たのではありません」
「何を言っておる?お前は儂の娘。儂を必ず助ける。そうだろう!」
フォーディス伯爵はシュリクロンが否定しても聞き入れない。
「......わたくしは、今まで信じていたのですよ。わたくしが頑張れば、いつか認めてもらえると」
「何を......」
「頑張りが認められれば、家族として受け入れてもらえる。愚かにも、そう信じ続けて今まで頑張ってきたのです......でも、今回、痛感したのですわ。いくら頑張ろうと、何も変わらない。貴方たちは変わらないのだと、実感したんです」
シュリクロンは自ら格子に近付いていく。
シュリクロンとフォーディス伯爵の視線が交わる。
フォーディスの呆然とした表情が、シュリクロンからはよく見えた。
逆にフォーディス伯爵から逆行となりシュリクロンの顔はよく見えない。
だが今まで素直に言う事を聞いてきた娘とは思えぬ、決意に満ちた声だったことはわかる。
シュリクロンに見限られた、それがよくわかる声色だった。
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