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しおりを挟むフォーディス伯爵は、シュリクロンを完全に支配下に置いていた、と思っていた。そして、それは間違っていなかった事実である。
シュリクロンの母親は美しい容姿をしており、愛妾として召し上げた者である。貴族ではなかったが、その美しさから目にかけていたのだ。
産まれた娘は母親に似て美しかった。しかし、魔力は少なかったのが玉に瑕。僅かな魔力しかなく、貴族としては致命的な程の少なさだった為、一時期は娘として扱うのも嫌だった。
だが見目麗しいのだ、魔力は少なくとも、良い嫁ぎ先をみつけ宛がえばいい。そう考え、寝る間も惜しんで徹底的に淑女教育を施した。少しでも失敗は許さない。完璧にできるまで何度でもやらせ、何時間でも繰り返させた。
そうした生活を送らせ、漸く貴族令嬢として価値が出てきた。
そして、ある日愛し子になった。嬉しい誤算だった。魔力は飛躍的に増え、シュリクロンは価値が上がったのを喜んだのは記憶に新しい。
シュリクロンは愛し子として学ぶ為、教会で暮らすようになり、フォーディス伯爵家は教会にも繋がりが出来た。
フォーディス伯爵にとって、シュリクロンは可愛がる娘ではなく、自分がより良い暮らしをするために役立てるもの。娘だと認めてはいる。だが、それは親心ゆえではなく、血縁関係をはっきりさせておかなければ受けられぬ恩恵があるゆえだ。ただ、それだけの理由だ。
フォーディス伯爵は役に立つように育ててきた。そして、シュリクロンもその生活を受け入れ、過ごして生きてきていた。
それが今、崩れた。
目の前にいる娘は、父親の言う事を聞いてきた人間ではない。別人のように強い意志を持ち、歯向かう。反抗する気持ちを隠さない。
(これが、シュリクロン......だと?)
僅かな月の光で照らされた牢の中で見るシュリクロンの緑色の瞳は、激しい怒りと悲しみで爛々と輝きを放ち、宝石のように煌めいている。従順に過ごしてきた日々では見れなかった美しさだ。
シュリクロンはもう大人しく頷き、従い生きていくとは思えない。現に、シュリクロンは助けに来た訳では無いと言い切った。
では、彼女は何をしにここへ来たのだろうか。
今までの行動は、シュリクロンがフォーディス伯爵を優先してきたから許されてきた行為もあると、多少は自覚している。
だから、シュリクロンが自分を、従い、守る者でないと決めたならば──。
「何故わたくしがここに来たのか、訊ねられましたね」
シュリクロンの細い腕は容易く格子をすり抜け、固まる父親の頬に触れる。
寒さに晒された顔は冷たく、シュリクロンの体温が熱く感じる。
フォーディス伯爵は、心臓が激しく脈を打つ音が耳元で聞こえるような錯覚に陥る。
何故、この状況で恐怖を感じているのか分からない。
だが本能的に感じ取り、身体は反応する。
冷や汗が止まらず、滝のように流れる。
「けじめをつける為に来たのです」
「けじめ......?一体、どう──」
シュリクロンはけじめをつける為に来たと言い切るや否や、フォーディス伯爵の左目に触れる。
「フロウティア様と皇帝陛下に許可を取り、刑を執行する権利を頂いたのです」
フォーディス伯爵は両目を見開き、後ずさろうとする。だがそれをシュリクロンは許さず、フォーディス伯爵の身体を引き寄せる。
動けないように拘束する。
彼は巨体を揺らし、暴れようとするが予め身体強化を掛けていたシュリクロンにとっては意味を成さない動きとなる。動きをあっさり封じられ青ざめる。
そして、シュリクロンは小さく呪文を素早く呟き、フォーディス伯爵の左目を抉り取る。
「ぐぁあぁぁっ......!!」
フォーディス伯爵の言葉にならない苦悶が響く。
滴る血が床に血溜まりをつくる。
辺り一面に鉄の臭いが充満し、フォーディス伯爵の荒い息遣いが木霊する。
「......刑は確かに執行致しました。そうお伝えください」
シュリクロンは暗闇に向かいそう告げ、目玉を渡す。闇から伸びた手が静かにそれを受け取った。
闇の中、動く気配を感じた。刑の執行を監視していて者が居なくなったのだろう。
監視はシュリクロンが刑をきちんと下せるかの確認をする為と、シュリクロンが脱獄させないかを見張るために付けられていた。
刑は滞りなく執行され、日付も変わった今、全てが終了した。
フォーディス伯爵は左目を失い、身分も伯爵位を剥奪された為、平民となる。平民に財産など無い。伯爵家の財産は爵位があってこそ受け取れる恩恵の、最たるもの。
また領地運営を名目に領内に留まり、社交シーズンのみ皇都に訪れていた。その為、皇城に勤めていなかったので地位も無い。
彼は本当に全てを失ったのだ、たった今。あるのは命のみ。
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